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第三十一話:大陸の潮目、王都に集う者たち

 

 帝国への使節団の凱旋から、数週間が過ぎた。


 王都カドアテメは、かつての停滞した空気が嘘のように、活気と、そしてある種の誇らしげな喧騒に満ちていた。


 大陸最強のガルニア帝国を相手に、小国ロムグールが外交的に完全勝利を収めたというニュースは、瞬く間に国内全土に広がり、民衆の士気は最高潮に達している。


 そして、その勝利の立役者として、役立たずな勇者・田中樹の名は「聖勇者イトゥキ・ザ・ブレイブハート」として、吟遊詩人の歌に乗り、もはや神話の域に達しようとしていた。


 ロムグール王国主導による『対魔王大陸戦略会議』の開催が正式に布告されると、その影響は絶大だった。


 帝国の参加が決まったことで、これまで日和見を決め込んでいた国々から、雪崩を打って参加を表明する使者が、続々と王都を目指し始めていた。


 小国ロムグールが、歴史上初めて、大陸の政治の中心になろうとしている。


 その事実は、民衆に大きな希望を与えていた。


 王城内もまた、この歴史的な会議の準備のために、かつてないほどの熱気に包まれていた。


「陛下、こちらが会議の式次第と、各国代表団の席次案でございます。シルヴァラント公国を主賓とし、商業同盟、東方諸侯連合と続きます。……問題は、ガルニア帝国の席次ですが……」

 リリアナは、山のような外交文書を捌きながらも、その瞳は生き生きと輝いていた。


 彼女は外交儀礼の専門家として、この歴史的な会議の差配を任されたことに、大きな誇りと責任を感じているようだった。


「そんなもん、一番下座でいいだろうが」フィンが、執務室の隅で巨大な大陸地図と財政計画書をにらめっこしながら、顔も上げずに言い放つ。


「それより王様、会議の共同声明に盛り込む『大陸経済共同体構想』の草案、第一稿ができたぜ。関税の段階的撤廃と、度量衡の統一、そして何より、ロムグールが主導する新技術――ロザリアの『太陽の実』みたいな高収穫作物や、新しい製鉄法なんかの技術供与を、同盟参加国に限定して行う。これを提示すりゃ、金に汚い商人国家や、喉から手が出るほど技術が欲しい小国どもは、絶対に逆らえねえ」

 その言葉は、もはや一人の補佐官ではなく、大陸全体の経済を動かそうとする者の風格すら漂っていた。


「ロザリア殿も、会議期間中の食糧供給のため、ミレイユ平原の試験農場で素晴らしい成果を上げておられます。彼女が育てた『太陽の実』は、既に凶作に苦しんでいたいくつかの村を飢饉から救いました。民は、ロザリア殿を『恵みの大地の癒し手』と呼び、深く敬愛しております」

