第五十五話:魔王の真実
第二部を投稿開始します。
しばらくは1日3話程度更新していきます。
ちなみに、二部は全話作成済みです。
「魔王」モルガドールとその軍勢がエルヴァン平原に消えてから、一つの季節が過ぎた。
大陸には、偽りの、しかし、あまりにも甘美な平和が訪れていた。
北壁、エルヴァン要塞。
再建された城壁の上で、司令官グレイデンは、不気味なほど静まり返った北の魔族領を睨んでいた。
この半年、ゴブリン一匹、その姿を見ていない。
兵士たちは平和を喜ぶが、彼の心は、嵐の前の静けさへの、深い警戒心に満ちていた。
ただただ、要塞の城壁修理と兵士たちの訓練に邁進していた。
◇
その頃、王都カドアテメは、復興と発展を謳歌していた。
民は、アレクシオス王と「聖勇者イトゥキ様」がもたらした平和に酔いしれ、誰もが未来を楽観していた。
そして、その「平和」は、対魔王連合の存在意義そのものを、根底から揺るがし始めていた。
連合本部が置かれた王城の大広間。
その日の定例会議は、開始早々、重苦しい空気に包まれた。
口火を切ったのは、帝国の将軍ヴァレンティンだった。
「アレクシオス国王陛下。貴殿の偉業により、”魔王”モルガドールは討ち取られ、北の脅威は、ひとまず去った。民が平和を謳歌する今、これほどの体制を維持し続ける理由が、どこにある? 我が帝国としては、この『対魔王連合』は、その歴史的役割を終え、速やかに解散すべきであると考えるが、いかがかな?」
ヴァレンティンの、悪意に満ちた提案に、東方諸侯の代表たちがざわめき始める。
会議の空気が、分裂へと向かい始めた、その時。
アレクシオスは、静かに立ち上がった。
「ヴァレンティン将軍。貴殿は、戦争が終わった、と申されるのだな」
その声は、静かだが、強い意志を宿していた。
「そうだ。何か問題でも?」
「ああ、大問題だ」アレクシオスは、円卓を見渡した。
「我々の戦争は、終わっていない。ただ、戦場が、目に見える平原から、我々の日常の、水面下へと移っただけのことだ」
アレクシオスは、衝撃的な事実を自ら切り出した。
「我々が命からがら、辛うじて打ち破ったあのモルガドールは……真の魔王では、なかったのだ。死に際に、自身は魔王に仕える四天王の中でも、最弱という言葉を残した」
議場が、驚愕と恐怖にどよめく。
「し、四天王だと……!?」「では、あれ以上の化け物が、まだ三体も…!」
諸侯たちが、顔面蒼白になる。
だが、ヴァレンティンだけは、動じなかった。
彼は、待ってましたとばかりに、立ち上がった。
「……ほう。ようやく、その口から真実を語る気になったか、ロムグール王。我ら帝国は、貴殿らが『魔王』と呼び、恐れおののいていたあの程度の存在が、真の脅威でないことなど、疾うに掴んでおったわ」
ヴァレンティンのその言葉は、第二の爆弾となって、議場を震撼させた。
「なっ……!」「知っていたと、いうのか!?」
セレスティナやボルグが、驚愕の表情でヴァレンティンを睨みつける。
「そうだとも」
ヴァレンティンは、勝ち誇ったように続けた。
「我らは、貴殿らとは見ている次元が違う。そのような重要な情報を、これまで隠匿し、連合を欺いていた貴殿に、もはや、この同盟を率いる資格はない!連合の指揮権は、真の脅威を、最初から正しく認識していた、我が帝国が引き継ぐのが、最も合理的であろう! 異論のある者は、いるかな?」
帝国の圧倒的な国力を背景にした、その恫喝。
誰もが、反論の言葉を失う。
会議の主導権は、完全に、帝国の手に渡ったかに見えた。
「―――それは違う」
静かだが、鋼のように強い声が、その場の空気を切り裂いた。
声の主は、アレクシオスだった。
「私たちは、それが本当に事実なのか、過去の文献を読み漁るなど調査をしてきた。そして、断片的な記録から、モルガドールは魔王ではなかったとやっと判断できたのだ。」
不確かな情報で、いたずらに不安を煽りたくはなかった、と。
彼は、ヴァレンティンを、氷のように冷たい目で見据えていた。
「……それと、将軍。貴殿は、確かに、我々よりも多くの情報を、持っていたのかもしれない。だが、その上で、貴殿は何をした?」
アレクシオスは、一歩、ヴァレンティンへと歩み寄る。
「貴殿は、我々が、敵と、血を流し、死んでいくのを、ただ、高みから見物していた。我々が、エルヴァンが、助けを求めても、指一本動かさなかった。そうだ。貴殿は、我々と魔王軍が共倒れになるのを、待っていたのだ。―――真実を知りながら、同盟国を見殺しにしようとした。それが、貴殿の、そして帝国のやり方か」
「…………ッ!」
ヴァレンティンの顔から、血の気が引いた。
それは、誰もが薄々感じていたが、決して口にしてはいけない、帝国の本心だった。
「そのような者に、どうして、我々が命を預けられる? 覇者の器とは、情報の多寡で決まるのではない。仲間を見捨てぬという、その覚悟で決まるのだ。貴殿と、貴様の帝国には、その覚悟が、決定的に欠けている!」
アレクシオスの言葉は、真実の刃となって、ヴァレンティンの仮面を、そして帝国の権威を、完膚なきまでに切り裂いた。
「そうだ!」「我らを見殺しにするつもりだったのか!」「そんな国に、誰が従えるか!」
東方諸侯たちから、帝国への怒りと不信の声が、一斉に噴き出した。
アレクシオスは、この好機を逃さなかった。
「我々の敵は、四天王、そして真の魔王。そして、彼らに与する、黒曜石ギルドだ。もはや、一国で立ち向かえる相手ではない。今こそ、我々は、真に『信頼』できる者同士で、新たな、そして、より強固な同盟を結び直すべきだ!」
その言葉に、セレスティナが、ボルグが、そして、恐怖から覚めた諸侯たちが、次々と力強く頷いた。
ヴァレンティンは、自らが仕掛けた罠によって、自らが完全に孤立するという、皮肉な結末を迎えた。
偽りの平和は、終わった。
そして、本当の絶望を前に、本当の『連合』が、今、産声を上げたのだ。
アレクシオスの、王としての真価が、大陸全土に示された瞬間だった。
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