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第二話:亡国寸前! ~金なし、食い物なし、やる気なし勇者あり~

 


 あの喧騒と疲労困憊の勇者召喚の儀から数時間後。俺、アレクシオス・フォン・ロムグールは、国王の執務室で、深々とため息をついていた。


 目の前のテーブルには、リリアナが用意してくれたカモミールティーが湯気を立てているが、それを飲む気にもなれない。


「まさか、ここまでとはな……」


 先ほどまで、リリアナと共に、ロムグール王国の現状を示す各種報告書に目を通していたのだが、その内容は、俺の想像を遥かに超える、絶望的なものだった。


「……リリアナ、もう一度確認するが、この国庫残高、本当に金貨で……三桁か?」


 俺は、震える指で羊皮紙の一枚を指差した。そこに記された数字は、およそ一国の財政を示すものとは思えないほど、貧相なものだった。


 リリアナは、俺の問いに、痛ましげな表情で頷く。


「はい、陛下。残念ながら……。先代陛下……と…陛k……いえ、その、度重なる贅沢と、一部貴族による不明瞭な支出により、現在の国庫は、実質的に空っぽに近い状態でございます」

 リリアナは、俺の名を口にしかけて、慌てて言葉を濁した。


 その気遣いが、逆に俺の胸に突き刺さる。そうか、俺も加担していたのか、この惨状に。


(空っぽ、ね……。前世の俺の貯蓄より少ないんじゃないか、これ……。いや、ボーナス込みの年収でも怪しいぞ……)


 ブラック企業とはいえ、超一流商社だっただけあって、給料だけは良かった前世を思い出し、さらに深いため息が出る。


 ただし、貯蓄を消費する暇がなかったというのは皮肉だが。


「食糧備蓄は?」


「……平時であれば、あと一月もてば良い方かと。しかし、今年は天候不順による凶作が予想されており、このままでは冬を越せない民も多数出るかと存じます」


「軍備は?」


「隣国ガルニア帝国と比べ、兵力は十分の一以下。装備も旧式で、練度も……お察しください。国境の砦も、長年修繕されておらず、とても実戦に耐えられる状態では……」


「貴族たちは……言うまでもないか」


「……はい。多くの者が私腹を肥やすことに専念し、国政を顧みないありさまです。先代陛下……そして、陛下のご寵愛を笠に着て、不正に蓄財している者も少なくありません」


 リリアナは、最後の言葉を言う際に、俺の顔色を窺うように視線を伏せた。


(やはりな……俺も大概だったらしいな、転生前は。だが、これを逆手に取れば……)


 俺は、【絶対分析】スキルを使い、改めて報告書の情報を精査してみる。


 スキルは、リリアナの報告が正確無比であること、そして、羊皮紙の裏に隠された、さらに深刻な癒着や横領の構造までをも冷酷に映し出した。


 その情報を目に焼き付けながら、俺は内心でほくそ笑んだ。


「……ふっ」

 思わず笑みが漏れる。


 あまりの惨状に、逆に覚悟が決まったのかもしれない。そして、この状況を利用するための、壮大な(そして行き当たりばったりの)芝居の脚本が、俺の頭の中で急速に組み上がり始めた。


「陛下……?」

 心配そうに俺の顔を覗き込むリリアナ。


 彼女の瞳には、この国を憂う純粋な想いと、そして、俺へのわずかな期待と、それ以上の戸惑いが宿っている。


(そうだ……俺が諦めたら、この国は本当に終わる。だが、ただ嘆いているだけでは何も変わらん。ならば、張ったりでも何でもかまして、この状況をひっくり返してやる!)


「……勇者の処遇だが」

 俺は、気を取り直して口を開いた。


 声には、先ほどまでの焦燥感ではなく、どこか全てを見通しているかのような、不気味なほどの落ち着きを込めて。


「田中樹殿には、城内に一室を与える。食事も提供するが、過度な贅沢は許さん。彼の言動は常に監視下に置き、城外への無許可の外出も禁ずる。ただし、表向きは『異世界からのお客様であり、世界を救う勇者様』として、丁重に扱うように。いいね?」


「……かしこまりました。しかし陛下、あのような者を、本当に『勇者』として遇する必要が……?」

 リリアナは、納得いかないという表情を隠せない。それはそうだろう。


「必要だ、リリアナ。あれはあれで、使い道があるやもしれん。それに、下手に冷遇して騒ぎ立てられても面倒だ。……まあ、全ては想定の範囲内だがな」

 俺は、意味深にそう言って微笑んだ。


 リリアナは、俺のその言葉と態度に、ハッとしたように目を見開く。


(陛下が……全て想定の範囲内、と……? まさか、あの勇者のことまでお見通しだったと……?)


