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幕間:女神の独白と、壊れた天秤

 

 天界。

 時間の概念すら曖昧な、光と雲に満たされた場所。


 その一角で、一人の女神が、雲で作られたかのようなふかふかの長椅子に寝転がり、神代の果実を齧りながら、少々、退屈していた。  


 女神ルミナリナ。この世界の、気まぐれな番人である。


「んー、もう。最近の下界は、どいつもこいつも、真面目すぎて、つまらないわねぇ」


 彼女の目の前には、巨大な水鏡が浮かんでいる。下界のありとあらゆる出来事が、その気まぐれ一つで映し出される、便利な神具だ。


 最近のお気に入りのチャンネル――いえ、世界は、ようやく面白くなってきたところだった。


 水鏡には、東の果て、ヤシマから帰還したアレクシオスの姿が映る。その腰には、千年の時を超えた『星詠みの神剣』。

 女神は、その姿に満足げに頷いた。


(あらあら、うちのアレクちゃんたら、すっかり勇者らしくなっちゃって。神剣まで手に入れて、いよいよ主人公っぽくなってきたじゃないの。でも、あの剣はただの武器じゃない、千年の絶望と希望が詰まった両刃の剣だってこと、ちゃんと分かっているのかしらねぇ)


 次に、彼女は水鏡の景色を、南の砂漠から戻ったリリアナたちへと切り替える。その一行の中には、千年の眠りから覚めた大賢者セレヴィアの姿も。


(やだ、セレヴィアちゃんたら、まだあんな暗い顔しちゃって。千年も寝てたくせに、まだ寝足りないのかしら。まあ、彼女が目覚めたことで、ようやく物語の謎が一つ解き明かされるわけだけど)


 そして最後に、彼女は一番のお気に入りの『ジョーカー』の姿を探す。

 いたいた。エルヴァン要塞の片隅で、レオとかいう少年の墓標の前で、一人膝を抱えている田中樹。


(イトゥキちゃんも、ようやく自分の足で立とうとし始めたみたいね。遅すぎるくらいだけど、まあいいわ。あの子の魂の本当の使い方は、まだ誰も、本人さえも知らないんだから)


 女神は満足げに頷くと、水鏡をロムグール国境の難民キャンプへと合わせた。


 そこでは、ロザリアが子供たちと一緒に、小さな畑で健気に芋を育てている。死んだ大地から芽吹く、小さな緑。実に美しく、感動的な光景だった。


 だが、女神は知っている。キャンプ全体を覆う、目に見えぬ呪いの気配が、日に日にその濃度を増していることを。


あの子(ヴォルディガーン)ったら、本当にやり方が陰湿なのよねぇ」


 女神は、一つ、深いため息をついた。


「でも、この呪いの本当の恐ろしさは、大地が枯れることでも、人が死ぬことでもない。この世界の、美しい『循環』の理そのものを、別の法則で無理やり上書きしようとしていること。それに、下界の誰も気づいていないんだから」

 彼女が紡いだ『循環』の理。

 生命も、魂も、魔力さえも、全てが生まれ、死に、そしてまた世界へと還っていく。


 その美しい調和こそが、この世界を、そして彼女自身を支える力の源泉。

 だが、ヴォルディガーンの呪いは、その理を破壊し、全てを一方的に『収奪』する、異質な理だった。


 彼女が、そんな鬱陶しいことを考えていた、まさにその時だった。

 ふと、自らの指先に、違和感を覚えた。


 雲でできた長椅子に預けていた、女神の指先が、ほんの一瞬、本当にごく僅かだが、陽炎のように透けて見えたのだ。


「……やだ。ちょっと、力が弱まってるじゃないの。予定より早すぎるわよ」


 女神の顔から、初めて怠惰な笑みが消えた。

 大陸の生命力が、あの呪いによって少しずつ『収奪』されている。その影響が、この神域にいる、彼女の本体にまで及び始めているのだ。


「……ちっ。やっぱり、綻び始めてるじゃないの。ただでさえ、この数万年という長い年月で、ほとんどの力が失われてしまってるのに……」

 忌々しげに舌打ちした、その瞬間。


 彼女がいる、光に満ちた神域の空間そのものが、ノイズが走った映像のように、一瞬だけ、激しく歪んだ。


 そして、その歪みの向こう側から、ほんの一瞬、全く異質な、血と鉄錆、そして終わりのない闘争の匂いが、漏れ込んできた。


『外大陸』の気配。


 彼女が、神代の昔、この世界から切り離して封印した、修羅の世界。

 彼女の力が弱まったことで、その『大いなる封印』に、亀裂が入り始めているのだ。


「しょうがないわねぇ……。もう、潮時ってことかしら」


 女神は、再び長椅子に深く寝転がると、水鏡に、エルヴァン要塞に集結した英雄たちの姿を映し出した。


 そこには、神剣を手に、王としての覚悟を決めたアレクシオスと、まだ戸惑いながらも、その隣に立つことを決めた樹の姿があった。


 彼女は、再び、いつもの、気まぐれな女神の笑みを浮かべた。

 だが、その瞳の奥には、世界の番人としての、冷徹な光が宿っていた。


「見せてちょうだい、アレクちゃん、イトゥキちゃん。この最悪の盤面を、あんたたちっていう最高のイレギュラーが、どうひっくり返してくれるのかをね」


 その呟きは、誰に聞かれることもなく、静かに、しかし、確実に綻び始めた、世界の静寂の中へと、吸い込まれていった。


 明日から、最終章の投稿を開始します!

1日朝夜2話投稿の予定です。


 本日もお付き合いいただき、誠にありがとうございます。

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