終打(フィニス)の名を持つもの
剣を打ったあと、カイは三日、炉に触れなかった。
理由は単純であった。
叩けなかった。
星喰らい(Stillvor)は、意図せず生まれた。
守るために打った結果、世界に都合の悪い刃になってしまった。
だが、次は違う。
今度は分かった上で壊す。
終わらせるために、打つ。
それが怖かった。
◆
夜明け前、工房に一人、カイは立っていた。
炉は静かだ。
火はまだ入っていない。
床に置かれているのは、巨大な鉄塊。
武器と呼ぶには、あまりに無骨であった。
柄もない。
刃もない。
ただの、質量。
「……殴るだけ、かぁ」
呟きは、誰にも届かない。
剣は、守るためだった。
振るう者が死なないように、世界を削る道具。
だが、これは違う。
これは……
終わらせるための道具だ。
炉に火を入れる。
炎が鉄を舐め、赤く染める。
だが、カイは均しをしなかった。
美しさも、バランスも考えない。
割れないこと。
壊れないこと。
それだけを考える。
槌を振り上げる。
──ゴン。
音が、重すぎた。
金属音というより、
地面を直接殴ったような衝撃。
もう一度。
──ゴン。
鉄は変形しなかった。
だが、役割が定まった。
カイは、それを感じてしまった。
叩けば叩くほど、
この道具は終わりに近づく。
だから、これ以上は打たなかった。
柄を取り付け、床に置く。
「……完成だ!」
その瞬間、工房の空気がわずかに軽くなった。
終焉の金床 ─フィニス・アンヴィル。
槌頭は黒鉄色。
刻印も、紋様も、祝福もない。
だが、鍛冶台に残った凹みだけが異様に深い。
イリスは、黙ってそれを見ていた。
一見すると、ただの無骨な鍛冶槌。
だが、近づくだけで分かる。
これは「武器」ではない。
「それ、武器?」
「違う」
即答であった。
「……じゃあ何?」
「最後に使う道具だよ」
イリスは、眉をひそめた。
「使わないで済むなら、それが一番だね」
「そう…だな」
二人とも、それが無理だと分かっていた。
イリスが、そっと槌に触れた。
瞬間。
視界が、揺れた。
音が消え、色が抜け落ちる。
世界が、意味だけになる。
(うっ……)
そして、理解してしまった。
この槌は、
敵を壊すものじゃない。
戦いを成立させている前提そのものを終わらせる。
イリスの喉が、ひくりと鳴る。
「……代償があるね」
「ある」
「大きい?」
「分からない」
カイは正直であった。
「ただ、使うたびに、
世界が一つ、戻れなくなる気がする」
イリスは、目を伏せた。
英雄の武器じゃない。
救世の神器でもない。
これは、後始末の道具だ。
「ねえ、カイ」
隣の剣を手にしながらイリスが訪ねた。
「ん?」
「これを振るうとき、
たぶん私、
神を信じていた記憶を失う」
カイは、黙った。
「信仰とかじゃないよ。
もっと根っこ」
イリスは、静かに笑う。
「奇跡が起きるって、
どこかで期待してた気持ち」
剣から手を離す。
「それを、持っていかれる」
代償は、力じゃない。
命でもない。
希望であった。
◆
その日の夜。
空は、赤黒かった。
炎ではない。
理由のない灼熱。
遠くで、大地が割れる音がした。
「また……この街に何か来る」
地平線の向こう、
黒い巨影が立ち上がる。
四足。
人型の上半身。
黒曜石の外殻。
手には、輝剣。
──スルト。
炎の巨人の神話核を宿した黒騎士。
純粋な神話。
斬り裂き、燃やすためだけに存在する破壊。
カイは、槌を肩に担ぐ。
重い。
だが、腕は震えない。
「イリス」
「うん」
二人は、前に出た。
神話と現実の境界へ。
鍛冶屋は、神を殺しに行くのではない。
神話がそこに居座る理由を、終わらせに行く。
⸻
武装設定(正式)
■《終打槌/Finis Anvil》
分類:鍛冶槌/非神話・終端処理具
使用者:カイ(限定)
性質:
・対象を破壊しない
・対象が成立している「前提条件」を打ち砕く
・神話・契約・世界法則に対してのみ作用
代償:
・使用に関与した者は
「神話的救済への期待」を恒久的に失う
・再使用回数に応じ、
世界は一つずつ“戻れない選択”を確定させる
具体例:
•一度叩けば「救われる可能性」が一つ消える
•二度叩けば「やり直せたはずの分岐」が閉じる
- 一度叩かれた前提は、二度と選び直せない
■《星喰らい/Stillvor》
分類:剣/鍛冶打ち・非神話武装
使用者:イリス
性質:
・魔力回路なし
・祝福・呪い・概念干渉を拒絶
・神話的存在に対してのみ異常な切断効率
・神話の“重さ”だけを削る
代償(確定・不可逆):
•使用者は戦闘後、以下のいずれかをランダムに失う
(※回復・治癒・蘇生不可)
1.現実感覚の一部
- 距離感、温度感、痛覚、重さの感覚が鈍る
- 感情の遅延が発生する
(怒り・恐怖・安堵が、時間差でやってくる)
2.自己の輪郭
- 自分が「どこまで現実側か」分からなくなる
- 夢と現実、神話と日常の境が曖昧になる
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