表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/20

消去

 アスタロトと呼ばれた個体は、舌を出しながらリザードのように素早く駆け回る。

 ちょいちょい謎の男ライナスに攻撃を仕掛けるが、見えないシールドによって弾かれる。

 ライナスの容姿は防具もなく戦闘向きとは言えなかった。ジョブクラスは学者か治癒士辺りに見える。



「終わりだ、アスタロト、何者にもならざる異形に転生したお前を哀れに思うよ」


 ライナスが指を鳴らす。

 音はなかった。

 だが次の瞬間、アスタロトの輪郭が意味を失った。

 叫びも、断末魔もない。

 ただ、存在していた理由だけが剥がれ落ちる。


 魔神の影は、最初からそこに無かったかのように消えた。


 地面に膝をつき、荒く息を吐くライナス。

 黒衣に痩せた体。

 だが、その目だけが異様に澄んでいた。


「……間に合った、な」

 謎の男ライナスは顔を上げ、二人を見た。


 イリスの顔色が、変わる。

 ほんの一瞬。だがカイは見逃さなかった。


(……知ってる?)


 男は、ゆっくりと立ち上がる。

 両手を上げ、武器を持っていないことを示す。


「驚かせてすまない。敵じゃない」

 声は落ち着いていて、よく通る。

 恐怖を鎮める正しい声であった。


「オレの名はライナス。

 ……君たちと同じ、この世界の“異常”だ」

「異常、って……」

 カイは木剣を握り直す。


「さっき現れた影を見ただろう?」

 ライナスは、空を見上げる。

「あれはこの世界の外側から来る存在だ。

 放っておけば、町どころか、周期そのものが壊れる」


 その言葉に、イリスの肩がわずかに震えた。

「……あなた、どこまで知ってるの?」


 ライナスは一瞬、言葉を選ぶように黙る。

 そして、困ったように笑った。


「全部、とは言えない。

 でも──」

 男は、カイを見る。


「彼が鉄を握る理由くらいは、分かる」


「……何の話だ」

 カイの胸が、嫌な音を立てた。


「鍛冶が落ち着くんだろう?

 叩いていると、正しい場所に戻った気がする」


 カイの呼吸が、一拍遅れる。


 それは、誰にも話していない感覚であった。


 ライナスは、静かに続ける。


「君は、ただの少年じゃない。

 そして……」


 視線が、イリスへ移る。


(覚醒人類──。)


「君は、もう気づいているね。

 この世界が複数回目だってことに」


 沈黙。


 風が、戻らない。


「……もし、勘違いだったら?」

 イリスは、短剣を構えたまま言った。


「この世界は、やり直しではない。

 失敗の記録が積み上がるだけの実験だ」


 そう答えるライナスを見て、カイには、何を言っているのか半分も分からなかった。

 だが、この男が正しいことを言っているふりをしていることだけは、なぜか分かった。


「君たちは悪くない。

 世界の方が、少し壊れているだけだ」


 ライナスは微笑んだ。

 躊躇も、恐怖もない。


「でも信じてほしい。

 オレは、この世界を、壊させないために来た」

 その声音には、確信と同時に、どこか期待が混じっていた。



 遠くで、再び空が歪む。


 先程とはまた別の影。

 今度は、はっきりと“こちらを見ている”。


 ライナスは、迷わず前に出た。


「下がれ!」


 彼が踏み込んだ瞬間、

 空間に“線”が走る。


 剣ではない。

 魔法でもない。


 因果そのものを切る動き。


 影が、悲鳴のようなノイズを発し、後退する。


「……すげえ……」

 カイは、思わず呟いた。


「すごくなんかない。

 これは、何度も失敗した末に覚えた動きだ」

 ライナスは振り返らずに言う。


 影は、完全には消えない。

 だが、明確に押されている。


「今は、追い払うだけでいい」

 ライナスは言った。


 影が、裂け目の向こうへ退いていく。


 空が、元に戻る。


 静寂。


 ライナスは、深く息を吐き、振り返った。


「……助かったよ。

 君たちが、ここにいてくれて」


 まるで、ずっと前から仲間だったみたいに。


「なあ、ライナスさん」

 カイは、まだ木剣を下ろさない。

「なんだ?」

「……あんた、

 本当に味方なんだよな?」


 ライナスは、少しだけ目を伏せ、

 それから、穏やかに笑った。


「ああ。

 少なくとも──、今は」


 イリスは、その言葉を聞いて、

 ほんの一瞬だけ、目を閉じた。


(……まただ)


 彼女の脳裏に、

 同じ笑顔で世界が終わった記憶が、かすめる。


 だが、今は言わない。


 十五回目の世界は、まだ始まったばかりだ。


 そして、

 善意の顔をした刃は、すでに中に入っている。


 ライナスは、血は拭った。

「もう、戦う理由はない」


「この世界は

 静かで、優しくて、壊れやすい。

 鉄を打つ音が朝を運び、

 水は正しく低い方へ流れ、

 人は、まだ他人を信じることができる。

 だからこそ、オレはここに来た。

 救うためだ。

 繰り返される悲劇を、もう一度見るためじゃない」


 少年は、まだ何も知らない。

 少女は、覚えているが、まだ思い出していない。


「君たちがまだ知らないのなら、オレが導こう……

 世界は、正しく終わるべきだ。今回こそは」

 ライナスのその言葉は、祈りではなかった。

 それは何かを確認するような…寂しげなものであった。


お読みいただき、ありがとうございました。

続きが気になった方は、

そっと本棚に置いてもらえたら励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