第三十五話:連合の夜明け
俺、アレクシオス・フォン・ロムグールが提唱した『共同調査委員会』の設立。
その提案に、大広間は賛否両論の喧騒に包まれた。
「そのような得体の知れない委員会に、各国の主権の一部を委ねろと申すか! それこそ、貴殿が大陸を支配するための布石に他ならん!」
帝国の将軍ヴァレンティンが、最後の抵抗とばかりに叫ぶ。
だが、その言葉に同調する者は、もはや少なかった。
「陛下の提案に、全面的に賛同いたします」セレスティナ公女が、静かに、しかし力強く俺を支持する。「信頼できる者同士が手を取り合う。それこそが、今我々が成すべき唯一の道です」
「理にはかなっているな」商業同盟の代表ボルグも頷いた。
「ただし、その委員会の権限と、各国が負うべきコスト、そして得られるリターンについては、明確にしてもらわねばならん。我らは、割に合わん取引には乗らんのでな」
各国の思惑が再びぶつかり合い、議論が紛糾しかけた、その時だった。
それまで静観していた砂漠の王国の使者が、ゆっくりと立ち上がった。
その豊かな髭と、全てを見透かすような深い瞳は、彼がただの使者ではないことを物語っていた。
「私は砂漠の王国ザルバードの使者、ジャファルである」
その声は、乾いているが、不思議なほどの説得力を持って、大広間に響き渡った。
「アレクシオス王の言う通り、敵が人間の中に潜んでいるのであれば、もはや剣や兵の数だけでは勝てぬ。真実を見抜く『眼』こそが必要となろう。我がザルバードには、古より伝わる『真実の鏡』と呼ばれる魔道具がある。嘘や欺瞞を弄する者の心に動揺を与え、その瞳に微かな影を映し出すという。この鏡を、共同調査委員会に貸し出そう。我らザルバードからの、信頼の証としてな」
「なっ……! あの伝説の秘宝を、か!?」
オルテガ公爵が驚愕の声を上げる。場は騒然となった。
だが、衝撃はそれだけでは終わらなかった。
今度は、会議が始まって以来、一切の言葉を発しなかったヤシマの使節団長が、音もなくすっと立ち上がった。黒い装束に身を包み、その顔の半分は面布で隠されている。
「……ヤシマが長、クロガネ」
短く、しかし鋼のように重い響きで、彼は名乗った。
「魔の『気』、呪詛。それらは、西方の魔術とは理が違う。我らヤシマには、その邪気を直接断ち斬る、『霊刃』を振るう者たちがいる。委員会に、我が『霊刃衆』を数名、派遣しよう。彼らは、影に潜む魔を狩る、専門家だ」
ザルバードの「真実を見抜く魔道具」。
そして、ヤシマの「邪気を断つ特殊部隊」。
これら予期せぬ、しかしあまりにも強力な、奇策とも呼べる提案に、会議の参加者たちは、もはや言葉を失い、ただ呆然とするしかなかった。
帝国のヴァレンティン将軍ですら、その口を半開きにし、反論の言葉を見つけられないでいる。
俺は、この千載一遇の好機を逃さなかった。静かに立ち上がり、円卓を見渡す。
「ジャファル殿、クロガネ殿。両国のその申し出、そしてその信頼、ロムグール国王として、心より感謝する。その覚悟、決して無にはせん」
俺は、そこで一度、力強く息を吸い込み、そして、この歴史的な会議の結論を、高らかに宣言した。
「―――これより、『対魔王連合』の設立を、正式に宣言する! そして、その最初の行動として、『共同調査委員会』を直ちに発足させる!」
俺は、続け様に具体的な連合の骨子を提示した。
「連合の議長国は、主催国である我がロムグール王国が務める。情報分析及び経済戦略は、我が国のフィン補佐官と、商業同盟のボルグ殿を中心に。軍事及び後方支援は、シルヴァラント公国と、東方諸侯連合の諸氏に協力を願いたい。そして、内部の裏切り者と魔の勢力を狩る『闇滅隊』を新設し、その中核をザルバードの『真実の鏡』と、ヤシマの『霊刃衆』に担っていただく」
各国がそれぞれの役割を得る中、俺は最後に、苦虫を噛み潰したような顔で佇むヴァレンティン将軍に向き直った。
「そして、ガルニア帝国には、その比類なき国力と強大な軍事力をもって、連合全体の『盾』となっていただくことを要請する。魔王軍の主力が現れるであろう、最も危険な戦線は、帝国の精鋭部隊にこそお任せしたい。大陸の覇者として、その責務を果たしていただきたい」
それは、帝国を無視するのではなく、そのプライドを逆手に取り、最も過酷な役割を与えるという、俺なりの「敬意」の示し方だった。
断れば覇者としての面目を失い、受ければ連合の枠組みの中で最も危険な任務を負うことになる。
ヴァレンティン将軍に、もはや選択の余地はなかった。
「……承知、した」
彼は、絞り出すような声で、そう答えるしかなかった。
こうして、各国の利害と思惑が渦巻いた混沌の円卓は、一つの明確な形となって着地した。
それは、どの国も予想しなかった、小国ロムグールが中心となり、大陸の全ての力を結集させるという、新たな時代の幕開けだった。
「では、これにて『対魔王大陸戦略会議』、閉会を宣言する! 我々の戦いは、今、ここから始まる!」
俺の力強い声が、大広間に響き渡る。
大陸の歴史が、確かに動いた。
その中心に、元社畜の俺がいるという、あまりにも皮肉な現実を噛み締めながら。
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