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第三話:勇者様(笑)街へ行く ~そして伝説(悪い意味)へ~

「――というわけで、まずは国内の主要穀倉地帯の状況を再調査し、効率的な水路の整備と、収穫量の多い新たな品種(前世の知識だが、この世界でも応用できるだろうか?)の試験導入を進めたい。それと並行して、不正が疑われる貴族の資産状況を極秘裏に洗う。リリアナ、人選と資料の準備を頼めるか?」


「はっ!直ちに手配いたします、陛下。陛下の『深謀遠慮』、必ずや成功させましょうぞ!」


 国王執務室。俺、アレクシオス・フォン・ロムグールは、リリアナと共に、山積する課題の整理と、最初の一手について協議していた。


 リリアナは、スキル【人心掌握】のおかげか、俺の「以前の無能な振る舞いは全て芝居だった」という壮大なハッタリを完全に信じ込んでいるようで、その瞳はキラキラと輝き、やる気に満ち溢れている。


 その純粋な信頼が、正直ちょっと痛い。この数日で、彼女はすっかり俺の「有能な若き国王」という虚像を信じきっている。


(いや、やるしかないんだ。彼女の期待を裏切るわけにはいかん。それに、この国を立て直さなければ、俺の安息もないのだからな……。しかし、いつまでこのハッタリが通用するやら……)


 そんな綱渡りのような決意を新たにした矢先だった。執務室の扉が、まるで破城槌のような勢いで叩かれ、息も絶え絶えの衛兵が雪崩れ込んできたのは。


 その顔面蒼白っぷりからして、ろくな報告でないことは確定だ。


「へ、陛下! た、た、大変でございます! ゆ、勇者様が……勇者様が城下で、またもや、そのおおおおっ!」

 衛兵は言葉の途中で崩れ落ちそうになり、俺は思わず立ち上がりかけた。


「なんだ、騒がしい。落ち着いて報告しろ。また、とはどういうことだ? 前回以外にも何かやらかしたのか、あの馬鹿は」

 俺は内心の(またかよ……! この数日、何度「またか」と言ったと思ってるんだ! 学習能力ゼロか、あの勇者モドキは!)という絶叫を押し殺し、できるだけ冷静な声で、しかし若干の苛立ちを隠せずに衛兵を促す。


「は、はい! それが、勇者様が『勇者たるもの、民衆の生活を視察するのも仕事のうちだ!』と、お供の者をまいて城を抜け出されまして……。城下の市場にて……その……」

 衛兵の報告を要約すると、こうだ。


 曰く、田中樹は「勇者様の俺が、いつまでも城に閉じこもってるわけにはいかねーだろ? 街の様子でも見てきてやるよ、感謝しろ!」とかなんとか供の者に言い放ち、いつの間にか城を抜け出したらしい。


 供の者は、そのあまりの堂々とした言い分に、一瞬「そうなのかもしれない」と思ってしまったそうだ。アホか。


 そして、市場の食堂で「俺クラスの有名人(自称)が来てやったんだから、店にとっては宣伝になるだろ? 広告費だと思えよ!」と無銭飲食をしようとし、店主と大揉め。


 さらに、通りかかった町娘に「お前、なかなか可愛いじゃん。俺のハーレムの最初のメンバーにしてやるよ、光栄に思え! 勇者の命令だぞ、断るなんてありえねーからな!」などと一方的に宣言し、怖がって逃げようとした娘の腕を掴もうとして、騎士団の巡回衛士に発見され、現在進行系で大騒ぎになっている、と。


「…………」

 俺は、こめかみを指でグリグリと押さえながら天を仰いだ。


 リリアナは、柳眉を限界まで吊り上げ、手に持っていた羽根ペンをミシリと音を立てて握りしめている。お前も苦労するな、本当に。


(あのクソ勇者……! 召喚されてまだ数日だぞ!? どれだけ問題起こせば気が済むんだ!? しかも、行動パターンがテンプレすぎるわ! ハーレム作りに励む前に、まず自分のステータスと国の財政状況を確認しろと言いたい!)


