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第二十話:老狸との腹芸、その終幕 ~王の逆手と、次なる戦いの序曲~

投稿の順番を間違えてしまいました。

幕間の前にお読みください。

 


 辺境伯領に近い森の中。エルヴァン要塞の精鋭部隊が、静かに、しかし確実にマーカス辺境伯の私兵たちを取り囲んでいる。


 その中心で、俺、アレクシオス・フォン・ロムグールは、馬上から悠然と辺境伯エルンスト・フォン・マーカスと対峙していた。


 彼の顔からは、先ほどまでの余裕の笑みが消え、驚愕と、そして屈辱の色が浮かんでいる。


「さて、辺境伯。改めて、貴殿の『お願い』とやら、詳しく聞かせていただこうか? それとも、まずは、貴殿がなぜこのような『大規模な警邏』を、私の帰路で行っていたのか、その理由からご説明願おうか? まさかとは思うが、この国の国王に対し、剣を抜くつもりではあるまいな?」


 マーカス辺境伯は、完全に包囲された自軍と、そして俺の不敵な笑みを見比べ、屈辱に顔を歪ませながらも、何とか平静を装おうとしていた。


(……この若造……いつの間に、これほどの策を……! 見誤っていたわ……! こちらの動きを完全に読み、その上で、これだけの兵を動かすとは……!)


 彼の内心の動揺が、【絶対分析】を通じて俺にも伝わってくる。


 スキル【深謀遠慮】も、この圧倒的な状況の前では、その効果を十分に発揮できていないようだ。


「……国王陛下。これは、何かの誤解でございましょう。私は、ただ純粋に、近頃物騒になった領内の治安を憂い、警邏を強化していたに過ぎませぬ。陛下がエルヴァン要塞へ向かわれたことも、そしてそのご帰還の時期も、寡聞にして存じ上げませんでした。もし、私のこの行動が陛下にご不快の念を抱かせたのであれば、深くお詫び申し上げます」

 辺境伯は、馬上から深々と頭を下げた。


 その態度は、先ほどの傲岸不遜さとは打って変わって、殊勝ですらある。


 だが、その瞳の奥には、まだ諦めていない、老獪な光が宿っていた。


「辺境伯! 国王陛下に対し、馬上からとは何たる無礼か! 下馬せぬか!」

 バルカスが、鋭い声で一喝する。


 その声には、隠しようもない怒りが込められていた。


(バルカス!いいぞ……!ナイスタイミング……!計算とかじゃないだろうが)


 辺境伯は、バルカスのその言葉に、ゆっくりと顔を上げた。


 そして、俺とバルカスの顔を交互に見比べると、ふっと息を吐き、仕方がないといった様子で馬から降り、改めて俺の前で頭を下げた。


「これは失礼仕った、陛下。馬上でのご挨拶、非礼をお許しくだされ」

 その態度は、あくまで芝居がかってはいるが、バルカスの一喝が多少なりとも効いたようだ。


「誤解、か。ならば良いが」俺は、敢えてその言葉に乗る。


「では、改めて貴殿の『お願い』について聞こう。確か、『エルヴァン要塞の後詰と、そのための軍備増強』であったかな? 魔王復活の兆候という国家の危機に対し、辺境伯が自ら協力を申し出てくれるとは、実に心強い限りだ」


 俺のその言葉に、辺境伯の顔に一瞬だけ安堵の色が浮かんだように見えた。だが、俺は続ける。

「もちろん、その忠誠心には、国王として最大限応えねばなるまい。そこで、辺境伯、貴殿の提案を、一部修正する形で受け入れたいと思う」


「……と、仰られますと?」

 辺境伯の顔に、再び警戒の色が浮かぶ。


「まず、エルヴァン要塞の後詰としての防衛線の構築、これは大いに結構。貴殿の領地と兵力は、北の守りにとって不可欠だ。だが、そのための軍備増強、兵糧備蓄、街道整備に関しては、全てロムグール王国全体の国防計画の一環として行う。もちろん、貴殿の私兵も同じだ。」

 宰相よ、わかるか……?と俺は続ける。


「国王である俺の厳格な管理のもと、そして王都から派遣する監査官の監督のもとで行うのだ。もちろん、費用は国庫から支出するが、その使途については、フィン…いや、俺の直属の財政補佐官による厳密な査定を必要とする」


「……なっ!?」辺境伯の顔が、驚きと怒りで歪む。


「陛下、それは……我がマーカス家の自治権を侵害するものでは……」


「自治権? 辺境伯、貴殿はロムグール王国の臣下であるはずだ。王国の防衛に関わる軍備について、ましてや、魔王対策については、国王が管理するのは当然のことではないかな? それとも、何かやましいことでもおありかな?」

