幕間:黒曜石は静かに囁く(37-38)
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光が強ければ、影もまた濃くなる。
ロムグール王国が、若き王アレクシオスの元で奇跡的な再生を遂げ、対魔王連合という新たな光を大陸に灯そうとしていた、まさにその時。
その光が届かぬ、最も深く、そして神聖なるべき場所で、闇は静かに、そして着実に、その根を広げていた。
大陸中央に位置する宗教独立都市国家、教皇領サンクトゥム・ルミナ。
純白の大理石で築かれた壮麗な街並みの中心に聳える、アルカディア正教の総本山「ルミナリア大聖堂」。
その、歴代教皇ですら存在を知らぬ、禁断の地下聖堂。
そこが、彼らの本拠地『アンブラル・シノッド(影の教会会議)』であった。
磨き上げられた巨大な黒曜石の祭壇の前で、二つの影が、深く頭を垂れていた。
一人は、獣のような耳と尾を持つ男。もう一人は、人形のように無表情な少女。
先日のロムグール王都で、闇滅隊に急襲され、任務に失敗したギルドの「掃除屋」だった。
「―――申し訳ございません、大導師様。目標の排除に失敗。こちらの拠点も、連合の犬どもに嗅ぎつけられました」
獣人の男が、震える声で報告する。
「言い訳は不要です」
祭壇の奥、玉座に座る人物から、静かだが、魂を凍てつかせるような冷たい声が響く。
その姿は、深い影と、顔を覆う仮面によって窺い知れない。彼こそが、大陸の闇に巣食う『黒曜石ギルド』の頂点に立つ者、『大導師』。
「ロムグール王の放った猟犬……ヤシマの『霊刃』に、ザルバードの『眼』、そして、王都の暗部を知り尽くした『影』。なるほど、面白い駒を揃えてきたものだ。お前たちが逃げ帰れただけでも、良しとすべきか」
「しかし、奴らの動きを予期できなかったのは、我らの落ち度。いかなる罰でも…」
「罰?」大導師は、初めて、くつくつと喉を鳴らして笑った。
「なぜ、罰する必要がある? 捨て駒が、いくつか盤上から消えただけのこと。王都に撒いた『呪い』も、あの奇妙な『勇者』によって浄化されたと聞く。全てが、我らの想定を、良い意味で裏切ってくれている」
その言葉の真意が分からず、掃除屋の二人は戸惑いの表情を浮かべる。
大導師は、ゆっくりと立ち上がり、壁に掛けられた巨大な大陸地図の前へと歩を進めた。
その地図の上には、王都カドアテメだけでなく、大陸中の主要都市に、黒曜石で作られた駒が、いくつも置かれていた。
「我らの目的は、単なる破壊や、混乱ではない。この、あまりにも腐りきってしまった世界を、一度、無に帰し、完全なる静寂と秩序の元に『浄化』すること。そして、偉大なる魔王様を、その新世界の唯一神としてお迎えすることだ」
彼の声には、微塵の迷いもない、狂信的なまでの確信が宿っていた。
「アレクシオスとかいう若造が、必死に国を立て直し、連合を作り、光を輝かせれば輝かせるほど、民衆は、その光が消えた時の『絶望』を、より深く、より濃く、味わうことになる。我らが集めるべき『負のエネルギー』は、その時にこそ、最大となるのだ」
大導師は、ロムグール王都に置かれていた黒曜石の駒を、指先で弾き飛ばした。
「だが、あの若造王の登場で、少々、盤上が複雑になりすぎた。影のゲームに、時間がかかりすぎている。北の、あの脳筋の巨人も、しきりに催促してきておるしな…」
彼は、地図の遥か北、竜哭山脈を示す場所に、指を置いた。
「―――潮時か」
大導師は、傍らの祭壇に置かれていた、一際大きく、そして禍々しい気を放つ、巨大な黒曜石の駒を、ゆっくりと手に取った。
「小競り合いは、もう終わりだ。これより、本当の『絶望』の幕を開けよう。北のモルガドールを、解き放て。彼が持つ、単純で、圧倒的な『力』で、この大陸の脆弱な希望を、まずは粉々に砕き、蹂躙させるのだ」
彼の言葉は、魔王軍の侵攻を、まるで将棋の駒を動かすかのように、静かに、そして冷酷に決定した。
「人間同士の戦乱、呪いによる内部崩壊、そして、魔王軍による直接侵攻。これら全てが重なり合った時、この大陸は、我らが望む、最高の『祭壇』と化すだろう」
大導師は、その巨大な黒曜石の駒を、エルヴァン要塞を示す場所に、ことり、と置いた。
それは、これから始まる、大陸全土を巻き込む、長い長い戦争の、始まりの合図だった。
影は、ただ静かに、そして、より深く、その濃度を増していく。アレクシオスたちが、まだその本当の姿を知らぬ、真の敵が、今、静かに動き出したのだ。
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