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第五話:老獅子の目覚め ~頑固者(ただし国を憂う心は人一倍)を口説き落とせ!~

 

「突然の訪問、失礼する。私はアレクシオス。……アレクシオス・フォン・ロムグールだ。元騎士団長、バルカス殿にお会いしたい」


 俺が名乗った瞬間、目の前の壮年の男――バルカス・オーブライトの顔から、わずかにあった人の好さそうな雰囲気は消え失せ、代わりに凍てつくような冷気と、隠しようもない侮蔑の色がその鋭い鷲のような瞳に宿った。


 まるで、最も見たくないもの、最も忌むべきものが目の前に現れたとでも言うかのように。


(……やはり、そうか。俺への不信感は相当なものだ。いや、不信感というより、もはや嫌悪に近いか。【絶対分析】の結果通り、心を開かせるには相当の覚悟と誠意が必要になりそうだ……。だが、ここで怯むわけにはいかない!)


「……国王陛下が、このような寂れた辺境の村に、一体何の御用でございましょうか。それも、お忍びで。私のような、先王陛下と、そして現陛下にも疎まれ、騎士団を追われた老いぼれに、何かお聞きになりたいことでも?」

 バルカスの声は、先ほどよりもさらに低く、地を這うような響きを帯びていた。


 その言葉の端々には、長年溜め込んできたであろう王家への不満と、皮肉が滲み出ている。


 明らかに、歓迎などされていない。


 むしろ、今すぐにでも追い返したいという空気が、彼の全身から放たれていた。


「バルカス殿、まずは中でお話しさせていただきたい。立ち話では、少々込み入った話もできんのでな」

 俺は、努めて平静を装い、そう申し出た。


 ここで下手にへりくだっても、あるいは高圧的に出ても、彼の頑なな心をこじ開けることはできないだろう。


【絶対分析】によれば、彼のスキル【頑固一徹】は伊達ではない。


 バルカスは、しばらく無言で俺の顔を睨みつけていたが、やがて重々しくため息をつくと、扉をさらに開いた。


「……嵐を呼ぶのでなければ、好きにされるが良い。ただし、お茶をお出しするような余裕も、もてなす心も、今の私には持ち合わせておりませんのでな」

 その言葉は辛辣だったが、それでも家に入れてくれただけマシと考えるべきか。


 通されたのは、本当に質素な、しかし隅々まで掃除の行き届いた居間だった。


 壁には、使い古された剣と盾が掛けられている。あれが、かつて彼が愛用した武具だろうか。  


 俺が粗末な木の椅子に腰を下ろすのを待って、バルカスは俺の正面にどかりと腰を下ろした。


 その間、一言も発しない。


 ただ、鋭い眼光で俺の一挙手一投足を観察している。試されている、ということか。


「バルカス殿、単刀直入に言おう。私は、貴殿に力を貸してほしい。このロムグール王国を立て直すために、貴殿の経験と、その揺るぎない忠誠心が必要なのだ」

 俺は、真っ直ぐにバルカスの目を見据えて言った。小細工は通用しない相手だ。


 ならば、ストレートに、そして誠心誠意、こちらの思いをぶつけるしかない。


 バルカスは、俺の言葉を聞いても、表情一つ変えなかった。

「……ほう。国王陛下ともあろうお方が、私のような過去の遺物に、何を期待されるというのですかな? 陛下には、現在の優秀な騎士団長殿がおられるではありませぬか。それに、陛下ご自身も、先代陛下と変わらぬ『才覚』をお持ちだと、もっぱらの評判でございましたが?」

 その言葉には、痛烈な皮肉が込められていた。


「才覚」という言葉を、これほど嫌味ったらしく使える人間を、俺は他に知らない。


「以前の俺が、民や貴殿らのような忠臣たちからどのように見られていたか、それは重々承知しているつもりだ。放蕩し、国政を顧みず、奸臣の言葉にのみ耳を傾ける愚かな王……そうだったのだろう?」

 俺の言葉に、バルカスはピクリと眉を動かした。


「……自覚がおありとは、意外ですな。ですが、それが真実であれば、なぜ今更、私のような男に声をかけられる? あなた様が愛でておられた、口当たりの良い佞臣ねいしんたちでは、不足でございましたか?」

 バルカスの追及は厳しい。だが、ここで怯んではいけない。


「以前の俺の振る舞いは……。 今の“俺”と前の“俺”とは別人だ……と言ったら信じるか?」

 俺は、敢えてそう言い放った。  


 転生した俺にとって「別人」というのは紛れもない事実。


 この真実が、【真贋眼】を持つこの男にどう作用するか……一種の賭けだ。


 バルカスの目が、鋭く俺を捉えた。その瞳の奥で、何かが揺らめいたように見えた。

「……別人、でございますか。確かに、今の陛下は、私の記憶にあるアレクシオス様とは……まるで別人。それが芝居であったと? 陛下、それは一体、どういう意味でおっしゃっておられるのですかな?」

 バルカスの声には、先ほどまでのあからさまな敵意や侮蔑とは異なる、純粋な困惑と、そして何か得体の知れないものに対する警戒のような響きがあった。


【真贋眼】が俺の言葉の「別人」という部分に強い真実に混乱しているのかもしれない。


(よし、食いついた……! 「別人」という言葉は嘘じゃないからな。これで【真贋眼】も少しは惑わせるはずだ……! あとは、この流れをどう持っていくか……!)