「リリアナ、行くぞ。場所は?」


「はっ! 市場の東区画、大通りに面した『豊穣亭』という食堂、及びその周辺と報告にございました。……陛下、あのような愚か者、このリリアナ一人で十分制圧……いえ、ご説得申し上げてまいりますが」

 リリアナの言葉の端々に、武闘派令嬢としての本性が隠しきれていない。


「いや、俺が行く。国王自ら出向いて、民に誠意を見せる必要がある。それに……」

 俺は、チラリと衛兵に視線を送る。


 その顔には「もう勘弁してください」と書いてある。


「民衆の前で、国王が『勇者様』をどう扱うか、改めて見せておくのも悪くない。これも、計算のうちだ」

 もちろん、そんな余裕は微塵もない。


 ただ、これ以上面倒事を大きくしたくない、そして、少しでも俺個人の評価を上げておきたいという、切実な願いがあるだけだ!


 リリアナは、俺のその言葉に「またしても陛下の深謀遠慮……! なんと深きお考えか!」と感銘を新たにしたような表情で深く頷いた。


 誤解がどんどん都合の良い方向に進んでいくのは、結果オーライとすべきだろう。


 いつか破綻する気がしないでもないが、今は目の前の火消しが最優先だ。


 市場の『豊穣亭』とその周辺は、まさに地獄絵図の一歩手前、といった様相を呈していた。


「だから! 俺は勇者なんだって言ってんだろ! この国を救うキーパーソンなんだぞ!? なんでその俺が、こんな庶民の食い物に金払わなきゃなんねーんだよ! お前ら、俺に救ってもらう立場だってこと、もう忘れたのかよ、ええ!?」

 田中樹が、腕を組んでふんぞり返りながら、食堂の頑固そうな親父さんと、今にも掴みかからんばかりの勢いで怒鳴り合っている。


 彼の足元には、ひっくり返ったらしいテーブルと、割れた食器が散乱していた。


「うるせえ! 勇者様だろうが何だろうが、食ったもんは払ってもらうのがこの国のルールだ! それに、うちの大事なテーブルと皿を弁償してもらうぞ、このクソガキが!」

 食堂の親父さんも一歩も引かない。


 その手には、年季の入った麺棒が握られており、臨戦態勢だ。


 なかなかの気骨である。


 周囲には野次馬が黒山の人だかりを作り、不安げに、あるいは「勇者様?」とどこか期待するような目で事の成り行きを見守っていた。


 少し離れた場所では、騎士団の衛士数名が、泣きじゃくる町娘を庇いながら、田中樹を遠巻きに、しかしどう対処したものかと困惑した表情で牽制している。


 衛士の一人が、田中樹に「勇者様、まずは落ち着いて……」と声をかけるも、「うるせえ! お前ら衛兵も、俺の言うことを聞くのが筋だろうが!」と一喝され、言葉を失っていた。


「そこまでだ、勇者殿」


 俺は、人垣をかき分けて進み出て、低いがよく通る声で言った。


 その声には、我ながら国王としての威厳が(少しは)乗っていたと思う。


 俺の登場に、その場の全員――田中樹を除いて――が息を呑み、モーゼの海割りのように道が開けた。


「おお、王様じゃねえか! いいところに来たぜ! このジジイ、勇者様の俺にタダ飯も食わせねえし、そこの女も俺のハーレム入りを断りやがるし、衛兵どもも全然役に立たねえんだよ! ちょっと王様からガツンと言ってやってくれよ! 俺はスペシャルなんだから、特別扱いされて当然だろ?」

 田中樹は、俺の顔を見るなり、待ってましたとばかりにそう言い放った。


 その厚顔無恥っぷりと、どこまでも続く自己中心的な思考回路には、もはや一周回って感心すら覚える。


 こいつのメンタル、鋼鉄でできてるんじゃないか?


