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第二十一話:王都に吹く新たな風 ~公女来訪と、勇者の(意図せぬ)大手柄~




 マーカス辺境伯という老獪な狸との、神経をすり減らす腹芸の応酬を終え、俺、アレクシオス・フォン・ロムグールは王都へと帰還した。




辺境伯領にほど近い森での一触即発の事態は、エルヴァン要塞の兵力を密かに動かしていた俺の「逆手」によって、辛うじて全面衝突を回避し、辺境伯に一定の釘を刺すことには成功した。




 だが、俺の心は晴れなかった。




奴の最後の言葉…「もし、陛下が道を踏み外し、この国を再び衰退の道へと引き戻すようなことがあれば…その時は、このマーカス、いかなる手段も辞さぬ覚悟」。




あれは、忠誠を装った、紛れもない最後通牒だ。奴は、まだ諦めてはいない。




「陛下、お顔の色が優れません。やはり、あのような危険な賭けは……」


 王都への帰路、揺れる馬車の中でリリアナが心配そうに俺の顔を覗き込む。




「いや、大丈夫だ。むしろ、これで奴も迂闊な手出しはできなくなったはずだ。だが、問題は山積みだな」


 俺は、馬車の窓から見える、少しずつ活気を取り戻しつつある王都の景色を眺めながら、気を引き締める。




 王城に戻るや否や、俺は休む間もなく側近たちを招集した。




国王執務室には、リリアナ、バルカス、そして俺の帰還を待っていたフィンとロザリアが集まっている。




「さて、皆。辺境伯との一件は、一応の決着を見た。だが、これは新たな戦いの始まりに過ぎん。魔王復活のタイムリミットは刻一刻と迫っている。内政改革をさらに加速させるぞ」


 俺の言葉に、フィンが待ってましたとばかりに口を開く。




「王様、良い知らせと悪い知らせがあるぜ。どっちから聞きたい?」




「……いつも通り、悪い知らせから頼む」




「へっ、賢明な判断だ。悪い知らせは、先日粛清したゲルツ騎士団長一派の不正蓄財、俺の計算より根深くてタチが悪かった。帳簿は改竄されまくり、金の流れは複雑怪奇。全容解明にはもう少し時間がかかりそうだ。全く、腐ったミカンはどこまで行っても腐ってやがる」


 フィンは、うんざりしたように肩をすくめる。




「そうか……。では、良い知らせとは?」




「その腐ったミカンどもから差し押さえた資産の一部を解析した結果、当面の国家予算の実に二割に相当する額を確保できる目処が立った。これを元手に、あんたが言ってた公共事業――特に、王都と各地方を結ぶ街道の整備と、ミレイユ平原の水路拡張工事に即時着手できる。これで物流が改善されりゃ、経済も少しはマシになるだろうぜ」


 フィンの言葉に、俺は思わず目を見開いた。




「二割だと!? それは本当か、フィン!」




「俺の計算を疑うのか? まあ、あんたがそう言うなら、もう一度計算し直してもいいが、結果は変わらねえよ」


 その言葉はぶっきらぼうだが、彼の瞳には確かな自信が漲っていた。




「素晴らしいわ、フィン殿! それだけの予算があれば、ロザリア殿が進める農業改革も、さらに大きく前進させられます!」


 リリアナが、心からの称賛を送る。




 その隣で、ロザリアもこくりと頷いた。




「あ、あの……わ、私も、頑張ります! 試験農場で収穫できた新しいお芋、すごく甘くて、日持ちもするんです。これを、まずは一番食料が足りていない村から配って、育て方も教えてあげられたらなって……」


 ロザリアは、はにかみながらも、その瞳には強い意志を宿していた。




 フィンとロザリア。この二人の存在が、今のロムグール王国にとってどれほどの光明か。




俺は、改めて彼らを得られた幸運を噛み締めていた。




 その時だった。




「陛下! 先ほど、森で捕らえた『熊』の解体が終わりましたぞ!」


 執務室に、なぜか目を輝かせたバルカスが飛び込んできた。




その手には、血抜きされた巨大な肉塊が……いや、よく見ると、それは熊の肉ではなかった。




「陛下、これは熊などではございません! 『森の主』とも呼ばれる、極めて希少な魔獣『グランボア』でございます! その肉は滋養強壮に優れ、極上の美味。牙や毛皮も、武具の素材として高く売れますぞ!」




「グランボア……?」




「左様! それを、勇者殿が……その、滅茶苦茶な動きで追い回し、偶然にも崖から突き落として弱らせたところを、すかさず私が仕留めたのでございます! まさに、奇跡的な連携プレー! これぞ、勇者様のお力!」


 バルカスの声は、興奮で上ずっている。




どうやら、先の森での一件で、樹が追いかけていたのはただの熊ではなく、この希少な魔獣だったらしい。




そして、結果的にそれを仕留める大手柄に繋がった、と。




「へっへーん! どうだ! 俺ってやっぱ、持ってんだよなー! あのイノシシみてえな熊、俺が必殺の『勇者タックル』で追い詰めたんだぜ! ジジイは最後、横から剣で突っついただけだろ!」


 当の田中樹は、いつの間にか執務室に現れ、バルカスの報告を全て自分の手柄であるかのように胸を張っていた。




その口の周りには、既につまみ食いしたらしい肉の脂が光っている。




(……勇者タックル、ね。ただパニックになって突進しただけだろうが。だが、結果的に希少な魔獣を……。こいつの幸運値1は、一体どういう計算式で成り立っているんだ……)