「陛下は、本当に人が変わられたかのようです。以前の陛下でしたら、あの勇者の無礼に激高され、即刻……」

 そこまで言って、リリアナは慌てて口をつぐんだ。


「……気にするな。以前の俺がどうだったかは、俺自身が一番よく分かっているつもりだ。……そして、なぜそう振る舞っていたかもな」

 俺は、わざと芝居がかった口調で、遠くを見るような目をして言った。(いや、マジでただのクソ野郎だった可能性も否定できないが、ここはハッタリかましておかないと足元見られる!)


「腐った船の底にどれだけ穴が開いているか、正確に知る必要があったのでな。時には、自ら道化を演じることも、王の務めの一つよ」


 リリアナは、俺のその言葉に、息を呑んだ。

「……では、これまでの陛下のお振る舞いは……全て、この国の腐敗を炙り出すための……お芝居だったと……?」

 彼女の瞳が、驚愕と、そして畏敬のような色を帯びて揺れる。


 いいぞ、食いついてきた。


「さて、と」

 俺は、テーブルに広げられた報告書の山を、まるで以前から全て知っていたとでもいうように眺めた。


「やはりな……私が密かに調査させていた通りだ。問題は山積み……いや、山脈だな。どこから手を付けるべきか……」


【絶対分析】によれば、最優先課題は「食糧確保」と「財政再建」。そして、それらを進めるためには、腐敗した貴族たちの抵抗をどう抑えるか、という問題が立ちはだかる。


「リリアナ、君の力を貸してほしい。この国を……いや、この『芝居』の仕上げを、手伝ってくれるか?」

 俺は、リリアナの目を真っ直ぐに見て言った。


 彼女の有能さは、短い時間でも十分に理解できた。


 そして何より、彼女の瞳には、この国を救いたいという真摯な想いが溢れている。


 リリアナは、一瞬、呆然としたように俺を見つめていたが、やがてその表情をきりりと引き締め、深く、深く頭を下げた。


「……陛下が、そこまでのお覚悟でこの国をお救いくださるというのであれば、このリリアナ・フォン・ヴァインベルグ、この身命を賭して、陛下の『深謀遠慮』、お手伝いさせていただきます!」

 その声には、先ほどまでの戸惑いは消え、確固たる決意と、俺への絶対的な信頼が込められていた。


(よし、完全に騙せた!……いや、騙したわけじゃない、これは戦略的ハッタリだ!)


「ありがとう、リリアナ。心強いよ」

 俺は、素直に感謝の言葉を口にした。


(よし……やるしかない、か)


 腹を括る。


 ブラック企業で培った社畜根性と問題解決能力、そして女神から押し付けられたチートスキル。


 それらを総動員すれば、あるいは……。いや、弱気になってどうする。


 やるんだ。やらなければ、俺に安息の地はない。


「まずは、早急に国内の食糧生産状況を正確に把握し、増産のための方策を検討する。……ふむ、私が以前から温めていた策がある。それと並行して、不正を働く貴族たちの証拠集めと、財産の差し押さえ……いや、まずは牽制からか。敵を一度に増やしすぎるのは得策ではないな。これも計算通りに進めねば」

 俺は、独り言のように呟きながら、思考を整理していく。


 もちろん、温めていた策など存在しない。


 全てはこれからだ。


「それから、あの勇者か……。計算外だったのは、あの勇者のポンコツ具合くらいか……。いや、あれすらも何かの布石かもしれん(そんなわけない、断じてない)。何かの役には立つだろう、多分、きっと、おそらく……」

【絶対分析】は、相変わらず田中樹に対して「マジで役に立たない」と表示し続けているが、それすらも俺の壮大な計画の一部であるかのように振る舞う。


「とにかく、一つずつだ。一つずつ、片付けていくしかない。全ては、この国の、そして民の未来のために」

 俺は、カモミールティーを一口飲み、そして、目の前の書類の山に向き直った。


 ロムグール王国の、そして俺自身の、生き残りを賭けた戦いが、今、静かに始まろうとしていた。


 俺の胃は、まだギリギリ持ちこたえている。ハッタリと芝居と、そしてリリアナの誤解(という名の信頼)のおかげで、多分。

本日もお付き合いいただき、誠にありがとうございます。

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