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幕間:公女の誓い

 

 シルヴァラント公国へと向かう豪奢な馬車は、しかし、その乗り心地とは裏腹に、セレスティナの心を静めてはくれなかった。


 窓の外を流れる景色が、ロムグールの荒々しくも力強い山岳地帯から、自国の穏やかな緑の平原へと変わっていく。


 そのあまりにも平和な風景が、逆に彼女の胸を締め付けた。


(なんと、呑気なことでしょう……)


 脳裏に焼き付いて離れないのは、数日前の光景。


 マーカス辺境伯の裏切りと、「王の橋」での死闘。


 そして、北の地平線から土煙を上げて現れた、アレクシオス王の軍勢。


 それは、彼女が想像していた、王都の華やかな騎士団ではなかった。


 鎧は砕け、旗は焼け焦げ、兵士たちの顔には疲労と泥がこびりついていた。


 だが、その軍が纏う空気は、あまりにも鋭く、あまりにも冷たい、本物の「戦場」の匂いがした。


 数万の魔物を屠り、「魔王」を名乗る巨魁の首を獲って帰ってきた者たちだけが放つ、死の気配。


 そして、アレクシオス王。


 最後に会った時よりも、その頬は痩け、しかし瞳の奥に宿る光は、王としての威厳を通り越し、全てを背負う者の覚悟そのものに変わっていた。


 彼の口から語られた真実――「四天王」。


 あのモルガドールですら、その最弱に過ぎないという絶望。


(あの方は、たった一人で、これほどのものを背負っておられたのね……)


 これまで、ロムグールとの同盟は、シルヴァラントにとって、帝国や魔王に対抗するための戦略的な「駒」の一つだった。


 だが、今は違う。


 アレクシオス・フォン・ロムグールという存在は、もはや駒ではない。


 この、あまりにも巨大で、理不尽な盤上で、唯一、共に戦うことができる「王」。


 そして、この大陸に残された、最後の「希望」。


 彼女の心の中で、何かが、音を立てて変わった。


 それは、国の未来を思う公女としての使命感だけではない。


 もっと、個人的で、熱い切実な想い。


 ♢


 数日後、シルヴァラントの城館に帰り着いた彼女を、父である老公爵が安堵の表情で出迎えた。


「戻ったか、セレスティナ。長旅、ご苦労であったな。して、ロムグールの若き王は、噂通りの器であったかな?」

 父の穏やかな問いに、セレスティナは、旅の疲れも見せず、まっすぐにその目を見返した。


「お父様。噂は、あの方の真価の、ほんの一端すらも伝えておりません」

 その声は、凛として、しかし、どこか熱を帯びていた。


「そして、我々が直面している脅威は、お父様の想像を、遥かに超えるものにございます」


 彼女は、父に「四天王」の存在を告げた。


 老公爵の顔から、みるみる血の気が引いていくのが分かった。


「お父様」セレスティナは、一歩前に進み出た。


「もはや、ロムグールを便利な盾とするような、生ぬるい同盟に意味はありません。我が国の、いえ、わたくしの全てを賭して、アレクシオス陛下を支えるのです。あの方こそが、この大陸を、そして我らを救う、唯一の光なのですから」

 その瞳に宿る、燃えるような、そしてどこか恋慕にも似た強い光に、老公爵は、言葉を失った。


 自らの娘が、歴史を動かす一人の女性へと、この短い旅で変貌を遂げたことを悟ったのだ。


 彼は、深く、そして静かに頷いた。


 ♢


 その夜、セレスティナは、自室のバルコニーから、北東の空を見上げていた。


 その先にある、遠いロムグール王国を想い、彼女は、静かに、しかし、強く、心に誓う。


(わたくしが、あなたの剣となり、盾となりましょう。たとえ、この身がどうなろうとも)


 その誓いは、誰に聞かれることもなく、シルヴァラントの夜風に、静かに溶けていった。





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