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四 カオスな街、不思議な大聖堂

「じゃあ、行ってきます」


「はーい、気をつけてね」


 玄関先で出くわしたおかみさんに挨拶した。

 下宿のパン屋の裏手から、裏路地を伝って表の通りへ出る。朝日にきらめく大学都市がまぶしくて、思わず手をかざした。


 リッカの朝はちょっと早い。毎朝教会へ礼拝に行くからだ。


 この街には大きな通りが二つある。東西を結ぶマルリナ通りと、街の真ん中にある伯爵邸と南側の街の入り口となる門を結ぶザドック通りである。この地に伝承の残る太古の英雄の名を冠す二つの大通りは、ちょうど伯爵邸でTの字に交わる。上空から見れば大きなTを作るそれは、リッカにとってはかつての平安京の二条大路と朱雀大路を想起させるような通りであった。


 街の西側に住むリッカはマルリナ通りに出てしばらく東へ向かって歩き、ザドック通りを南下して目当ての教会まで行く。

 毎日この時間は太陽に向かって歩く。まぶしいけれどほかほかと暖い。


 大学都市はとても雑多な街だ。色も形も建材もバラバラで、それぞれが好き勝手に建てた個性豊かな建物が乱立している。


 イタリアの海沿いの街を思わせるような白い壁の建物のとなりにチョコレート色のレンガ造りのアパートがあったり、貴族の持ち家を思わせる重厚な石造りのすぐそばに一見みすぼらしい木造建築があったり、はじめてそこを歩く人は、思わずめまいがしそうなほど情報量の多い煩雑な街であった。


 こうなってしまった犯人は明確だ。建築科の仕業である。

 彼らはこの都市を一つの大きな実験の舞台にしているのだ。


 元はちいさな城塞都市であったこの街は、人が増え規模を大きくなろうとしたとき、ちょうど建築を専門に学ぶ人たちが出はじめた。後に建築科となる彼らによって、この街は広げられてきた。

 そうなると、街の開発というのは一つの研究対象になる。新しい建築技法を試し、建材を試し、デザインの優れたるを競う場となり、そうしてカオスな街が徐々に出来上がった。


 が、この込み入った街並みがまた魅力的でもある。数多(あまた)の人の好奇心や発想力を混ぜて煮詰めて取り出した、それは単に混沌としているだけでなく、夢と欲望の具現化でもある。人の人たる根元に触れて、何かを感じずにはいられない。そしてまた、街の風情が誰かの発想の肥やしになっていく。


 ここは学者の多い街、新たな想像を渇望する者の多いこのモーカという街が、このカオスな街並みを受け入れるのは容易であった。



 伯爵邸の前まで来た。邸と言ったけど、その外観はほとんど宮殿と言っていい豪勢なものだ。リッカはそこで道をザドック通りに切り替える。


 その道は馬車が10台並んでも余裕があるほど広い幅で、通り沿いには様々な店が軒を連ねているが、伯爵邸に近いほど高級店になっている。石畳はカーブするように石をならべて、アーチが重なる青海波(せいがいは)のような模様をつくる。精巧で手の込んだ仕事であるが、ここまでするのはこの通りだけだ。


 ザドック通りはさっきまでの雑多な街並みから一変する。中央に近い貴族街をはじめ、この通りは街の表の顔とでも言うべき場所。領主である伯爵の指示によって綺麗に整備がされている。

 白やクリーム色の石やレンガで作られた高級感ある外装で統一された街並みが続いている。


 この道を南へ行けば目当ての大聖堂がある。


 リッカは歩きながら、普段はあまり気にもしない人の往来を眺めていた。

 どこかに昨夜会ったラヴェンナがいるかもしれない、そういう淡い期待に胸を膨らませ、また一方で、自分のことを覚えてくれているか、会えたとしてなんと声をかけるか、不安に胸を締め付けられる。


 往来の中、黒い服の人、鼻筋の通った人、ホワイトブロンドの髪の人、そういう人が見えるたびにちょっとドキッとして翼がないことに落胆する。

 リッカは朝の街の中で昨日のときめきを探していた。


 結局、教会に着くまでに見つかることはなかった。



 リッカは敬虔(けいけん)ではない、というのは前に話した通りだ。

 とすれば、礼拝へ行くのはちょっとおかしいかもしれない。だが、本人にしてみれば別段おかしなことでもないらしい。


 まず第一に教会の孤児院で育ったこと。このときから毎日のお祈りがあったので、それが習慣づいているのである。

 第二に六花の、つまり前世の宗教観を色濃く引き継いでいること。


 六花は自分のことを無宗教家だと思い込んでいて、神様を盲目的に信じているわけではないし、お祈りや懺悔で救われるなんて思っちゃいない一方で、儀式や習慣などは大切にする。お盆になれば先祖のお墓に手を合わせ、新年には初詣にも行き、旅行に行けば御朱印のひとつでも貰いたいと思って神社参りをした。生活の中に入り込んだ神道、あるいは仏教をそれとなく信仰している、ということだろう。それくらいの信仰心は持ちあわせていた。


