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幕間 :『獅子の誤算』

一日一話投稿では満足できない身体になってるみたいです…。はい。

 

 大陸最強国家、ガルニア帝国の帝都天穹宮。


 その心臓部である「玉座の間」は、氷のような静寂に包まれていた。


 磨き上げられ、人の顔すら映す大理石の床に、皇帝の甥である将軍ヴァレンティン・フォン・シュタイナーは、深く頭を垂れて跪いている。


 彼の背後には、帝国の上級貴族や官僚たちが、息を殺して整列している。


 遥か玉座の上から、老いたる皇帝コンスタンティンの、感情の読めぬ声が静かに降ってくる。


「―――それで、ヴァレンティン。もう一度、余に聞こえるように申してみよ。エルヴァンで、何があった?」


 その平坦な声には、抑えられた怒り以上の、冷たい圧力が込められていた。


 ヴァレンティンは、屈辱に唇を噛みながらも、震える声を抑え、報告を始めた。


「はっ……。ロムグール国王アレクシオス率いる連合軍先遣隊は、我らの想定を遥かに超える速度で進軍し、エルヴァン要塞にて、“魔王”モルガドールと交戦。これを……討ち取りました。その後、返す刀で、国内で反乱を起こしたマーカス辺境伯をも鎮圧。ロムグールは、今や、彼の完全に掌握するところとなりました」


「ほう」皇帝は、短く応じた。「“魔王”を、あの小国が、寄せ集めの軍勢で討ち取った、と。貴様の言う『成り上がりの若造王』は、随分と、大した手腕であったようだな」


「……面目、次第もございません」


「面目ではない。戦略の、完全なる失敗だ」


 皇帝は、ゆっくりと玉座から立ち上がる。


 その老いた身体とは裏腹に、その瞳は、未だ大陸の覇者としての鋭い光を失っていない。


 彼は、大理石の床にコツ、コツと杖の音を響かせながら、ヴァレンティンの前まで歩み寄った。


「貴様は、犬どもと狼の喧嘩を、高みから見物するライオンのつもりでおったようだが、全てを見誤っておったな。片方が、ただの犬ではなかった。そして、狼もまた、真の脅威の尖兵に過ぎなかった。―――続けよ。モルガドールの、最後の言葉を」


「はっ……。曰く、『我は、四天王の中でも、最弱』、と」


 その言葉に、それまで静まり返っていた貴族たちの間に、さざ波のような動揺が走った。


「貴様の戦略は、こうだ。『漁夫の利』。両者を疲弊させ、弱りきったところを、我が帝国軍が最小の労力で全てを薙ぎ払う。実に、帝国の覇者らしい、傲慢で、そして美しい戦略ではある。―――だが、それは、敵と、味方の力量を、完璧に見極めていてこその話よ」

 皇帝は、ヴァレンティンの肩を、その骨張った手で、しかし、万力のような力で掴んだ。


「貴様は、アレクシオスという男の器量を見誤り、モルガドールという駒の価値を見誤り、そして何より、その背後にいる、本当の敵の規模を見誤った。この三重の失策が、我が帝国を、今、極めて不利な立場に置いているのだ。わかるか?」


 ヴァレンティンの額から、冷たい汗が流れ落ちる。


「このアレクシオスは、今や『魔王殺し』の英雄だ。大陸中の小国や、実利を求める商人国家は、雪崩を打って奴の元に集うだろう。今、我らがロムグールを叩けば、それは、大陸全体を敵に回す愚行となる。それも、背後に、まだ見ぬ三体の『王』と、真の魔王を控えた、この状況でな」


 皇帝は、手を離し、再び玉座へと戻りながら、ヴァレンティンに一つの命令を下した。


「ヴァレンティン。貴様に、新たな任を与える。対魔王連合の、帝国代表として、ロムグールへ行け」


「なっ……! わ、私が、ですと!? また、あの小僧の元へ…!」


「そうだ。その砕かれたプライドを、手土産にな。奴の側で、奴の力を、そのやり方を、その目でしかと見極めてこい。そして、連合の主導権を、内側から、静かに、そして確実に、我が帝国へと引き戻すのだ。……もはや、高みからの見物は終わりだ。これよりは、蛇のように、その懐に潜り込む」


「……しかし、陛下…!」


「ライオンとして戦いに敗れた者に、ライオンの資格はない。貴様は、蛇として、勝利を掴んでこい。……これは、勅命である」


 それは、ヴァレンティンにとって、これ以上ないほどの屈辱的な任務だった。


 だが、皇帝の命令は、絶対だった。


 彼は、床に額をこすりつけ、絞り出すような声で、それを受け入れるしかなかった。


「……御意に」


 帝国の獅子は、その牙を隠し、次なる戦場―――外交と謀略の盤上へと、その身を投じることとなる。



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