 俺は内心でガッツポーズをしながらも、表情には一切出さず、むしろどこか憂いを帯びたような、複雑な表情を作ってみせる。


「……その意味は、いずれ話す時が来るかもしれん。だが今は、それよりも優先すべきことがある。この国を立て直すことだ。バルカス殿、私がなぜそのような『芝居』をしていたか、そしてなぜ『別人』と言えるほど変わらねばならなかったのか、その理由を推し量ってはくれまいか」

 敢えて全てを語らず、彼の洞察力に委ねる形を取る。


「……ふん。害虫どもを駆除し、この国を立て直すため……でしたかな? それが大掛かりな芝居と、陛下ご自身が『別人』となられた理由だと?」

 バルカスは、腕を組み、俺の言葉の真意を探るように深く考え込んでいる。


「ああ。そして、その害虫どもを駆除し、この国を立て直すには、貴殿のような、真に国を思う人間の力が必要だと痛感したのだ。」

 俺は真っ直ぐにバルカスを見据える。


「バルカス殿、貴殿の持つという……その人の本質を見抜く力は、まことかと聞く。ならば、今の俺の目が、言葉が、嘘偽りのものか、それとも本心からのものか、その眼で見抜いてもらいたい」

 俺は、さらに畳み掛ける。


 その瞬間、バルカスの表情が険しくなった。鋭い視線が、俺の言葉の真偽を探るように、射抜くように突き刺さる。


 俺は、内心で警鐘が鳴り響くのを感じながらも、それを顔には一切出さず、むしろバルカスの目を真っ直ぐに見返した。


 ここで必要なのは、ハッタリや小手先の言い訳ではない。王としての覚悟と、彼への信頼だ。


「……バルカス殿。私がこの国の王として、あらゆる情報を駆使し、真に国を思う人材を探し求めた結果、貴殿の名とその稀有な力に辿り着いた……そうご理解いただければ十分だ。それよりも、私が問いたいのは、貴殿のその力が、今の私のこの言葉に何を感じるか、だ。私の言葉は、貴殿のその眼にはどう映る?」

 あえて「王としての情報収集能力」と「バルカスの力への信頼」を前面に出す。


 下手に誤魔化すよりも、誠実さで押す方が、この男には通じるかもしれない。


 バルカスは、俺の言葉に眉間の皺をさらに深くしたが、意外にもそれ以上の追及はしてこなかった。


 彼の【真贋眼】が、俺の言葉の奥にある必死の覚悟と、そして「情報源は明かせないが、貴殿を必要としているのは真実だ」という揺るぎない意志を感じ取ったのかもしれない。


 あるいは、俺のこのふてぶてしいまでの態度に、ある種の「王の器」の片鱗でも見たか。


「……それよりもバルカス殿」俺は畳み掛けるように続けた。

「今の私の言葉、そしてこの国を立て直したいというこの想いが、真実か虚偽か。貴殿のその眼で、改めて見極めていただきたい。そして、もしこれが本物だと感じたならば……」


 バルカスは、しばらくの間、じっと俺の目を見つめていた。その視線は、まるで魂の重さを測るかのように鋭く、そして重い。


 数分が、数時間にも感じられるような沈黙。


 やがて、バルカスは深いため息をついた。


「……確かに、今の陛下のお言葉に、嘘や欺瞞の色は感じられぬ。特に『別人』というお言葉には……奇妙なほどの真実味がある。そして、少なくとも、本気で何かを成そうとしておられる……その覚悟だけは、この老いぼれの眼にも焼き付くほど伝わってきましたわい。だが、それだけで、私が再び剣を取るとお思いか?」

 彼の声のトーンが、ほんの少しだけ和らいだ気がした。


「バルカス殿。この国の現状は、貴殿が一番よくご存知のはずだ。国庫は底を突き、民は飢え、貴族は私腹を肥やし、隣国は侵略の機会を虎視眈々と狙っている。このままでは、ロムグールは滅びる。そうなっても良いと、本気で思っておられるのか?」

 俺は、今度は彼の愛国心に訴えかける。


 彼が国を憂いていることは、【絶対分析】でも確認済みだ。


「……滅びるか。それもまた、運命かもしれませぬな。腐った指導者を選び続けた、民の責任でもある」

 バルカスは、吐き捨てるように言った。


 その言葉には、深い絶望と諦念が滲んでいる。


「運命だと諦めるのは簡単だ。だが、俺は諦めたくない。この国には、リリアナのような、未来を信じて懸命に働く者たちがいる。そして、貴殿のような、真の忠義を知る人間がいる。彼らのためにも、俺はこの国を立て直したいのだ。いや、必ず立て直す!」