 俺は、まず周囲の民衆に向かって、できる限り穏やかな、そして威厳のある口調で語りかける。


「皆の者、日頃よりロムグール王国のために尽くしてくれていることに感謝する。この度の騒動、国王である私の監督不行き届きであった。まずは、私が責任をもって事態を収拾することを約束する。どうか、しばし静観願いたい」

 そう言ってゆっくりと頭を下げると、民衆からは驚きの声と共に、「おお……」「()()陛下自ら……」といった囁きが聞こえ、わずかな安堵の空気が流れた。


(あの……ってなんだ、あのって……)


 次に、食堂の親父さんと、怯えながらも気丈にこちらを見つめる町娘に向き直る。


「店主殿、そしてお嬢さん。この度は、我が国の勇者が、その……いささか奔放な振る舞いにより、多大なるご迷惑とご心痛をおかけした。国王として、心より深くお詫び申し上げる。食事代はもちろん、壊れた器物の弁償、そして迷惑料もきちんと支払わせていただく。お嬢さんにも、何かお詫びの品を……いや、まずは心穏やかにお過ごしいただけるよう、万全を期そう」


 俺は、再び深々と頭を下げた。


 スキル【人心掌握】が良い方向に作用しているのか、あるいは国王自らがここまで誠実に対応する姿に心を打たれたのか、親父さんの怒りは幾分和らいだように見え、握りしめた麺棒の力も少し抜けたようだ。


 町娘も、まだ怯えの色は残っているものの、俺の言葉に少しだけ表情が緩み、こくりと小さく頷いた。


「い、いえ、陛下がそこまで仰ってくださるなら……。食事代と、この壊れたものの分さえ頂ければ、それで……」


「娘も、勇者様が相手では……その、少々驚いてしまっただけでございますので……」


 親父さんと町娘が口々にそう言う。


 民衆の中からも、「陛下は立派だ」「先代とは大違いだ」といった声が聞こえ始める。


 よし、民衆の心証は悪くない。


 問題は、この元凶をどうするか……。


 俺は、田中樹に向き直った。その目は、全く反省の色を見せていない。


「勇者殿。君の言い分も聞こう。一体、何があったのだ? 詳細に説明してもらおうか」


 内心では(どうせロクな言い分じゃないだろうがな!【絶対分析】するまでもなく、こいつの思考回路は単純明快、自己中心的で欲望に忠実、以上だ!)と思いつつも、形だけは公平を期す姿勢を見せる。


「だから何度も言ってるだろ! 俺は勇者なんだから、飯くらいタダで当然だし、可愛い女がいたら声をかけるのも当たり前だろ!? 俺は選ばれた特別な存在なんだぞ! それをこいつらが理解しねえから、ちょっと教えてやっただけだ!」

 田中樹は、全く反省の色を見せずにそう言い放った。


 むしろ、俺が自分の味方をしてくれるとでも思っているのか、得意げですらある。その自信はどこから来るんだ。


「……そうか。勇者殿の言い分は、よく分かった」


 俺は、静かに頷いた。そして、【絶対分析】で得た情報――こいつが単純で、プライドが高く、そして「特別扱い」という言葉に弱いという情報を元に、言葉を選ぶ。


「だが、勇者殿。ここは君がいた世界とは異なる。文化も習慣も、そして法も違うのだ。このロムグール王国では、食事をすれば代金を支払うのが習わしであり、女性に対して本人の意に沿わぬ形で言い寄ることは、たとえ勇者であっても許されることではない。君が言う『特別』とは、法を無視してよいという意味ではないのだ」

 俺は、できるだけ穏やかに、しかし諭すように、そして国王としての威厳を込めて言った。


(もっとも、それが許される世界なんて存在しないと思うが……)


「はぁ? 何だよそれ! 俺はそんなルール知らねえし、そもそも勇者なんだから、世界共通のVIP待遇だろ、普通!」

 田中樹は、心底納得いかないという顔で不満を爆発させる。


「勇者であればこそ、民の模範となるべきではないかな? 民に愛され、尊敬される勇者こそが、真の勇者と言えるのではないだろうか。力だけを振りかざす者は、ただの暴君と変わらない。真の英雄とは、力だけでなく、人徳を兼ね備えた者を言うのだぞ(と、前世で読んだ漫画の受け売りだが、こいつにはこれくらいで十分だろう)」


