第193話「許容されぬ存在」
ライナスは地上の大地に立っていた。
レヴィアタンことレイエスの身体として。
向かうは、覚醒しきらないセーラのもと。
「……失敗」
それ以上、彼の言葉は続かない。
再計算は行われない。
観測も、更新されない。
──降りる。
地上に顕現し、
結界を破り、村へ侵入する。
「レイエスさん」
気づいたイリスが声をかける。
「安心してみんな、味方だよ」
「……」
レイエスは悲しげにイリスを見る。
結界の内側だけが、静かであった。
外はまだ白に侵されている。
空は削れ、光は欠け続けている。
だが、ここだけは保たれていた。
セーラの影響下の層。
その中心。
セーラが座っている。
ミシェルが隣にいる。
「大丈夫だよ、みんないるし」
ミシェルはそう言った。
セーラは小さく頷く。
結界の表面にヒビが入り、
一人の男が入ってくる。
音はしない。
ただ、形だけが歪み、
外側の層が押し開かれた。
破壊され裂けたわけでもない。
そこだけ、最初から空いていたように開く。
「味方じゃなさそう」
パトラが睨む。
「魔王、レヴィアタン」
アレフが前に出る。
剣を抜く。
光の歪みの向こうから、影が一つ入ってくる。
ゆっくりと。
迷いなく。
「いや戦いじゃない、話をしに来たんだ」
魔剣士レイエス。
その姿は、人の形をしている。
だが、立っている位置が定まっていない。
足元の線が噛み合わない。
影が遅れて付いてくる。
異変を察してマリアが祈りを強める。
結界が再び閉じようとする。
「悪魔め! 問答無用!」
アレフが踏み込む。
剣が走る。
一直線。
レイエスの肩を捉える。
触れた。
だが。
斬れていない。
剣の軌道だけがずれる。
「……どうしても戦うか」
レイエスは動かない。
ただ、視線だけが向く。
「オレの目的はセーラだ」
その一言に、空気が沈む。
レイエスは進む。
一歩。
また一歩。
「止まれ!」
アレフが再び斬る。
今度は速い。
角度を変えた連撃。
そのすべてが、当たらない。
レイエスは避けていない。
剣筋が、その魔力によりずらされている。
「……保持してはいけない」
レイエスが言う。
誰に向けたものでもない。
ただ、そこにあるものへ。
マリアの祈りが揺れる。
「セーラはこの地上になくてはならない存在よ」
だが、レイエスは止まらない。
まっすぐに。
中心へ。
セーラの方へ。
ミシェルが一歩前に出る。
庇うように、無意識に。
レイエスの視線が、そこで止まる。
ほんの一瞬。
「許されないことだ」
誰にも聞こえないほど小さい声。
そして、動きが戻る。
セーラへと手が伸びる。
触れる距離。
その時。
セーラがうっすら目を開けた。
レイエスの腕が、わずかに遅れる。
触れるはずの距離で、届かない。
ミシェルが息を呑む。
再びアレフの剣が走る。
今度は、微かに届いた。
レイエスの身体が、半歩だけずれる。
初めて、押し戻される。
レイエスは動きを止めた。
セーラを見る。
「これが、世界の中心だ」
その言葉。
意味は続かない。
だが、認識だけが残る。
手を下ろす。
レイエスの斬られた傷口から魔気が滲み出る。
アレフが緊張する。
ふいにセーラを見る。
セーラは座ったまま、
ミシェルの手を握っている。
「……こわいよ」
小さな声。
外ではまだ、
白が欠け続けている。
だが、ここだけは、
まだ、残っていた。




