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第二の呼び声

 オルドは、

 都市の“裏面”に立っていた。


 そこは地図に載らない。

 だが、確かに存在している。


 高層ビルの影が、ありえない角度で重なり、

 地下鉄のトンネルが、途中で概念に変わる場所。


 日本の中心とも言える都市、新宿。

 だが、今までの新宿ではない。


「……境界が、薄い」


 オルドが独り言のように呟く。


 呼ばれたのは、神だ。

 だが、呼んだのは、街そのもの。


「定着すれば、

 ここは“基点”になる」


 オルドは、指先で空間をなぞった。


 壊さない。

 裂かない。

 ただ、ずらす。


 座標が、半拍遅れる。

 意味が、わずかに噛み合わなくなる。


「これでいい」


 誰に向けたでもなく言う。


「まだ、選べる」


 次の瞬間、

 オルドの姿は、

 都市のノイズに溶けた。


(ジュリアン、お前の犠牲を無駄にはしない……)


 箱庭世界側は、

 壊れかけたまま、静止していた。





 マリアとアレフは、

 観測ログを再走査していた。


「……座標欠損」


 カイの存在反応が、

 どこにもない。


 死亡ではない。

 消滅でもない。


 不在。


「世界外転移の可能性……」


 その言葉が、

 初めて「仮説」と呼べる形を取った。


 一方で、

 イリスは数値を見ていなかった。


 ただ、

 嫌な予感がしていた。


「……いない」


 名前を呼ぶ。

 返事はない。


 何度も、呼ぶ。


「カイ」


 箱庭は応答しない。


「追跡は非推奨です。

 箱庭は、安定していない」

 アレフが言う。


 イリスは、首を振った。


「……それでも」


 腰に挿した星砕きの剣スティルバーに触れる。

 拳を握りしめる。


「カイは、

 自分だけ先に行く人じゃない」


 だから、

 行けるなら……


「呼ばれたなら、

 行けるはずなんだ」


 理屈はない。

 だが、

 十分であった。


 イリスは、

 箱庭の境界を見上げる。


 そこは、

 まだ開いていない。


 だが、閉じてもいない。





 空が、

 ほんの一瞬だけ、二重になった。


 雲の向こう。

 いや、雲が形を変えて

 羽ばたく影を持った。


 十二。

 数えられるほど、はっきりと。


 その光景はオーロラのごとく、

 神々しいほどに美麗であった。


 だが、

 次の瞬間には、消える。


 誰も悲鳴を上げない。

 誰も動画を撮らない。


 ただ、

 何人かが同時に立ち止まり、

 同じ方向を見ていた。


 見た、という確信だけが住民の中に残る。





 Σ7の会議室。


 複数の観測画面が、

 同時に同じ異常を示していた。


「……視認ログ一致率、92%」


「錯覚ではないな」


「名称反応も確認。

 “Lucifer_”で定着を開始している」


 沈黙。


 Σ7-4が、低く言った。


「顕現段階に入った」


 誰も否定しなかった。


 Σ7-12、ライナスだけが、

 どこか満足そうに呟く。


「美しい」


「都市が、

 神を選んだ瞬間だ」


———


 観測ログが、

 自動的に整理されていく。


 映像。

 音声。

 都市感応データ。


 数分前まで存在していた

 異常の山が、

 平坦なグラフへと戻っていく。


「……随分、早いな」


 誰かが言った。


 Σ7-4は答えない。

 視線は、操作卓の一点に固定されたままだ。


「一般層の視認ログは?」

「消去済み」

「SNS拡散率は?」

「臨界に達する前に抑えた」


 淡々とした報告。


 HKOは「世界を操作する」のではなく

 世界がどう解釈されるかを操作している。


 ライナスが、微笑む。


「隠すのではなく、

 最初から無かったことにするんですね」


「秩序維持だ」

 Σ7-4は短く言った。


「人類は、

 神を見てはいけない」


 ライナスは、うんうんと頷く。


 モニターの片隅で、

 新宿の空が、

 何事もなかったように青を取り戻す。


 ——だが、

 完全には消えていなかった。


 削除されたはずのログの奥に、

 一行だけ、

 処理不能の文字列が残っている。


 【Lucifer_:顕現開始】


 Σ7-4は、それを見なかったことにした。


 それは、

 誰にも見せてはならないはずの“始まり”であった。





 HKO施設の最上層。

 都市の光を見下ろせる場所で、

 ライナスは煙草を吹かしながら立っていた。


 そこにΣ7-4が現れる。


「これからどうする? ライナス」

「……まだ、準備段階だ」


 ライナスは夜景を見下ろしたまま、笑った。


「神は、

 こちらが思うより、ずっと近い」


 Σ7-4は、その言葉に否定も肯定もしなかった。


「まずは」

「神を完全に顕現させることか」


「今は、広げる段階じゃない」


 二人の間に、言葉にしない了解があった。


「…… 人は、後からそう呼ぶ」


 Σ7-4の設計思想は、

 ライナスのそれと、奇妙なほど噛み合っていた。


お読みいただき、ありがとうございました。

続きが気になった方は、

そっと本棚ブクマに置いてもらえたら励みになります。

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