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終打(フィニス)の名を持つもの

 剣を打ったあと、カイは三日、炉に触れなかった。


 理由は単純であった。


 叩けなかった。


 星喰らい(スティルバー)(Stillvor)は、意図せず生まれた。

 守るために打った結果、世界に都合の悪い刃になってしまった。


 だが、次は違う。


 今度は分かった上で壊す。

 終わらせるために、打つ。


 それが怖かった。



 夜明け前、工房に一人、カイは立っていた。


 炉は静かだ。

 火はまだ入っていない。


 床に置かれているのは、巨大な鉄塊。

 武器と呼ぶには、あまりに無骨であった。


 柄もない。

 刃もない。

 ただの、質量。


「……殴るだけ、かぁ」


 呟きは、誰にも届かない。


 剣は、守るためだった。

 振るう者が死なないように、世界を削る道具。


 だが、これは違う。


 これは……


 終わらせるための道具だ。



 炉に火を入れる。


 炎が鉄を舐め、赤く染める。

 だが、カイは均しをしなかった。

 美しさも、バランスも考えない。


 割れないこと。

 壊れないこと。


 それだけを考える。


 槌を振り上げる。


 ──ゴン。


 音が、重すぎた。


 金属音というより、

 地面を直接殴ったような衝撃。


 もう一度。


 ──ゴン。


 鉄は変形しなかった。

 だが、役割が定まった。


 カイは、それを感じてしまった。


 叩けば叩くほど、

 この道具は終わりに近づく。


 だから、これ以上は打たなかった。


 柄を取り付け、床に置く。


「……完成だ!」


 その瞬間、工房の空気がわずかに軽くなった。


 終焉の金床 ─フィニス・アンヴィル。

 槌頭は黒鉄色。

 刻印も、紋様も、祝福もない。


 だが、鍛冶台に残った凹みだけが異様に深い。


 イリスは、黙ってそれを見ていた。


 一見すると、ただの無骨な鍛冶槌。


 だが、近づくだけで分かる。

 これは「武器」ではない。


「それ、武器?」

「違う」

 即答であった。


「……じゃあ何?」

「最後に使う道具だよ」


 イリスは、眉をひそめた。


「使わないで済むなら、それが一番だね」

「そう…だな」


 二人とも、それが無理だと分かっていた。



 イリスが、そっと槌に触れた。


 瞬間。


 視界が、揺れた。


 音が消え、色が抜け落ちる。

 世界が、意味だけになる。


(うっ……)


 そして、理解してしまった。


 この槌は、

 敵を壊すものじゃない。


 戦いを成立させている前提そのものを終わらせる。


 イリスの喉が、ひくりと鳴る。


「……代償があるね」

「ある」

「大きい?」

「分からない」

 カイは正直であった。

「ただ、使うたびに、

 世界が一つ、戻れなくなる気がする」


 イリスは、目を伏せた。


 英雄の武器じゃない。

 救世の神器でもない。


 これは、()()()の道具だ。


「ねえ、カイ」

 隣の剣を手にしながらイリスが訪ねた。

「ん?」

「これを振るうとき、

 たぶん私、

 神を信じていた記憶を失う」


 カイは、黙った。


「信仰とかじゃないよ。

 もっと根っこ」

 イリスは、静かに笑う。


「奇跡が起きるって、

 どこかで期待してた気持ち」

 剣から手を離す。


「それを、持っていかれる」


 代償は、力じゃない。

 命でもない。


 希望であった。



 その日の夜。


 空は、赤黒かった。


 炎ではない。

 理由のない灼熱。


 遠くで、大地が割れる音がした。


「また……この街に何か来る」


 地平線の向こう、

 黒い巨影が立ち上がる。


 四足。

 人型の上半身。

 黒曜石の外殻。


 手には、輝剣ジョワユーズ


 ──スルト。


 炎の巨人の神話核を宿した黒騎士。


 純粋な神話。

 斬り裂き、燃やすためだけに存在する破壊。


 カイは、槌を肩に担ぐ。


 重い。

 だが、腕は震えない。


「イリス」


「うん」


 二人は、前に出た。


 神話と現実の境界へ。


 鍛冶屋は、神を殺しに行くのではない。


 神話がそこに居座る理由を、終わらせに行く。



武装設定(正式)


■《終打槌フィニス・アンヴィル/Finis Anvil》


分類:鍛冶槌/非神話・終端処理具

使用者:カイ(限定)

性質:

・対象を破壊しない

・対象が成立している「前提条件」を打ち砕く

・神話・契約・世界法則に対してのみ作用


代償:

・使用に関与した者は

 「神話的救済への期待」を恒久的に失う

・再使用回数に応じ、

 世界は一つずつ“戻れない選択”を確定させる


具体例:

•一度叩けば「救われる可能性」が一つ消える

•二度叩けば「やり直せたはずの分岐」が閉じる

 - 一度叩かれた前提は、二度と選び直せない



■《星喰らい(スティルバー)/Stillvor》


分類:剣/鍛冶打ち・非神話武装

使用者:イリス

性質:

・魔力回路なし

・祝福・呪い・概念干渉を拒絶

・神話的存在に対してのみ異常な切断効率

・神話の“重さ”だけを削る


代償(確定・不可逆):

•使用者は戦闘後、以下のいずれかをランダムに失う

(※回復・治癒・蘇生不可)

1.現実感覚の一部

 - 距離感、温度感、痛覚、重さの感覚が鈍る

 - 感情の遅延が発生する

 (怒り・恐怖・安堵が、時間差でやってくる)

2.自己の輪郭

 - 自分が「どこまで現実側か」分からなくなる

 - 夢と現実、神話と日常の境が曖昧になる


お読みいただき、ありがとうございました。

続きが気になった方は、

そっと本棚ブクマに置いてもらえたら励みになります。

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