 俺は、冷ややかに言い放つ。


「ぐ……っ。滅相もございません。ですが、長年、辺境の守りは我がマーカス家に一任されてきたという自負が……」


「その自負と忠誠心には敬意を表する。だからこそ、貴殿には、新たに設立する『国防最高評議会』の特別顧問として、その豊富な経験と知識を、国全体のために役立てていただきたい。もちろん、これは名誉職であり、騎士団や辺境領の直接的な指揮権を意味するものではないがな」


 俺の言葉を聞き終えたマーカス辺境伯は、しばらくの間、黙って俺の顔を見つめていた。


 その表情からは、何を考えているのか全く読み取れない。


 やがて、彼はゆっくりと口を開いた。


「……アレクシオス陛下。あなたは、私が先代陛下や、その前の……愚かな王たちと同じように、簡単に手玉に取れるとお思いか?」

 その声は、先ほどまでの芝居がかったものではなく、地の底から響くような、冷たく、そして重いものだった。


「まさか。辺境伯、貴殿ほどの人物を、そのような愚か者たちと一緒にするつもりはない。だからこそ、こうして直接、俺の考えを伝えているのだ」

 俺も、真摯に答える。


「ふっ……面白い。実に面白い。アレクシオス陛下、あなたは、確かに以前のあなたとは別人だ。いや、あるいは、これがあなたの本性だったのかもしれませぬな。……よろしいでしょう。陛下のご提案、このマーカス、謹んでお受けいたします。エルヴァン要塞の後詰も、国防最高評議会の特別顧問も、この老骨に鞭打って務めさせていただきますぞ。しかし……」

 辺境伯の目が、再びギラリと光る。


「……このマーカス、建国の功臣の末裔として、ロムグール王国の安泰のため、いかなる手段も辞さぬ覚悟。お忘れなきよう」


(……やはり、一筋縄ではいかない。だが、これで奴も、そう簡単には動けまい。そして、俺もまた、奴の力を利用する道が開けた……か)

 俺は、内心で安堵と、そして新たな緊張感を覚える。


「辺境伯の忠誠心、しかと受け取った。共に、この国の未来を築いていこうではないか」

 俺がそう言うと、辺境伯は深々と頭を下げた。


「はっ。陛下のそのお言葉、このマーカス、生涯忘れませぬ」

 その言葉が本心からのものなのか、それとも新たな芝居の始まりなのか……それは、まだ誰にも分からない。


 その時だった。

「おーい! 王様ー! なんか、あっちの森の奥で、でっけえ熊みたいなのが暴れてるぞー! 俺、ちょっと倒してきていいか!? もしかしたら、ステーキになるかもしんねえし!」

 それまで馬車の中で退屈そうにしていた田中樹が、突然、森の奥を指差して大声を上げたのだ。


 彼の目には、恐怖心など微塵もなく、ただただ「美味そうな獲物」を見つけたかのような、純粋な食欲だけが輝いていた。


 この緊迫した状況で、なんと場違いな……いや、あるいは、これこそが「勇者」なのか?(絶対に違う)


「なっ……勇者殿!? いけませぬ、危険です!」

 リリアナが慌てて止めようとするが、樹は既に馬車から飛び降り、森の奥へと駆け出していた。


「待て、馬鹿者ーっ!」

 バルカスも、慌ててその後を追う。


「……ふっふっふ。いやはや、陛下。貴国の勇者殿は、実に……『自由奔放』でいらっしゃる。あれでは、魔王もさぞかし扱いにてこずることでございましょうな」

 マーカス辺境伯が、その光景を見て、腹を抱えて笑い出した。


 その笑い声は、先ほどまでの緊迫した雰囲気を一瞬だけ和らげたが、俺の胃には全く優しくなかった。


(……田中樹……お前は、本当に、どこまで行っても田中樹なんだな……。だが、あるいは、その予測不能な馬鹿さ加減こそが、この世界の常識を打ち破る、本当の『切り札』になるのかもしれん……。いや、やっぱりないか。)


 俺は、遠ざかっていく勇者の背中(と、それを追いかけるバルカスの苦労人の背中)を見送りながら、深く、そして長いため息をつく。


 マーカス辺境伯という国内の大きな懸念材料との間に、一応の「落としどころ」はつけることができた。


 だが、それは新たな駆け引きの始まりに過ぎない。


 そして、魔王復活の脅威も、刻一刻と迫っている。


「……辺境伯。今回の件、これで手打ちとしよう。だが、忘れるな。次に貴殿が王家に牙を剥こうものなら、その時は容赦せん」

 俺は、最後にそう釘を刺し、グレイデン司令官にエルヴァン要塞の兵の撤収を命じ、王都への帰路についた。


 辺境伯は、最後まで不敵な笑みを崩さず、俺たちを見送っていた。


 ロムグール王国の、そして俺自身の戦いは、まだまだ続く。


 俺の胃薬の消費量も、まだまだ減りそうにない。




本日もお付き合いいただき、誠にありがとうございます。

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