 俺は、田中樹の無駄に高いプライドを(ほんの少しだけ)くすぐるような言い方をしてみる。


 内心では(こいつに人徳なんて期待するだけ無駄だが、おだてておけば多少は扱いやすくなるかもしれん……前世でも、こういう手の新人いたなぁ……)と、遠い目をしていた。


「……む……むむ……そ、それは……まあ、そうかもしんねえけどよ……でも、俺は……」

 田中樹は、少しだけ言葉に詰まったようだ。


「人徳」「真の英雄」という言葉が、彼の琴線にわずかに触れたらしい。単純な奴で本当に助かった。


「この度の件は、勇者殿が異世界の文化に不慣れであったが故の誤解もあろう。だが、郷に入っては郷に従え、という言葉もある。まずは、この国の法と習慣を学ぶことから始めてはどうだろうか。そのための協力は惜しまない。君が真の勇者として民に認められるよう、国王である私が最大限支援しよう」

 俺は、そう言って、田中樹に手を差し伸べる。


 その顔には、できる限りの「慈愛に満ちた国王」の笑みを浮かべて。


(これで少しは大人しくなってくれればいいんだが……。まあ、無理だろうな。三日持てば御の字か。だが、民衆の前でこうして『教育的指導』をする姿を見せておくことには意味がある)


 周囲の民衆は、俺と田中樹のやり取りを固唾を飲んで見守っていたが、やがて、誰からともなく大きな拍手が起こった。


「国王陛下、万歳!」「アレクシオス様は、本当にお変わりになられた! なんと寛大で、賢明なお方だ!」


「勇者様も、陛下のお言葉をよくお聞きください! 我らも勇者様を応援しておりますぞ!(ただし、ちゃんとルールは守ってくださいね!)」


 口々に、俺を称賛する声が上がる。


 どうやら、俺の対応は、民衆の目には非常に好意的に映ったらしい。


 転生前の「くそ野郎」だった(らしい)王が、ここまで民衆のことを考え、公正な裁きを下し、さらには勇者を導こうとする姿は、彼らにとって衝撃的であり、新たな希望の光に見えたのかもしれない。


 俺は、その声に内心でガッツポーズをしつつ、リリアナに目配せする。


「リリアナ、後の処理を頼む。店主殿への弁償と、お嬢さんへのお見舞いの品を。勇者殿には、城に戻り次第、改めて我が国の法と、そして勇者としての心得を(俺が適当に考えたやつを、もっと厳しく)叩き込む必要がある」


「かしこまりました、陛下。このリリアナ、誠心誠意、勇者様を『ご指導』申し上げますわ。骨の髄まで、ロムグールの法と礼節を叩き込んでご覧にいれます」

 リリアナは、完璧な淑女の笑みを浮かべているが、その瞳の奥には、明らかに「教育的指導(物理)」も辞さないという、怒りの炎がメラメラと燃え盛っていた。


 田中樹の明日はどっちだ。いや、もう再起不能かもしれん。


 こうして、勇者・田中樹が引き起こした最初の城下での大騒動は、国王アレクシオス(俺)の機転と誠実な対応(という名の必死の尻拭いとハッタリ)によって、なんとか収束した。


 しかし、この一件により、「ロムグール王国の勇者様は、とんでもない問題児らしいが、国王陛下は驚くほどまともで、しかも民を思いやる頼りになるお方だ」という噂が、瞬く間に城下に広まり始めることになる。


 吟遊詩人が早速この一件を面白おかしく歌にし始めているという報告も、後でリリアナから受けた。勘弁してほしい。


 そして、田中樹のダメっぷりは、早くも城下で「伝説(悪い意味で)」への揺るぎない第一歩を踏み出したのだった。


 執務室に戻った俺は、どっと疲労感に襲われながら、リリアナに指示を出す。


「勇者の監視体制をさらに強化しろ。二度と勝手に城を抜け出させんよう、厳命する。それから、アイツ用の『勇者の心得集・ロムグール王国編~子供でもわかる!法律とマナー~』を早急に作成するぞ。内容は……そうだな、まずは『食事は金を出して食うべし』『人のものを勝手に取るべからず』『女の子には優しくすべし(ただし下心はダメ、絶対)』からだな」


