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焦土なき雷鳴

 焼けない。

 それが、スルトにとって最初の異常であった。


 剣を振るった。

 世界が燃えるはずの一太刀。


 だが、炎は生まれなかった。


 拒まれたわけではない。

 防がれたのでもない。


 燃える理由が、無くなった。


 理解が、遅れて追いつく。


 これは防御ではない。

 対抗でもない。


 「物語」が始まる前に、

 その前提を削られている。


 剣は世界に触れた。

 だが世界は、語ることをやめた。


 ──不快だ。


 神を否定する者は、いくらでもいた。

 神話を憎む者も、恐れる者も。


 これは違う。


 彼らは、

 神話がそこに居座る理由を見ている。


 あの剣。

 あの槌。


 どちらも神器ではない。


 ただ、

 「重すぎる部分」だけを削ぎ落としている。


 その為の「道具」として、

 淡々と扱っている。


 それは、終わりではなく、淘汰だ。


 炎が意味を失う。

 それは、恐怖に近い。


 否定されるなら、戦えた。


 理由ごと削られるなら、

 現状それに抗う術はない。


 だが、炎は、まだ終わらない。

 踏み越えるには、理由ごと焼く必要がある。


 そうでなければ、この世界では、

 あの武器の前では燃えない。


 次は、燃やす。


 理由ごと、世界を覆い尽くせ……



 そう意を決すると、

 彼は遠ざかる赤黒い空を見上げた。


 上空には黒い星が瞬いていた。

 その内側で、誰かが戦いの様子を観測している。


「ゴホ……そう、来た、か」

 

 その存在は咳き込みながら、息を吐いた。



 スルトは剣を下ろさず、

 踏み込むこともしなかった。


「……面倒だが」


 彼は、ゆっくりと後退した。


「戦略を変える」


 撤退ではない。

 戦場の譲渡だ。


 赤黒い空が、わずかに色を失う。


 空の高みで、黒い何かが脈打った。


「まず、試す必要があるな」



「フ」


 風と雷の女魔マグナは、

 遠くから戦況を観察していた。


「……神を殺さず、神話を終わらせる」


「面白い発想だね、実に人間らしい」


 世界を焼くのは簡単だ。

 だが、それでは彼らの思惑通りになる。


「ならば、こっちは物語を与えるとか」

 女魔は小さく呟いた。


「理由を与え、役割を押し付ける」


 神話を削る者には、

 神話でない敵をぶつける。



 遠くで、雷が鳴った。


 空気が、裂ける。


 雷でも炎でもない。

 もっと軽く、もっと不遜な歪み。


「やれやれ、ずいぶん物騒な舞台ねえ」


 女の声であった。


 空間の継ぎ目から、ふわりと降り立つ影。


 長い髪。

 しなやかな肢体。

 だが、その背後で風と雷が渦を巻いている。


「助太刀いたしますわ、スルトくん」


 女魔マグナ。


 眠りの神ヒュプノスに仕え、

 どの神話にも完全には属さない、異端。


「何をしにきた?」

 スルトが、訝しげに訊ねる。


「強がっちゃって、負けそうじゃん」

 マグナは、楽しげに笑った。


「神話を削られるなら、

 物語で押し返すしかないでしょ?」


 マグナは、ひらりと片手を天に掲げ、

 優雅に一回転した。


 次の瞬間、

 雷が落ちた。


 狙いはカイでもイリスでもない。


 ──地面。


 轟音。

 衝撃。


 しかし、雷は、暴走しなかった。


 燃え広がらない。

 意味を持たない。


「……あら?」

 マグナが、目を細める。


 風が、歪む。

 雷が、躊躇する。


 世界が、

 語ることを拒んでいる。


「ふぅん……」

 マグナは、舌打ちした。


「これは、厄介だわ」


 スルトは、その様子を黙って見ていた。


 確認は、取れた。


 神話は、

 もう押し付けるだけでは成立しない。


「続きは、次だ」


 スルトが言う。


 それは宣告ではない。

 予定の共有であった。


 マグナは肩をすくめた。


「じゃあ、今日は顔見せだけね」


 そう言い残し、風に溶ける。


 世界に残ったのは、

 焦げ跡のない地面と、

 重すぎる沈黙だけであった。



「……逃げられた」

 イリスが、ゆっくり息を吐く。


「次はこうは行かないかもな」

 カイは確信を持って言った。


 敵は神話を理解した。

 理解したからこそ、

 次は壊しに来る。


 カイは終打槌フィニス・アンヴィルを握り直し、力を込めた。


お読みいただき、ありがとうございました。

続きが気になった方は、

そっと本棚ブクマに置いてもらえたら励みになります。

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