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第二十五話:戦後の喧騒と、大陸を揺るがす一手

 後に「王都の昏き日」と呼ばれることになる、魔王軍の仕業による大規模な呪詛テロ事件から数日が過ぎた。


 王都カドアテメは、未だ事件の爪痕が色濃く残るものの、国王アレクシオス・フォン・ロムグールの不眠不休の指揮の下、驚くべき速さで復興へと向かっていた。


 ロザリアは貧民街に特設された診療所に泊まり込み、その奇跡的な癒やしの力と薬草の知識を総動員して、呪いの後遺症に苦しむ人々の治療に奔走していた。


「ありがとう、癒し手様」「あなた様は女神様だ」と涙ながらに感謝する民の手を、ロザリアははにかみながらも優しく握り返し、その献身的な姿は民衆の心の拠り所となっていた。


 フィンは、王城の一室に臨時の「国家再建司令室」を立ち上げ、復興計画の予算案や人員配置を驚異的な速度で策定していた。


 既存の官僚たちが「前例がない」「予算が足りん」と文句を並べるのを、「あんたらの頭が足りてないだけだろうが。この計算式が理解できねえなら、小学校からやり直してきな」と、膨大なデータと完璧な論理で次々と論破していく姿は、もはや名物となりつつあった。


 そしてバルカスは、自らが連れ戻したライアスら元「獅子王隊」の精鋭たちと共に、弛緩しきっていた王都騎士団の再編に着手。


 早朝から厳しい訓練を課し、腐敗貴族の息のかかった将校たちと一触即発の睨み合いを繰り広げながらも、少しずつ騎士団に「鉄の規律」を取り戻させていた。


 だが、事態が収束するにつれ、一つの奇妙な、そして極めて厄介な「伝説」が、民衆の間で急速に広まり始めていた。


「おい、聞いたか? あの恐ろしい『呪われ人』たちを鎮めたのは、我らが勇者様らしいぞ!」


「ああ、俺も見た! 勇者様が、ただそこに立っておられただけで、暴徒たちの動きがピタリと止まり、その苦しみが和らいでいったんだ!」


「なんでも、勇者様が睨みつけただけで、悪しき魔族は恐れをなして逃げ出したとか……」


 当の勇者、田中樹は、自分が王都を救った救国の英雄だと完全に信じ込んでおり、ここ数日、執務室に押しかけては、とんでもない要求を繰り返していた。


「なあなあ王様! 俺がいなけりゃ、この国、マジで終わってたよな! 俺への報酬、ステーキだけじゃ全然足りねえぞ! まずは、俺の銅像だ! もちろん素材は伝説の金属ミスリルで、目には特大のダイヤモンドを埋め込めよな! それから、俺様専用の城! あと、俺のファンクラブの運営予算もだ!」


 俺の胃が、もはや自我を持って独立を宣言しそうなほどの悲鳴を上げるのを、隣に控えるリリアナが痛ましげな目で見つめている。


 王都の吟遊詩人たちは、早速この話を『沈黙の聖勇者、その聖性もて邪を祓う』などという、実態とは百万光年かけ離れたタイトルの叙事詩にして歌い始めている始末。


 もはや、訂正不能なレベルで、田中樹は「聖人」に祭り上げられつつあった。


「……陛下、このままでは、勇者様への民衆の期待と信仰が、あらぬ方向へ暴走しかねません」

 リリアナの懸念に、俺は深く、ふかーくため息をつき、そして、覚悟を決めた。


「……いや、いい。むしろ、この『誤解』を、最大限利用させてもらう」


 俺は立ち上がり、壁に掛けられたアルカディア大陸の広大な地図の前で、側近たちと向き合った。


「この事件は、魔王軍が我々の足元まで迫っているという、何よりの証拠だ。もはや一刻の猶予もない。このロムグールの惨状と、そして『聖勇者』の奇跡を、大陸全土に知らしめる。そして、『対魔王大陸戦略会議』の開催を、全ての国に強く要請する!」