「承知いたしました。……それにしても陛下、先ほどの民衆の前での陛下のお言葉、そして勇者様へのご対応、実に見事でした。まるで、全て計算し尽くされたかのような……。民衆も、陛下の新たなお姿に心酔しておりました」

 リリアナが、うっとりとした表情で感嘆の息を漏らす。


 その眼差しは、もはや尊敬を通り越して、崇拝に近いものがあるかもしれない。非常に居心地が悪い。


「ふっ……これくらいは当然だ。全ては、この国を導く王としての務めだからな。民の信頼を得ることこそ、国を安定させる第一歩だ」

 俺は、再びハッタリをかましつつ、内心では(頼むから、もう何もしないでくれ、あの勇者……! 俺の胃が本格的に持たなくなる前に! あと、リリアナのキラキラした目もやめてくれ、プレッシャーで潰れる!)と切に願うのだった。


 俺の胃は、まだなんとか大丈夫そうだ。リリアナの純粋すぎる尊敬の眼差しと、民衆からの予想以上の好意的な反応が、少しだけ、ほんの少しだけ、俺の気力を支えてくれている、気がする。




 その頃、宰相イデン・フォン・ロムグールは、自室で執務の合間に、腹心の部下から城下での一件について詳細な報告を受けていた。


 部下が勇者の傍若無人ぶりと、それに対するアレクシオス国王の対応、そして民衆の反応を細かく説明するのを、イデンは表情を変えずに聞いていた。


「……陛下は、店主と町娘に自ら頭を下げて謝罪し、弁償を約束。勇者殿に対しては、民衆の前で穏やかに、しかし毅然と諭され、最後は和解のような形で場を収めた、と。そして民衆は、陛下のそのご対応を称賛していた、か……」

 部下が退出した後、イデンは一人、窓の外に広がる王都の景色を眺めながら、指でこめかみをトントンと叩いた。


 その顔は、いつもの貼り付けたような笑みではなく、明らかに深刻な色を浮かべていた。


(あの若造が……あの、感情のままに動き、気に入らぬ者は力でねじ伏せることしか能のなかったアレクシオスが、あのような手際で場を収めたというのか? しかも、民衆の心まで掴んだ、と……?)


 イデンの脳裏に、先日の勇者召喚の儀でのアレクシオスの言葉が蘇る。


「国を導くのが王の務め。どんな状況であれ、俺はこの国を見捨てるつもりはない」。あの時は、単なる虚勢か、あるいは誰かの受け売りだろうと高を括っていた。


 だが、今日の報告を聞く限り、あれは本心だったのかもしれない。


 いや、本心であろうとなかろうと、現に彼は行動で結果を示し始めている。


(単なるまぐれか? それとも、あのリリアナ嬢が裏で糸を引いているのか? いや、あの娘の入れ込みようは尋常ではないが、今日の対応は、リリアナ嬢一人の知恵ではあるまい。……まさか、あの愚鈍に見えた振る舞いも、本当に芝居だったというのか? この私を欺くために?)


 イデンは、眉間に深い皺を刻む。


 もし、アレクシオスが本当に覚醒したのだとしたら、それは彼自身の野望にとって、大きな障害となり得る。


 いや、それ以上に、この国にとって予想外の幸運となるのかもしれないという、相反する感情が胸に渦巻く。


(どちらにせよ、あの若造……いや、アレクシオス陛下は、もはや以前のようには扱えん、ということか。面白い……実に面白いことになってきたわい)


 イデンは、ふっと息を吐き、そして、口の端に微かな、しかし獰猛な笑みを浮かべた。


 その瞳の奥には、新たな策謀の光が宿っていた。

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