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第七十話:白紙の赦しと、二つの可能性

 

 王都カドアテメに帰還した「連合合同部隊」は、英雄の凱旋とは程遠い、静かな、そして、秘密裏の帰還を果たした。


 彼らは、目立たない衣服に身をやつし、人目を避けるようにして、王城の最奥、作戦司令室へと直行した。


 そこには、国王アレクシオスと、フィン、そして、バルカスの三人が、重い面持ちで彼らを待っていた。


「―――ご苦労だった、皆。まずは、報告を聞こう」

 アレクシオスの、静かな言葉を皮切りに、ライアスとファムが、ヴァンドールでの作戦の全容を報告していく。


 オリオン商会の特定、潜入、そして、倉庫での激しい戦闘。 


 そして、最後に、ライアスは、兵士たちに命じて、一つの木箱を、部屋の中央へと運び込ませた。


「陛下。これが、我々が持ち帰った、『特別な積荷』にございます」


 アレクシオスは、静かに頷くと、木箱を開けるよう命じた。


 蓋が開けられる。


 中から現れたのは、魔物でも、武器でも、財宝でもなかった。


 ただの、しかし、おびただしい数の、羊皮紙の束だった。


「―――王様これは、アルカディア正教の『免罪符』の、原紙ですわ」


 リリアナのその言葉は、この部屋に深刻な爆弾を投下した。


 その、重苦しい沈黙を破ったのは、意外にも、田中樹だった。


 彼は、レオの死以来、常にどこか上の空だったが、今は、その目に、純粋な、子供のような疑問を浮かべていた。


「……なあ。さっきから、教会がどうとか、免罪符がどうとか言ってるけどよぉ。それって、そんなにヤバいのか? 教会ってのは、なんか、祈るとこじゃねえの? 免罪符ってのも、よくわかんねえし」

 その、あまりにも根本的な質問に、フィンが、頭痛をこらえるように、こめかみを押さえた。 


「……いいか、勇者様よ。てめえにも、分かるように説明してやる。その紙切れはな、教会が、『どんな罪も、神は許してくださる』って、お墨付きを与える、魔法の紙だ。そして、そいつは、とんでもねえ大金で、貴族や商人に売られてる。教会の、最大の資金源だ」


「金儲けの道具かよ。うさんくせえな」


「うさんくせえだけなら、まだマシだ」

 今度は、バルカスが、重々しく口を開いた。


「勇者殿。もし、この『どんな罪も許される紙』が、そこら中の、盗賊や、人殺しの手に、タダ同然で渡ったら、どうなると思う?」


「……え?」


「法も、秩序も、人の善意も、全てが意味をなくす。世界は、内側から、際限のない混沌と、暴力に、沈んでいく。……黒曜石ギルドの狙いは、それなのだ」


 樹は、ようやく、事の重大さを、おぼろげながら、理解し始めていた。


「問題は、そこだ」

 ファムが、腕を組んで、低い声で唸る。


「つまり、ギルドの奴らは、教皇印すらも完璧にコピーする、とんでもねえ偽造技術を手に入れたってことか。厄介なこった」

 これが、最も現実的な推論だった。


「いや、ありえない!」

 だが、その推論を、シルヴァラントの騎士、サー・レオンが、激しい口調で否定した。


「教皇猊下の印章は、神聖な魔術で守られており、いかなる魔術師でも偽造は不可能とされている! まさか……まさか、教会内部に、この神聖な原紙を、ギルドへと横流しした、大罪人がいるとでも……!?」

 敬虔な教徒である彼にとって、それは、信じがたい、冒涜的な仮説だった。


 完璧な、そして、ありえないはずの「偽造」。 


 あるいは、想像を絶する、教会の「裏切り」。


「……どちらにせよ、事態は最悪ですわ」

 リリアナが、震える声で、その場の全員が向き合わなければならない、恐るべき現実を告げた。


「敵が、教会の最高権威を完璧に『偽造』できる技術を持っているのか。あるいは、教会の『中枢』そのものが、すでに敵の手に落ちているのか。……私達には、まだ、判断がつきません。ですが、どちらの可能性も、この大陸を、根底から揺るがす、とてつもない脅威であることに、変わりはありません」


 重い、重い、沈黙が、部屋を支配する。 


 誰もが、この、あまりにも巨大で、そして、底知れない陰謀を前に、次の一手を見出せずにいた。


 その沈黙を破ったのは、アレクシオスだった。 


 彼は、一枚の白紙の免罪符を、静かに手に取ると、その、あまりにも清浄で、そして、あまりにも邪悪な紙片を、じっと見つめた。 

「……どちらの可能性が、真実か。今、ここで議論しても、答えは出ない。ならば」

 彼は、大陸地図の上、教皇領サンクトゥム・ルミナを示す、一点を、その指で、力強く指し示した。


「我々が向かうべきは、蛇の頭そのもの。全ての元凶であり、この免罪符が作られた場所。―――聖都サンクトゥム・ルミナだ」


「なっ……! 陛下、正気ですか!?」

 ライアスが、驚愕の声を上げる。  


「そこは、敵の、本拠地のど真ん中やもしれませぬ!」


「そうだ。だからこそ、行くのだ。だが、軍隊を率いてではない」

 アレクシオスは、部屋の隅で、呆然と話を聞いていた、田中樹へと、視線を向けた。


 その瞳には、誰も見たことのない、大胆不敵な、そして、どこか面白がるような、王の笑みが浮かんでいた。


「―――『聖勇者』が、”魔王”討伐の感謝と報告のため、聖地へ、巡礼の旅に出る。これほど、自然で、そして、誰もが祝福する名分が、他にあるかな?」




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