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第七十六話:半信半疑の作戦会議

 

 聖都サンクトゥム・ルミナに用意された豪奢な客室は、一人の少年の怒声によって、戦場さながらの緊迫した空気に包まれていた。


「離せ! 俺は、あいつを問い詰めに行くんだ!」


 ライアスとサー・レオンが、女神の名を叫びながら暴れる樹を必死に取り押さえ、リリアナは、そのあまりに突拍子もない彼の主張を、どうすることもできずに立ち尽くしている。


 樹の必死の訴えも、今の彼らには、ただの錯乱にしか聞こえなかった。


 聖なる気に当てられ、精神に異常をきたしてしまったのか。


 誰もが、そう思い始めていた。


 その、緊迫した膠着状態を破ったのは、部屋の隅で、静かに壁に寄りかかっていた、ファムだった。

「……おい、お前ら、ちょっと待て」


 その低い、落ち着いた声に、全員の動きが止まる。ファムは、腕を組んだまま、じっと樹の顔を見つめていた。


「こいつが、本当に女神に会ったのか、夢でも見てたのかは、どうでもいい。だがな」

 彼女は、一歩、前に出た。


「こいつの言ってること、あながち、間違いじゃねえかもしれねえぜ」


 その場にいた全員の視線が、ファムに突き刺さる。

「ファム? あなた、何を……」

 リリアナが、戸惑いの声を上げる。


「昼間、勇者が倒れた時、俺は、見ていた」

 ファムは、静かに語り始めた。


「あんたらは、勇者に駆け寄るのに必死で、気づかなかっただろうがな。あの、ヴァレリウスってジジイ……その顔は、確かに、心配そうに歪んでやがった。だが、その瞳の奥は、一切、笑っちゃいなかった。まるで、面白いものでも観察するかのように、冷たい、好奇の色が、ほんの一瞬だけ、浮かんでやがった」


 ファムの言葉に、ライアスとリリアナは、息を呑んだ。


 彼女の、スラムで培われた、人の裏側を見抜く観察眼。その言葉には、無視できない重みがあった。


「勇者サマが見た『女神』とやらが何者かは知らねえ。だが、俺が感じた違和感と、こいつの『お告げ』が、同じ一点を指してる。―――あの枢機卿は、黒だ。俺の勘が、そう言ってる」


 樹の、あまりにも非現実的な「女神の話」と、ファムの、あまりにも現実的な「観察眼」。


 二つの、全く異なる情報が、奇しくも、同じ結論を示した。


「な、何を言っているんだ!ファム殿!あのお方は聖教会の枢機卿ですよ!?」

 咎めるように、ファムの前に立ちはだかる、サー・レオン。


 ライアスの顔から、樹をただの錯乱者として見る色が消え、冷静な指揮官のそれへと戻っていく。


「……なるほど。状況は、理解した」

 ライアスは、ゆっくりと頷いた。


「勇者殿の見たものが、真実の女神様のお告げか、あるいは、聖なる気にあてられた幻覚なのか、現時点では断定できない。だが、ファムの観察と一致した以上、枢機卿ヴァレリウスを探る価値は、確かにある」

 そして、彼は、まだ怒りに肩を震わせている樹に、向き直った。


「ライアス殿まで!!」

 敬虔な信徒であるサー・レオンにとっては、聖教会の中に裏切り者がいるとはどうしても思えない、ましてや枢機卿が人間を裏切っているなんて不敬な考えでしかない。


「勇者殿! 貴殿の怒り、もっともだ。だが、今、ここで暴れても、奴を利するだけだ! 奴を本当に断罪したいのであれば、まずは奴が悪であるという、動かぬ証拠を掴むのが先決! よろしいな!」

 調査を行えばわかることだ、レオン殿と、そのライアスの言葉に、ファムが、ニヤリと口の端を上げて続く。


「そうだぜ、勇者サマよ。ただ殴っても、あんたが悪者になって終わりだ。だがな、奴の悪事の証拠を、大陸中の人間の前で突きつけてやれば、あの慈悲深い聖職者様の化けの皮を、これ以上ないってくらい、派手に、剥いでやれる。そっちの方が、よっぽど、スカッとすると思わねえか?」


 その、より効果的で、より悪辣な「復讐」の形は、樹の、単純な怒りの矛先に、新たな、そして、より魅力的な方向性を与えた。


「……ちっ。分かったよ」

 やがて、樹は、乱暴にライアスの手を振り払うと、忌々しげに、そう吐き捨てた。


「で? どうすんだよ、その『証拠』ってやつは」


 その言葉を合図に、このいびつなチームの、最初の作戦会議が始まった。


 ライアスは、集まったメンバーを見渡し、静かに、しかし、有無を言わせぬ口調で、命じた。


「ファム、貴殿と、闇滅隊の者たちにこの任を託す。ナシル殿の『眼』、ハヤテ殿とシズマ殿の『刃』、全てが必要になるだろう」


「わかった。少し気になる建物があったから、そこを調査してみるぜ」

 ファムが言うと、闇の中から、三つの影が、音もなく、頷いた。


「わたくしも参ります」リリアナが決意を込めて言った。


「魔術的な罠であれば、わたくしが対処いたします」


「うむ。頼んだ。俺とレオン殿は、ここに残り、陽動の指揮と、万が一の際の脱出路の確保に当たる。勇者殿の監視も、我々の重要な役目だ」


 こうして、潜入調査という、次なる作戦の骨子が、決まった。


 リリアナが、樹に「陽動」という名の、無茶苦茶な役割を説明すると、彼は、完全にその気になっていた。


「おお! そういうことか! 俺が、いつものように、ワガママを言っていれば、それが、作戦の役に立つってわけだな! よーし、任せとけ! 俺の、本気のワガママ、見せてやるぜ!」


 ◇


 その夜。


 闇滅隊の四人と、リリアナは、闇色の装束に身を包み、月明かりを避けるように、音もなく大聖堂へと向かう。


 そして、館の一室では、樹の、元気いっぱいの怒声が、響き渡っていた。


「おい! ステーキはまだか! しかも、なんだこのパンは! パッサパサじゃねえか! もっと、ふわふわのやつを持ってこい! あと、風呂の温度がぬるい! 42度だって言ってんだろ、42度!」


 その、あまりにも対照的な二つの光景。


 聖都の、光と影が、今、まさに、激しく、交錯しようとしていた。

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お風呂はアチアチ派
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