 俺は、椅子から立ち上がり、バルカスの前に跪こうとした。


 だが、その瞬間、バルカスの鋭い声がそれを制した。


「おやめください、陛下! いかに引退した身とはいえ、国王陛下にそのような真似をさせるわけにはまいりません!」

 バルカスは、慌てたように俺の手を掴み、立ち上がらせた。その目には、先ほどまでの冷たさは消え、代わりに戸惑いと、そしてわずかな動揺が見て取れた。


「バルカス殿……」

「……陛下が、本気でこの国を立て直そうとしておられることは、分かりました。そして、その覚悟も、今の私には痛いほど伝わってきました。……ですが、なぜ私なのです? 王都には、まだ陛下に忠誠を誓う騎士もいるでしょう」


「今の騎士団は、腐敗しきっている。上層部は私利私欲に走り、兵士たちの士気も低い。そんな彼らに、この国の未来を託すことはできない。俺が信頼できるのは、貴殿だけなのだ、バルカス殿。貴殿が鍛え上げた騎士団の魂を、もう一度呼び覚ましてほしい。そして、俺と共に、この国を立て直すための剣となってほしい!」

 俺は、心の底からそう叫んでいた。


 もはや、ハッタリでも芝居でもない。これが、俺の本心だった。


 バルカスは、俺の言葉を黙って聞いていた。


 そして、ゆっくりと目を閉じ、何かを深く考えているようだった。


 やがて、彼が再び目を開いた時、その瞳には、以前の老獅子を彷彿とさせる、力強い光が宿っていた。


「……分かりました、陛下。このバルカス・オーブライト、老いぼれではございますが、陛下のそのお覚悟、そしてこの国への想いを信じ、もう一度だけ、剣を取らせていただきましょう」

 その言葉は、重く、そして確かな決意に満ちていた。


「本当か、バルカス殿!」

 俺は、思わず彼の両手を握りしめていた。


「ただし、条件がございます」

 バルカスの目が、再び鋭く光る。


「もし、万が一にも、陛下が民を裏切り、国を私物化するようなことがあれば……その時は、このバルカス、たとえ逆賊の汚名を着ようとも、陛下をこの手で斬り捨てる覚悟。それでもよろしければ」


「……望むところだ。俺が道を踏み外した時は、遠慮なくその剣で俺を斬れ。それが、俺の王としての覚悟でもある」

 俺は、真っ直ぐにバルカスの目を見て答えた。


 バルカスは、俺の言葉に、満足そうに深く頷いた。


「……よろしいでしょう。このバルカス、これよりアレクシオス・フォン・ロムグール国王陛下に、我が剣と、この命を捧げます。この老骨に鞭打ち、必ずや陛下のお力になってみせましょうぞ」

 そう言って、バルカスは俺の前に片膝をつき、騎士の礼を取った。


 その姿は、まさに甦った老獅子そのものだった。


(やった……! やったぞ……! これで、ようやく反撃の狼煙を上げられる……!)

 俺は、込み上げてくる感動と安堵を必死に抑えながら、バルカスの肩に手を置き、彼を立たせた。


「礼を言う、バルカス。共に、この国を立て直そう」

「はっ!」


 ◇


 王都への帰路。


 俺の隣には、既に騎士の鎧を身に纏ったバルカスが座っていた。


 その表情は、数日前とは打って変わって、生気に満ち溢れている。


「して、陛下。まずは何から手を付けられますかな? 腐った貴族どもの首を刎ねますか? それとも、腑抜けた騎士団の連中を鍛え直しますかな?それにしても、内なる敵を燻しだす目的があったにしても、いささかやり過ぎだったのでは?」

 バルカスは、どこか楽しそうにそう言ったと思っていたら、俺への釘は忘れない。


 どうやら、やる気は十分すぎるほどのようだ。


 俺はそれを誤魔化すように、「い……いや、と……とりあえず、どちらも必要だが、まずは喫緊の課題からだ。食糧確保、そして財政再建。それと……」

 俺がそこまで言いかけた時、馬車の外から、慌ただしい馬蹄の音が近づいてきた。


「陛下! アレクシオス様!」

 聞き覚えのある声。


 リリアナだ。


 彼女は、数騎の護衛と共に、こちらへ馬を飛ばしてきたらしい。


「リリアナ? どうした、そんなに慌てて」

「はっ……! 大変な知らせが……! 隣国ガルニア帝国より、特使が参るとの連絡が……! それも、我が国に対し、極めて無礼な要求を突き付けてくる可能性が高いとの情報も……!」


 俺とバルカスは、顔を見合わせた。

(……ようやく一息つけるかと思ったら、これか。休む暇も与えてくれないらしいな、この世界は)


 バルカスは、ふっと不敵な笑みを浮かべた。

「ほう……。陛下、どうやら、この老いぼれの剣、思ったよりも早く振るう機会が訪れるやもしれませぬな」


 俺は、その言葉に頷き返し、馬車の窓から見える、夕焼けに染まる王都の空を見上げた。

 戦いは、まだ始まったばかりだ。




今日中に10話まで投稿します。

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