幕間:恵みの大地の癒し手 ~ロザリア、辺境の村と奇跡の力~
間違えて投稿してしまいました。
先に20話をお読みください。
ロムグール王国の西の辺境、ミレイユ平原のさらに奥、深い森と緩やかな丘陵に抱かれるようにして、フォレス村はひっそりと息づいていた。
王都カドアテメの喧騒とは無縁の、質素で、しかしどこか温かい空気が流れる小さな村。
ロザリアは、この村で生まれ育った。
彼女の家は、代々薬草師を務める家系だった。
物心ついた頃から、ロザリアにとって遊び場は森であり、玩具は色とりどりの薬草や木の実だった。
祖母のソフィアは、村で唯一の薬草師であり、厳しくも愛情深い人だった。
彼女は、幼いロザリアの手を取り、森を歩きながら、様々な植物の名前や効能、そしてそれらと共存していくことの大切さを、繰り返し語って聞かせた。
「いいかい、ロザリア。大地はね、わしらにたくさんの恵みを与えてくれる。じゃが、それは決して当たり前のことじゃないんじゃ。感謝の心を忘れず、大地を敬い、そしてそこに生きる全ての命を慈しむんじゃよ。そうすれば、大地も、そして植物たちも、きっとお前に応えてくれる」
祖母の言葉は、いつも優しく、そしてどこか神秘的な響きを持っていた。
ロザリアには、不思議な力があった。
他の村の子供たちが泥遊びに興じている頃から、彼女は畑の隅で、萎れかけた野菜や花にそっと手を触れ、何かを語りかけるようにしていた。
すると、不思議なことに、それまで元気がなかった植物たちが、まるで応えるかのように生き生きと葉を広げ、色鮮やかな花を咲かせるのだった。
村人たちは、それを「ロザリアの魔法」と呼び、気味悪がる者もいれば、彼女を「恵みの子」と呼んで大切にする者もいた。
祖母は、そんなロザリアの特別な才能に誰よりも早く気づき、それを正しい方向に導こうとした。
「ロザリアや、お前のその力は、きっと多くの人を助けるために授かったものじゃ。だがな、決して驕ることなく、常に謙虚な心を忘れてはいけないよ。そして、その力を自分のためだけに使ってはならん。困っている人がいたら、分け隔てなく助けてあげるんじゃ」
ロザリアは、祖母のその言葉を胸に刻み、村の人々のために、その小さな手を役立てようと努めた。
フォレス村の土地は痩せており、作物はなかなか育ちにくかった。
毎年、収穫期になると、村人たちの顔には深い安堵と、そしてそれ以上に、冬を越せるかどうかという不安の色が浮かんだ。
そんな中、ロザリアは、祖母から教わった薬草の知識だけでなく、独学で様々な植物の育て方を研究し始めた。
彼女は、畑の土に直接触れ、その声を聞き(もちろん、他の誰にもその声は聞こえないのだが)、何が足りないのか、どうすれば作物が元気に育つのかを、まるで植物たち自身から教わっているかのように理解していった。
彼女が手入れをする畑だけは、不思議と他の畑よりも多くの実りをつけた。
病害にも強く、日照りが続いても、なぜか彼女の畑の作物だけは青々としていた。
村人たちは、最初は半信半疑だったが、やがてロザリアの知識と技術を頼るようになり、彼女の指導のもと、少しずつだが村の食糧事情は改善されていった。
また、村で誰かが病に倒れたり、怪我をしたりすると、人々は決まってロザリアの元を訪れた。
彼女は、森で集めてきた薬草を巧みに調合し、驚くほど効果のある薬を作っては、無償で村人たちに分け与えた。
彼女の調合した薬は、どんな高価な薬よりも効き目があり、多くの村人が彼女に救われた。
だが、ロザリアのそうした行いは、必ずしも全ての人に好意的に受け入れられたわけではなかった。
村の長老たちの中には、彼女の不思議な力を「魔女の業」と恐れ、気味悪がる者もいた。
また、近隣の村からは、彼女の噂を聞きつけた欲深い商人が現れ、「その薬草の調合方法を教えろ」「その特別な農法で、俺の土地で作物を作って大儲けさせてくれ」などと、しつこく言い寄ってくることもあった。
ロザリアは、そうした人々の欲望や悪意に触れるたびに、心を痛め、人見知りの性格もあって、ますます自分の殻に閉じこもりがちになった。
特に、王都から時折やってくる、威圧的で傲慢な役人や貴族の姿は、彼女にとって恐怖の対象でしかなかった。
彼らは、村の貧しさなど意にも介さず、重税を取り立て、時には村の娘たちに卑猥な言葉を投げかけることすらあった。
そんな彼らの姿を見るたびに、ロザリアは権力を持つ者への深い苦手意識を募らせていった。
「……おばあちゃん。私、どうしてこんな力を持ってるのかな……。みんなを助けたいって思うけど、時々、怖くなるの。私の力が、誰か悪い人に利用されたりしないかなって……」
ある夜、ロザリアは祖母にそう言って泣いたことがあった。
祖母は、そんなロザリアの頭を優しく撫でながら言った。
「ロザリアや、お前のその心根が優しいからこそ、大地も植物も、お前に力を貸してくれるんじゃよ。心配することはない。お前が正しいと信じる道を進めば、必ず誰かが見ていてくれる。そして、いつか必ず、お前のその力を、本当に必要としてくれる人が現れるはずじゃ。その時まで、お前はお前の信じるやり方で、人々を助けておやりなさい」
祖母のその言葉は、ロザリアにとって何よりも心強い支えとなった。
そして、月日は流れ、ロザリアは美しい娘へと成長した。相変わらず人見知りで、派手なことは好まなかったが、その知識と技術はますます磨かれ、フォレス村は、彼女のおかげで辺境の貧しい村でありながらも、飢えることなく、病にも比較的強い、穏やかな村として知られるようになっていた。
彼女自身は、自分の力がどれほど稀有で、そして国全体にとってどれほど価値のあるものなのか、全く自覚していなかった。
ただ、目の前の困っている人を助けたい、この村の人々が笑顔で暮らせるようにしたい、その一心だけで、彼女は日々、土と向き合い、薬草を摘み、そして静かに祈りを捧げていたのだ。
そんなある日、彼女の住むフォレス村に、数台の馬車と、護衛の騎士たちを伴った一団が訪れることになる。
その中心にいたのは、ロムグール王国の若き国王アレクシオス・フォン・ロムグール。
彼は、ロザリアの噂を耳にし、彼女のその類稀なる才能を、国の再建のために借りたいと、自らこの辺境の村まで足を運んできたのだった。
ロザリアは、まさか国王陛下自らが自分のような村娘に会いに来るとは夢にも思わず、最初はただただ怯え、戸惑うばかりだった。
だが、アレクシオスの真摯な言葉と、民を思う純粋な心に触れるうちに、彼女の心は少しずつ開かれていく。
そして、祖母の「いつか必ず、お前のその力を、本当に必要としてくれる人が現れるはずじゃ」という言葉が、現実のものとなったことを知るのだった。
「恵みの大地の癒し手」ロザリア。彼女のその小さな手が、そして大地への深い愛情が、これから傾きかけたロムグール王国に、どのような奇跡の花を咲かせるのだろうか。
それはまだ、誰も知らない物語の始まりだった。
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