 俺の宣言を受け、すぐさま各国への使者が派遣された。そして数日後、その第一報が執務室にもたらされ始めていた。


「陛下、まず吉報です。西のシルヴァラント公国より、セレスティナ公女殿下ご本人からの親書が。会議の共同主催を正式に受諾する、と。そこには『慧眼の王アレクシオス陛下とその新たなる仲間たちが示す未来に、我が国の全てを賭ける覚悟です』とまで」

 リリアナが、喜色満面に報告する。


 彼女とセレスティナ公女との間で築かれた信頼関係が、早速実を結んだ形だ。


「南のヴァンドール商業都市同盟の連中も、さすがに鼻が利くな」フィンが皮肉っぽく続ける。


「魔王の出現は交易の停滞を恐れている。奴らは会議に前向きだ。特に、俺たちがシルヴァラントと結んだ経済連携協定の雛形に、かなり食いついてきてる。まあ、一番儲かる側に着こうって魂胆だろうが、今は利用できる」


「東方諸侯連合は、期待と不安で揺れているようです」バルカスが腕を組んで報告する。


「魔王の脅威と帝国の圧力に挟まれ、我々の提唱に活路を見出そうとしておりますが、内部は帝国派と反帝国派で意見が割れている模様。一枚岩ではありませぬ」


「砂漠の王国ザルバードは、まだ静観を決め込んでいます。奴らにとっちゃ、北の魔王より隣の帝国の方がよっぽど脅威。高みの見物でしょう。東の海の果てのヤシマは、霧幻海に閉ざされ、まだ報せすら届いていないかと」


「それと、王様、気になる情報がある」フィンは声を潜めた。


「アルカディア正教は、表向きは協力を表明していますが、その水面下で『黒曜石ギルド』が動いてる。巡礼路の各所で、『ロムグールの勇者は偽物であり、王が民を欺くための虚像だ』という内容のビラが、何者かによって撒かれている、と。発信源は不明ですが、使われている羊皮紙やインクの質から、背後に巨大な組織がいることは間違いない」


 各国の思惑が渦巻く中、最大の障壁であるガルニア帝国からの返答が、ついに届いた。


「……『魔王の脅威は認めるが、ロムグールのような小国が主導する会議に、大陸の覇者たる我が帝国が与する理由はない。まず、その“聖勇者”とやらが、真に魔王と渡り合えるほどの力を持つのか、帝国として厳格に“査定”させてもらうまでは、いかなる協力もできかねる』、か……」

 俺が帝国の外交文書を読み上げると、執務室の空気が凍りついた。


 尊大で、あまりにも無礼な回答。事実上の、交渉拒否だ。


「ふざけるな! 我が国の危機を、そして勇者様を、自分たちの権力争いの道具にする気か!」

 リリアナが、怒りに声を震わせる。


 大陸会議の構想は、帝国の巨大な壁の前に、早くも暗礁に乗り上げようとしていた。


(査定、だと? いいだろう。ならば、こちらも、奴らの想像の斜め上を行く手で応えてやる……)

 俺は、この膠着状態を打破するための、一つの、あまりにも危険で、そして常識外れな一手を見出し、口の端に、不敵な笑みを浮かべた。


「……リリアナ、バルカス。帝国がそこまで言うのなら、見せてやろうじゃないか。我が国の『勇者』を、直接な」

「陛下? と、申されますと……? 特使を、再びこちらへ招致なさるので?」

 リリアナが、訝しげに問い返す。


「いや、違う。それでは奴らの土俵だ」

 俺は、ゆっくりと立ち上がり、宣言した。


「―――帝国への使節団を編成する。そして、その正使を、勇者殿に任せる」


「「「はぁっ!?」」」


 リリアナ、バルカス、フィンの声が、綺麗に、そして絶望的にハモった

 。

「陛下、ご正気でございますか!?」


「あの爆弾を敵国の首都に送り込むなど……!」


「王様、あんた……本気で言ってんのか……?」


 彼らの驚愕と絶望を一身に受けながら、俺は確かな手応えを感じていた。


 ロムグール王国の、そして俺の反撃は、ここから始まろうとしていた。


 俺の胃が、久々に覚悟を決めたような、奇妙な静けさを取り戻していた。



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