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第五十六話:旅立ちと、伝説の器

 帝国の将軍ヴァレンティンが、屈辱に顔を歪ませながらも沈黙し、会議の主導権は、完全にアレクシオス・フォン・ロムグールの手に戻った。


 偽りの平和の終わりと、本当の敵の姿が示されたことで、対魔王連合は、今、恐怖と、そして確かな覚悟の下に、一つになったのだ。


 だが、安堵の息をつく暇など、誰にもなかった。


 会議が閉会され、各国の代表たちが、それぞれの宿舎へ戻り、自国との緊急連絡や、今後の対策に追われ始めた、まさにその時だった。


「セレスティナ様! セレスティナ様、どこにおられますか!」


 大広間の重厚な扉が、凄まじい勢いで開け放たれ、一人の騎士が転がり込んできた。


 その銀狼の紋章が刻まれた鎧は泥と埃に汚れ、兜も失い、その顔は絶望に彩られていた。


 彼は、王都の警備兵の制止を振り切り、ただ、主の名を叫び続けていた。


「何事です!」

 リリアナと今後の対策を話し合っていたセレスティナが、そのただならぬ様子に、顔色を変えて駆け寄る。


 騎士は、主の姿を認めると、その場に崩れるように膝をついた。


「申し上げます! 我が国の穀倉地帯が……『黒枯れ病』に……! 大地が、民が、死んでゆきます!」


 その悲痛な叫びは、ざわめきが残っていた大広間の空気を、一瞬にして凍りつかせた。


「黒枯れ病……?」セレスティナは、震える声で聞き返した。


「詳しく、お話しなさい」


「はっ……! 黄金色であったはずの小麦畑は、まるで腐敗したかのように黒くねじくれて塵と化し、大地そのものが生命力を失い、灰色の死の大地へと……! そして、その地に住む人々は、魂そのものを蝕まれ、生気を失い、まるで歩く骸のように……! 宮廷魔術師団も、神官たちも、もはや、手立てが……!」


 騎士の報告に、セレスティナは、その場でよろめきそうになるのを、リリアナがそっと支えた。


 自国の、それも最も豊かな土地を襲う、理不尽で、おぞましい厄災。


 その報告は、彼女の心を、深い絶望の淵へと突き落とした。


 その様子を、遠巻きに見ていた帝国のヴァレンティンが、小さく鼻を鳴らしたのが見えた。


「ほう、地方の風土病か。大変ですな」とでも言い、その侮蔑に満ちた視線。


 その瞬間、アレクシオスは、前に進み出ていた。


「フィン!」

 その一声に、背後で状況を分析していたフィンが、即座に答える。


「……うちで起きたテロと同じだな。間違いねえ」


「セレスティナ殿」

 アレクシオスは、セレスティナの肩に手を置き、静かに、しかし鋼のような意志を込めて言った。


「これは、シルヴァラント一国の問題ではない。連合の盟主である、我がロムグールを支える貴国を叩くことで、この対魔王連合そのものを、内側から瓦解させようという、明確な攻撃だ」


 彼は、その場の全ての代表団を見渡し、宣言した。


「これこそが、我ら対魔王連合が、初めて共に当たるべき試練である。我がロムグールは、この暴挙に対し、最高の専門家チームを派遣し、必ずやシルヴァラントの民を救い出すことを、ここに誓う!」

 その言葉は、もはや小国の王のものではない。大陸全体の危機に立ち向かう、連合の盟主としての、力強い決意表明だった。


 アレクシオスは、この、連合の最初の共同作戦として、大地を癒す奇跡の力を持つロザリア、呪詛の解析に長けたリリアナ、そして護衛の要としてバルカスを中心とした、専門家チームの派遣を即座に決定した。


 ♢


 その夜。


 バルカスは、王城の練兵場で、一人、黙々と木剣を振るう田中樹の元を訪れた。


 レオの死以来、樹は、人が変わったように、この基礎訓練だけは、毎日欠かさず続けていた。その剣筋は、相変わらず素人同然だが、そこには、以前にはなかった、必死さが滲んでいた。


「……何の用だよ、ジジイ」


「明日、シルヴァラントへ発つ。貴殿にも、同行を命じる」

 バルカスの言葉に、樹の肩が、ピクリと震えた。


「……俺は、行きたくねえ。……もう、人が死ぬのは、見たくない」

 それは、初めて、彼が、明確に「危険」から逃れようとした言葉だった。


 バルカスは、そんな彼の姿を、ただ、静かに見つめていた。そして、いつものような怒声ではなく、低く、そして、諭すような声で言った。


「……そうか。ならば、行かずとも良い。だがな、勇者殿。かの地では、今、この瞬間も、民が苦しみ、大地が死にかけている。そして、陛下は、その民を救うために、自ら危険な地へ赴かれるのだ」

 バルカスは、それだけ言うと、背を向けた。


「レオという兵士は、貴殿を信じて死んだ。貴殿が『聖勇者』であると、心から信じてな。その信奉が、ただの勘違いであったと、貴殿自身が証明するのも、また、一つの選択だろう。……お前が、どうするのか。お前自身で、決めろ」