 リッカは毎朝の礼拝もいわばルーティンの一貫であって、その習慣を大切にするというのは敬虔さがなくったって大した苦でもない。はたから見れば熱心な信徒に映るかもしれないが、その実は単に自分がそうしたほうが落ち着くからそうしているだけであった。



 この街の名物の教会、それはゴシック様式に似たとげとげしい外観をもつ、荘厳な大聖堂だ。

 一般礼拝者が入れる正面口は、幅の広い大きな階段を上った先にある。だいたい二階分、およそ10メートルある階段を登りきると、朝から扉の開きっぱなしになっている入口に着く。


 入って最初に目につくのは、奥を向いてずらっと並んでいるたくさんのベンチ。誰でも座ることはもちろん、週に一度の休息日にはここでミサの鑑賞も出来る。

 天井には色鮮やかな宗教画、側面にはステンドグラス。壮大で美しく、入った瞬間に別の世界へ来たように感じる。

 上階には、パイプオルガンに似た巨大な楽器があって、タイミングが良ければその重々しく神々しい音色に浸ることができる。パイプオルガンに「似た」と言ったのは、私たちの知るそれとはちょっと違うみたいだからだ。


 私たちの世界のパイプオルガンとは無数に取り付けられたパイプに空気を送り込んで音を出すのであるが、昔のものはその裏にふいご職人がいて、ふいごを踏むことで空気を取り込み装置に送っていたという。

 この世界では、地球と同じようなものがあっても、魔法がある分、ちょっと違う機構を持っていることがある。これもその一つだ。


 この世界のパイプオルガンも演奏者とは別に中に人がいるところまでは一緒だが、ふいごを踏むのではなく常時魔力を送って音を出しているという。つまり空気に代わって魔力を供給して音を出しているらしいのだ。


 リッカにとって魔法は自分の常識と違いすぎて理解が追いつかない。あのパイプオルガンも、魔法で空気を取り込むのか、魔力で音が鳴るパイプなのか、それともパイプを鳴らす魔法があるのか、未だによくわかっていない。もちろん直接見ればなにか分かるかもしれない、興味はあるが、教会のパイプオルガンなんてそうやすやすとは近づけない。


 リッカはそんなことを考えて、パイプオルガンを眺めていた。


「どうかしましたか?」


 不思議なことに、何か偶然というのはよく重なる。

 リッカに問いかけたのは有翼人の男だったのだ。

 翼の白い『天使』と呼ばれる人だ。昨日は悪魔で今日は天使、本当に不思議だ。

 彼はやさしくリッカに話しかけた。


「パイプオルガンってどうやって音鳴ってるのかなって、あ、中に人がいるのまでは知っているんですけどね」


「ほお、気になりますか、では今度の休息日演奏がありますから、良かったら見学してみますか?」


 リッカは彼のことを何度か見たことがある。いつも同じ白い服を着てこの教会にいる、神官の類だろうことは明らかだ。それも結構高位の。そういう権限くらい持っていても不思議ではない。

 ここはお言葉に甘えよう。リッカはちょっぴり胸を躍らせた。


「え、よろしいのですか、見てみたいです」


「ええ、あなたは毎日礼拝に来ていますよね。熱心な信徒さんならそれくらい大歓迎ですよ。それに、この街にいる方は好奇心旺盛ですから、見学なんかも普段からやっていますのでね」


「わあ、ありがとうございます。では休息日を楽しみにしています」


 リッカはひとつお辞儀をした。


「はい、あなたに祝福を」


 なんだかちょっと愉快な気分になって、周りにバレない程度に軽くスキップ踏んで礼拝所へ向かった。

 礼拝所……これがまたちょっと特殊なところになっている。


 広間を抜けて奥へ行くと、その先に礼拝用の巨大なスペースがある。その部屋は吹き抜けの構造、高い天井にだだっ広い空間、そして半円状のせり出した舞台がある。その舞台の中央が礼拝する場所になっているのだけど、その舞台はさらに特殊なことに、下の階層にある大きな穴を見下ろすようにできている。


 穴は舞台の前方にずれたところにあるので、仮に落下しても大穴に直接落ちるようなことはないけれど、それでも下の階までは10メートル近くはある。ちょうど入り口のところで上がった階段分の高さとピッタリ合う高さだ。これは高所恐怖症にはちょっときついかもしれない。ま、リッカはもう慣れてしまったけど。


 この教会では舞台の真ん中まで行って、大穴の向こうにある二人の男女の像に向かって祈りを捧げる。高さ10メートルの舞台から見てちょうど正面におへそのあたりがくる像、ということはだいたいガンダムほどの大きさなのだろう。

 実はこの二人の像は、表の通りの名前にもなったザドックとマルリナの像である。



 リッカは手を合わせて祈祷する。たったの5秒、その程度の短い時間。それでも、毎日やることに彼女なりの意味がある。

 普段は形だけ、何かを神頼みするなんてことはないけれど……。


「また、ラヴェンナさんに会えますように」


 その日はちょっと、下心がでた。

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