 俺は、もはやツッコむ気力も失せ、深いため息をつく。




 フィンは「……なるほどな。あの役立たず、無駄に食料を消費するだけかと思ったら、たまにこうやって高級食材を自ら調達してくる機能も搭載されてんのか。燃費は最悪だが、ある意味、サステナブルな厄介者だな」と、新たな分析を始めていた。




 そんなカオスな執務室に、新たな来訪者が告げられた。




「陛下、シルヴァラント公国より、特使がお見えになりました。公女セレスティナ殿下が、直々に」


 衛兵のその言葉に、室内の空気が一変した。




 シルヴァラント公国。ロムグール王国の西に位置する、比較的穏健な商業国家。大国ガルニア帝国の圧力に共に晒される、いわば運命共同体とも言える国だ。その国の公女が、自ら。




(……来たか。対魔王大陸戦略会議への、最初の応答だ。それも、公女自らとは……)




 謁見の間。玉座に座る俺の前に、銀色の美しい髪と、澄んだ青い瞳を持つ、清楚で可憐な印象の美少女が、優雅に一礼した。




彼女こそ、シルヴァラント公国の公女、セレスティナ・フォン・シルヴァラントだった。




「ロムグール国王アレクシオス陛下に、こうしてお目にかかれますこと、光栄に存じます。私、父であるシルヴァラント公爵の名代として参りました、セレスティナと申します」


 その声は鈴を転がすように美しく、しかしその瞳の奥には、聡明さと、自国を背負う者としての強い意志が感じられた。




「公女殿下、ようこそロムグールへ。長旅、ご苦労であった」


 俺は、できる限り国王としての威厳を保ち、彼女を迎える。




 彼女は、俺の噂を、そしてロムグール王国の急激な変化の噂を聞き、自らの目で確かめるために来たのだろう。




【絶対分析】が、彼女のステータスと、その内心を映し出す。




スキルには【国家分析(冷静)】や【危機察知(鋭敏)】といった、外交官向きのものが並んでいる。




そして、その心境は、「噂の若き国王…その器、そしてロムグール王国の真の力を、この目で見極めさせていただく」という、期待と警戒が半々といったところか。




「アレクシオス陛下。貴国が提唱された『対魔王大陸戦略会議』、我がシルヴァラント公国は、全面的に賛同し、協力を惜しまない所存です。魔王の脅威は、もはや一国で対処できる問題ではございません」


 セレスティナ公女は、単刀直入に本題を切り出した。




「それは心強い。公女殿下のご英断に感謝する」




「ですが、陛下」彼女は、そこで言葉を切り、真っ直ぐに俺の目を見つめた。




「魔王という大義名分の下に、大陸の覇権を狙う国がないとも限りません。例えば……東のガルニア帝国のように。我々小国が手を取り合うためには、何よりも『信頼』が必要です。アレクシオス陛下、あなたは、我々が信頼に値する王であると、証明していただくことはできますでしょうか?」


 その言葉は、丁寧ながらも、俺の真価を問う、鋭い問いかけだった。




(……なるほど。ただの可憐な姫君ではないな。なかなかの切れ者だ)




 俺が、その問いにどう答えようかと思案した、まさにその時だった。




「おーい! ここでなんか大事な話してんのかー!? 俺を呼ばないなんて水臭いじゃねえか!」


 謁見の間に、我らが勇者、田中樹が、先ほど仕留めたグランボアの巨大な骨付き肉(厨房で無理やり焼かせたらしい)を片手に、堂々と乱入してきたのだ!




「な……!?」


 セレスティナ公女が、そのあまりにも場違いな光景に、驚きで言葉を失う。




「お、そこの銀髪の姉ちゃん、なかなか可愛いじゃん! 俺のファンクラブ、会員番号一桁台がまだ空いてるけど、入れてやろうか? 特典として、このグランボアの肉、一口だけ味見させてやってもいいぜ?」


 樹は、セレスティナ公女にウインクしながら、脂ぎった肉を彼女の顔の前に突き出した。




 リリアナが「この無礼者っ!」と叫び、バルカスが頭を抱え、俺の胃が悲鳴を上げる。




 だが、セレスティナ公女は、一瞬だけ驚きの表情を見せたものの、すぐに冷静さを取り戻し、そして、ふふっと、楽しそうに、そしてどこか面白がるように微笑んだのだ。




「……なるほど。これが、噂に名高いロムグールの『勇者』様でございますか。そして、そのような方を擁しながら、国をまとめ、大国とも渡り合おうとされている……。アレクシオス陛下、あなたの『器』、少しだけ見えたような気がいたしますわ」


 その瞳には、先ほどまでの警戒の色が薄れ、代わりに俺に対する純粋な興味と、そして確かな信頼の光が灯り始めていた。




(……またか。また、このパターンか……! 田中樹の奇行が、結果的に俺の評価を上げるという、この理不尽な方程式は、一体いつまで続くんだ!?)


 俺の胃は、もはや限界を超えて、何か新しい次元へと旅立とうとしていた。




 ロムグール王国の外交は、こうしてまたしても、勇者の起こした珍騒動と共に、新たな局面を迎えることになったのだった。

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