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幕間:王都に響く、始まりの歌

 

 王都カドアテメの酒場「獅子のあくび亭」の空気は、戦勝の熱気と、安酒と、そして人々の弛緩した汗の匂いで満ちていた。


 隅の席でリュートを爪弾く吟遊詩人のエリアンは、その喧騒にうんざりしていた。


 客が求めるのは、いつも同じ。


 完璧な騎士が、巨大な悪を一刀両断にする、陳腐で、甘ったるい英雄譚ばかり。


(嘘っぱちだ……)


 エリアンの指が、思わず不協和音を奏でる。


 この街は、ほんの少し前まで、腐った貴族と、その威を借りる役人に食い物にされて、死んだように静まり返っていたではないか。


 英雄など、どこにもいやしなかった。


 そんな彼の耳に、隣の卓の、羽振りのよさそうな商人たちの会話が飛び込んできた。


「聞いたか? 勇者様が帝国の呪いを解いたのは、ステーキが冷めるのが嫌で、呪いの宝玉を鉄板代わりにしちまったって言うじゃねえか!」


「ぶはっ! まことかよ! そりゃ豪快だ!」

 エリアンは、思わず眉をひそめる。


 なんだその話は。あまりにも、馬鹿馬鹿しい。


「だが、おかげで帝国の要求は全て撤回だ。大したもんだよ。まあ、俺にとっちゃ、それよりもフィン様が打ち出してくれた新しい税制の方が、よっぽどありがたい奇跡だがな。おかげで、理不尽な通行税がなくなって、儲けが二割も増えたんだ」


「うちは、ロザリア様が教えてくれた新しい芋のおかげで、この冬は子供に腹一杯食わせてやれそうだ。ありがたい話だよ、本当に」


 エリアンの指が、リュートの上で、ぴたりと止まった。


 ステーキのために呪いを解く勇者。


 税制を改革する、若き天才補佐官。


 民を飢えから救う、村娘。


 そして、その全てを差配し、胃を痛めながら戦っているという、若き国王。


(……これか)


 エリアンの心に、久しく感じたことのなかった、創作の炎が、ちろりと灯った。


 これこそが、今、この街で、本当に歌われるべき、物語なのではないか。


 その夜、エリアンは、いつものように酒場の舞台に上がった。


「今宵は、一つ、新しい歌を。この王都に生まれた、本当の英雄たちの物語だ」


 彼がリュートをかき鳴らし、歌い始める。



 〝金ピカ鎧の勇者様 お告げはいつも「腹が減った!」〟


 〝聖剣つるぎは重くて持てないが ステーキ皿なら軽々と〟



 酒場に、くすくすと、下品だが楽しげな笑い声が漏れ始める。


 だが、その時だった。店の隅で、ふんぞり返って酒を飲んでいた、貴族崩れの男が、テーブルを叩いて立ち上がった。


 彼は、先の粛清で地位を失った、元貴族の残党だった。


「黙れ、賤民が!」


 男の怒声が、酒場の陽気な空気を切り裂いた。


「いつから、貴様のような路傍の石ころが、王家を歌の肴にして良いことになったのだ! アレクシオスとかいう若造が、国を乱し、我ら貴族の誇りを地に落とした結果が、この様か! この国の秩序も、堕ちたものよな!」


 男が、剣の柄に手をかける。


 彼の怒りは、王家を守るためではない。


 自分たちの特権を奪った新体制と、それに浮かれる民衆、そして、身分制度という「秩序」が崩れていくことへの、憎悪と苛立ちだった。


 酒場の空気が、一瞬で凍りつく。


 エリアンは、歌うのをやめ、その男を、ただ、じっと見つめ返した。


 彼が、諦めかけた、その瞬間。


「―――面白いじゃねえか、その歌」


 声を上げたのは、昼間、勇者の噂話をしていた、あの商人だった。


 彼は、悠然と立ち上がると、貴族崩れの男の前に、立ちはだかった。


「あんたみたいな、ふんぞり返ってるだけの元貴族様に、この歌の良さが分かるとは思えねえがな。こいつは、俺たちの歌だ。俺たちの生活を、良くしてくれてる、王様と、フィン様と、ロザリア様の歌だ。文句があるなら、俺が聞こうじゃねえか」


「そうだ、そうだ!」


「俺たちの王様を馬鹿にするな!」


 商人の言葉を皮切りに、酒場にいた客たちが、次々と、エリアンを庇うように、声を上げた。


 彼らは、もう、理不尽な権力に、黙って従うだけの民衆ではなかった。


 貴族崩れの男は、その、予想外の反撃に、顔を真っ青にして、たじろいだ。


 そして、忌々しげに舌打ちをすると、足早に店から逃げ出していった。


 割れるような、歓声と拍手。


「兄ちゃん、続けろ!」


「最後まで、聞かせろ!」


 エリアンは、込み上げてくる熱いものをこらえ、再びリュートをかき鳴らした。


 その声は、もう、震えてはいなかった。




 〝聖剣せいけんを担いだ救世主 魔王の軍勢ぐんぜい薙ぎ払う〟


 〝……てな話はもう古い! 俺らが戴く勇者様は〟


 〝「腹が減っては持てませぬ」と 呪いの宝玉ほうぎょくで肉を焼く!〟


 〝おお、我らが王は執務室へやの隅で 眉間に皺寄せ胃薬くすりあおりゃ〟


 〝腹ペコ勇者は厨房キッチン目指し つまみ食いしては怒られてる〟


 〝嗚呼ああ、ロムグールは今日も愉快だぜ 明日あしたもポテトで万々歳!〟


 〝インクまみれの少年が 貴族の帳簿うそをひっくり返す〟


 〝泥んこ娘が芋植えりゃ 空っぽの鍋が湯気を吹く!〟 


 〝おお、我らが王は地図を睨んで またまた胃薬くすりあおりゃ〟


 〝腹ペコ勇者は訓練しごとをサボり 老獅子おやじ拳骨げんこつ喰らってる〟


 〝嗚呼ああ、ロムグールは今日も愉快だぜ 明日あしたもポテトで万々歳!〟


 〝魔王は遠くて見えやしねえが 明日の食べ物ならこの手にある〟


 〝王の胃痛に感謝を捧げ 今夜もポテトで乾杯だ!〟


 〝嗚呼ああ、我らのロムグール!嗚呼ああ、我らが胃痛の王!〟



 その夜、酒場を揺るがした大合唱は、王都の新しい時代の、本当の産声となった。


 歌は、瞬く間に王都中に広まった。


 れは、民衆が、自らの言葉で、自らの王の物語を語り始めた、最初の瞬間だった。


 王城の執務室で、その報告を聞いたアレクシオスは、苦笑しながらも、こう呟いたという。


「……まあ、いい。俺の胃痛が、それで少しでも民の慰みになるのなら、本望だ」と。



幕間はここまで。

次からは本編再開します。


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