第六十四話:連合部隊、結成
対魔王連合の会議室には、かつてないほどの緊張感が満ちていた。
四天王の存在が明らかになり、連合は、より強固な、しかし、より重い覚悟を共有する共同体へと変貌を遂げた。
そして今、彼らの前には、次なる戦場を示す、一枚の巨大な大陸地図が広げられていた。
「―――港湾都市、ヴァンドール」
フィンが、分析の最終報告を締めくくった。
「ギルドの最大級の物流拠点、フロント企業『オリオン商会』。ここを叩けば、奴らの大陸全土における活動に、大きな打撃を与えられるはずだ。だが、ヴァンドールは中立都市。軍を動すことはできない。やるなら、少数精鋭による、完全な隠密作戦しかない」
その報告を受け、アレクシオスが静かに口を開いた。
「これは、ロムグールだけの問題ではない。ギルドは、大陸全体の癌だ。故に、この作戦は、連合の総力を結集した、初の『共同作戦』としたい。―――諸君らの、最高の『刃』を、貸してはくれまいか」
その提案に、最初に反応したのは、シルヴァラントのセレスティナだった。彼女は、毅然として立ち上がった。
「当然です、アレクシオス陛下。我が国も、この戦いから目を背けるつもりはございません。私の、最も信頼する護衛騎士の一人、サー・レオンを派遣させます」
彼女の言葉に応じ、その背後に控えていた、銀の鎧に身を包んだ長身の騎士が、一歩前へ進み出た。
その顔立ちは端正で、瞳には、誠実さと、強い正義感が宿っている。
彼は、アレクシオスに向かって、完璧な騎士の礼をした。
「サー・レオン・アルフェンと申します。公女殿下と、連合の大義のため、この剣を捧げることを誓います」
次に、東方諸侯連合の代表、オルテガ公爵が、思慮深げに口を開いた。
「影の巣には、影の者を。諸侯連合からは、諜報活動と、変装術の達人である、ジエンを推薦しよう」
オルテガ公爵は、そう言うと、自らの席の、さらに後ろの影へと視線を送った。
そこに、いつからいたのか、全く気配を感じさせない、年の頃は三十代ほどの、あまりにも平凡で、特徴のない顔をした男が、静かに立っていた。
彼は、ただ、無言で、軽く頭を下げただけだった。
だが、その一瞬、彼の顔が、全く別の、老人の顔に見えたような気がして、何人かの代表が、ゴクリと喉を鳴らした。
アレクシオスは、満足げに頷き、そして、会議室の隅で、冷ややかに座っているヴァレンティン将軍へと視線を向けた。
「―――将軍。帝国からも、ご協力、願えるかな?」
その言葉は、協力の要請でありながら、断ることは許さない、という王の圧力に満ちていた。
ヴァレンティンは、しばし、忌々しげにアレクシオスを睨みつけていたが、やがて、芝居がかった笑みを浮かべた。
「……よかろう。我が帝国も、大陸の平和を乱す輩を、見過ごすわけにはいかんからな。我が直属の諜報部から、最高のエージェントを一人、貸し与えよう。名は、ヘルガ」
彼がそう言うと、その背後の影から、一人の女性が、すっと姿を現した。
黒い、実用的な革鎧に身を包み、その腰には、無数の短剣が下げられている。
その目は、氷のように冷たく、一切の感情を映していなかった。
彼女は、誰にともなく、ただ、任務を遂行するためだけの道具のように、無機質に頷いた。
その存在そのものが、ヴァレンティンの、そして帝国の、油断ならぬ本性を物語っていた。
「素晴らしい」
商業同盟の代表、ボルグが、手を叩いて言った。
「騎士に、忍び、そして密偵。役者は揃ってきたな。だが、ヴァンドールでは、それだけでは足りん。奴らの懐に潜り込むには、その流儀を知る者が必要だ。我が同盟からは、現地での案内人を用意しよう。コードネームは『鴉』。貴殿らがヴァンドールに到着次第、彼の方から接触してくる。それまで、街では、決して誰も信用するな」
各国のエースが集められていく中、最後に、アレクシオスは、自らが派遣するメンバーを発表した。
「我がロムグールからは、まず、ギルドが使うであろう、古代の呪詛や魔術的な罠を解析・解除するための、王国最強の魔術師、リリアナ」
呼ばれたリリアナが、静かに、しかし、力強く頷く。
「次に、潜入任務の現場指揮官として、闇滅隊のリーダー、ファム。そして、彼女の仲間である、ザルバードのナシル、ヤシマのハヤテとシズマ」
闇滅隊の四人は、部屋の影の中から、静かに一礼した。
「そして、この混成チームの護衛、及び、全体の武力の要として…」
アレクシオスがそこまで言った時、バルカスが、一歩前に進み出た。
「陛下。その大役、この老骨にお任せいただきたい」
だが、アレクシオスは、静かに首を横に振った。
「ならん、バルカス。貴殿は、先のシルヴァントでの任務で、古傷を悪化させたはずだ。今回の任務は、俊敏さが求められる。万全ではない貴殿を行かせるわけにはいかない。―――ゆえに、この役目は、貴殿に命じる。騎士団副団長のライアス。師の代わりに、その剣で、仲間たちを守り抜け」
「はっ! この命に代えましても!」
ライアスが、緊張と誇りの入り混じった表情で、応えた。
「最後に、勇者殿にも、この任務に加わってもらう」
アレクシオスは、その戦略的価値――生ける『魔除け』であり、重要な『探知機』としての役割を、具体的に説明した。
もはや、誰も異を唱えることはできなかった。勇者の同行は、連合の総意として、正式に決定された。
こうして、大陸の命運を賭けた、「連合合同部隊」が、ここに結成された。
彼らは、数日後、それぞれの身分を偽り、一介の商人や、傭兵、旅芸人の一座として、無法の港町ヴァンドールへと、散り散りに、潜入を開始することになる。
アレクシオスは、作戦司令室の地図の上で、ヴァンドールを示す駒を、静かに置いた。
「―――蜘蛛狩りの時間だ」
その呟きは、次なる、影の戦争の、始まりの合図だった。




