幕間:『盤上の影、蠢く王』
【魔族領『ヴォルクリプト』の深奥、???】
溶岩が川のように流れ、空には三つの月が不気味に浮かぶ、およそ人の住まぬ世界。
その中心に、黒曜石を切り出して作られたかのような、禍々しい城が聳え立っている。
城の一室。
そこは、書庫のようでもあり、実験室のようでもあった。
壁一面の本棚には、おびただしい数の古文書が並び、テーブルの上では、怪しげな色の液体がフラスコの中で泡立っている。
その部屋の主は、銀髪の、病的なまでに白い肌を持つ、線の細い優雅な美青年だった。
彼の名は、ヘカテリオン。
モルガドールと同じく、魔王に仕える四天王の一人。
”千呪”の異名を持つ、魔族の参謀格である。
「―――以上が、モルガドールの最期と、人間どもの動向にございます」
一匹の下級魔族が、震えながら報告を終える。
ヘカテリオンは、手に持っていた、人間の魂を培養しているフラスコを愛おしげに眺めながら、くすくすと笑みを漏らした。
「あの脳筋の猪が、人間の知恵に敗れたか。まあ、当然の結果だね。力だけで、この複雑で、美しい世界を塗りつぶせるはずがないだろう? 彼は、派手に盤上を荒らす、という自分の役割だけは、きっちり果たしてくれたようだけど」
彼の言葉には、仲間の死を悼む色は、微塵もなかった。
「だが、面白いデータは取れた。特に、あの『勇者』……。力が皆無でありながら、その存在そのものが、呪いや魔の理を歪ませる、特異な触媒。実に興味深い。ぜひ、私の実験台に欲しいものだ。じっくりと、その魂の構造を調べてみたい」
彼は、うっとりとした表情で呟く。
ヘカテリオンは、フラスコを置くと、部屋の中央にある、大陸を模した巨大な盤上へと視線を移した。
そこには、エルヴァン要塞に置かれていた、モルガドールを示す巨大な駒が、無残に砕け散っていた。
「そして、アレクシオス王。僕の可愛い『黒曜石ギルド』の計画を、ことごとく邪魔してくれた、賢しい王様。君のおかげで、計画は少し遅れてしまったじゃないか。君のせいで、僕の貴重な『駒』も、何人か失ってしまったしね」
彼は、楽しそうに、盤上に新たな駒を置いた。
「モルガドールのような派手な戦争は、後片付けが大変でいけない。これからは、僕のやり方で、もっと静かに、そして、確実に、あの光の世界を内側から腐らせていこう。戦争は、人間を団結させてしまう。だが、疑心暗鬼は、人間を内側から孤立させ、喰い破る、最高の毒だ」
彼は、盤上の、シルヴァラント公国と、ヴァンドール商業都市同盟の駒を、そっと指でなぞった。
「まずは、あの生意気な王様から、大切な『仲間』と、その『絆』を、一つずつ、奪っていくとしようか。信頼が、憎悪に変わる瞬間は、きっと、極上の芸術になるだろうからね」
その妖しい微笑みは、次なる戦いが、武力と武力がぶつかり合う総力戦ではなく、信頼と絆を蝕む、陰湿で、残忍なものになることを、強く予感させていた。
アレクシオスたちの、本当の試練が、始まろうとしていた。
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