 老獅子は、去っていく。後に残された樹は、握りしめた木剣を見つめ、唇を噛み締めていた。


 ◇


 翌朝。


 王都の西門に、シルヴァラントへ向かう、小さな調査団が集結していた。


 アレクシオスとセレスティナが、その見送りに来ていた。


 アレクシオスが、バルカスに「皆を頼む」と、短い言葉をかけた、その時だった。


「……お、おい! 待てよ!」

 後ろから、息を切らした、聞き慣れた声が聞こえた。


 振り返ると、そこには、田中樹が、慌てて旅支度を整え、肩で息をしながら立っていた。


「……べ、別に、行きたいわけじゃねーからな! ただ、すげー美味いもんが隠されているかもしれねえし、それを確かめに行くだけだ! 勘違いすんなよ!」

 彼は、顔を真っ赤にしながら、そっぽを向いて、そう言い放った。


 その姿に、バルカスは、厳しい顔を、ほんの少しだけ緩めた。


 アレクシオスとセレスティナは、顔を見合わせ、静かに、微笑んだ。


 調査団が、西へと旅立つ。


 アレクシオスは、馬に乗り、その一団と少しだけ並走した。


 彼の視線は、不貞腐れたように馬を進める、田中樹の背中に注がれていた。


(レオの死が、彼を確かに変えた。だが、一体、何が、どのように変わったのだ……?)


 好奇心と、そして、王としての責任感。


 アレクシオスは、その目で確かめるべく、スキルを発動させた。


【絶対分析】。


 刹那、彼の脳内に、更新された情報が、奔流となって流れ込んできた。


 その内容に、アレクシオスは、我が目を疑った。


【名前】田中たなか いつき

【称号】自称:イトゥキ・ザ・ブレイブハート、民衆が呼ぶ:沈黙の聖勇者

【職業】勇者(???)

【ステータス】

 ** HP:15 → 52 (村人A平均:30)**

 ** MP:5 → 12 (村人A平均:10)**

 ** 筋力:3 → 11 (かろうじて木剣を一日中振れるレベル)**

 ** 耐久力:2 → 9 (徹夜しても、多分風邪はひかないレベル)**

 ** 素早さ:8 → 15 (逃げ足だけは、さらに向上)**

 ** 知力:4 (変化なし)**

 ** 幸運:1 → ???(測定不能、あるいは干渉不可)**

【スキル】

 ** ・口先介入(低確率で相手をイラつかせる)**

 ** ・責任転嫁(中確率で自分の非を認めそうになる)**

 ** ・現実逃避(ピンチになると、逃げる以外の選択肢を考えるようになった)**

 ** ・【神聖(伝説級(レジェンダリー)スキル)】:魂そのものが、神々の時代の理を宿す、伝説級のスキル。所有者の意思とは無関係に、絶対的な聖域として機能し、周囲のあらゆる邪悪、呪詛、魔の理を中和・反発させる。悪意が強ければ強いほど、その反発力も増大する。**

 ** ・【誰かの為の力(未覚醒)】:発動条件不明。所有者の強い『意志』と『自己犠牲』の精神に呼応して覚醒する可能性を秘める。**

【心境】

 ** 自己の無力さへの苛立ちと、レオへの微かな罪悪感。強くなりたいという願望と、面倒くさいという本能が激しく衝突中。極度の情緒不安定。**

【総合評価】

 ** 戦闘能力、皆無。人格、破綻。しかし、その魂に宿るは、世界の理すら覆しかねない【伝説級(レジェンダリー)スキル】。彼は、もはや人間ではない。神が、気まぐれで地上に落とした、歩く戦略級最終兵器。あるいは、史上最悪の『爆弾』。育成は不可能。制御と『運用』、その一点に、世界の命運がかかっている。**


「…………」


 アレクシオスは、馬上で、完全に思考を停止させた。


 ー伝説級(レジェンダリー)……? 嘘だろ……。


 神話やおとぎ話の中にしか存在しないとされた、伝説級のスキルだと? この……田中樹が? 全ての能力値が村人以下で、口を開けば不平不満、歩けばトラブルをまき散らす、この役立たずが……大陸の運命を左右する、神代の力を、その魂に宿しているというのか……!?


 なんて、悪質な冗談だ……。


 これまでの不可解な奇跡の、全てに説明がつく。


 呪いの宝玉、呪われ人事件、そして、モルガドールが感じたという、あの「理解不能な何か」。


 全て、このスキルによるものだったというのか。


 彼は、ただの役立たずな少年ではなかった。


 本人の意思とは無関係に、ただそこにいるだけで、悪を祓う、歩く教会。


 生ける聖遺物。


 とんでもない爆弾であり、そして、使い方次第では、この戦争の趨勢を左右しかねない、究極の切り札。


 アレクシオスは、改めて、不貞腐れた顔で馬に乗る少年を見つめた。


(……育成ではなく、適切な『運用』……か。とんでもない難題だ)


 彼の胃が、久々に、未知の領域に踏み込んだことへの、喜びとも絶望ともつかない、奇妙な痛みを発した。

 西へ向かう一行の背中を、王都の朝日が、どこか意味ありげに照らしていた。、王都の朝日が、どこか意味ありげに照らしていた。

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