 バルカスの報告にも、確かな手応えが感じられた。


 彼とライアスは、会議期間中の王都の警備計画の策定に追われながらも、国の基盤が日に日に強固になっていくのを、何よりも頼もしく思っているようだった。


 内政、軍事、農業、そして外交。全てが、この『大陸会議』という一点に向けて、動き出している。


 俺、アレクシオス・フォン・ロムグールは、山積する課題に胃を痛めながらも、国が確かに良い方向へ向かっているという、確かな実感を得ていた。




 会議の開催まで、早一週間。


 王都カドアテメに、最初の、そして最も重要な客人が到着した。


 城門に現れたのは、銀色の美しい髪を風になびかせる、聡明で、そして強い意志を瞳に宿した少女。


 シルヴァラント公国の公女、セレスティナ殿下その人だった。


 彼女は、ロムグールとの共同主催国として、どの国よりも早く、そして最も重要な同盟国の代表として、王都入りしたのだ。


「アレクシオス陛下。再び、この地でお目にかかれますこと、心より嬉しく思います。王都は、以前よりも、遥かに活気に満ち溢れていますわね。陛下の善政の賜物ですわ」

 出迎えた俺に、彼女は優雅に微笑んだ。


 その笑顔には、以前のような探るような色はなく、ただ純粋な信頼と友好の色だけが浮かんでいた。


 次に到着したのは、南の海からやってきた、ヴァンドール商業都市同盟の代表団だった。


 彼らの長は、貴族ではなく、日に焼けた肌と、鋭い鷹のような目を持つ、壮年の大商人だった。


「ほう、これがロムグールの王都か。噂以上に活気がある。国王陛下、我らは魔王退治などという騎士道には興味はない。だが、魔王のせいで交易路が脅かされ、我が同盟の利益が損なわれるのは看過できん。会議では、現実的で、そして『儲かる』話を期待しておりますぞ」

 その挨拶は、どこまでも実利的で、しかし嘘のないものだった。


 彼らとは、フィンが立案した経済構想を元に、良い関係が築けるかもしれない。


 そして、東方諸侯連合の代表団が、複数の小さな馬車で、まるで互いを牽制しあうかのようにバラバラに到着した。


 彼らは、魔王の脅威には怯えているものの、隣国同士の小さなプライドや利害が絡み合い、一堂に会した途端に言い争いを始める始末。


 リリアナは、その仲裁のために、到着初日から頭を抱えることになった。


 各国の代表団が続々と王都入りし、街は国際色豊かな、しかしどこか張り詰めた空気に包まれていく。


 そんな中、我らが勇者は、この状況を最高に楽しんでいた。


「うおー! すげえ! 外国人がいっぱいいる! しかも、カワイイ子も結構いんじゃん! よーし、俺のファンクラブ、国際支部設立だな! まずは、あの銀髪の姫から勧誘してやるか!」


 彼は、城下で「聖勇者様」としてチヤホヤされるのに飽き足らず、各国の使節団の侍女や護衛騎士(男女問わず)に声をかけ、サインを乱発し、そしてバルカスに拳骨を食らうという、お決まりのパターンを繰り返していた。


 そして、会議開催の前日。


 最後に、彼らがやってきた。


 地を揺るがすかのような重々しい馬蹄の音と共に、王都の正門に現れたのは、ガルニア帝国の使節団だった。


 その規模、その威容は、他の国々とは比較にならない。先頭に立つのは、皇帝の甥にあたるという、若く、しかしその目には冷酷な光を宿した、高名な将軍だった。


 彼らは、協力するために来たのではない。支配し、主導権を奪うために来たのだ。


 その傲慢な気配は、王都の祝祭の空気を、一瞬にして凍てつかせた。


 その夜。


 俺は、王城のバルコニーから、眼下に広がる王都の夜景を見下ろしていた。


 各国の代表団が宿とする館には、それぞれの国の紋章旗が掲げられ、魔法灯の光が、まるで星々のように瞬いている。


 この小さな王国に、今、大陸の全ての思惑が集まっている。


 嫉妬、信頼、野心、恐怖、そして希望。


(……始まったな。本当の戦いが)


 内政改革も、外交の勝利も、全てはこの会議を成功させるための布石に過ぎない。


 このテーブルの上で、俺は、ロムグール王国は、大陸全体の未来を賭けて、戦わねばならない。


 俺の胃が、久々に、決戦の前触れを告げる、鋭い痛みを主張し始めた。


 だが、不思議と、絶望感はなかった。


 今の俺の背後には、頼もしい仲間たちがいる。


 そして、眼下には、俺を信じ、未来を託してくれた民がいる。


 そして何より、この複雑怪奇な盤面には、敵も、味方も、そして俺自身すらも、その動きを完全には予測できない、究極のジョーカー……役立たずな勇者が、一人いるのだから。


 俺は、夜空を見上げ、静かに笑みを浮かべた。


「さて、と。存分に、引っ掻き回してやろうじゃないか。この大陸の、運命とやらを」

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