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第百五十六話:賢者の知恵と神剣の力

 

 絶望は、二つの戦場で異なるかたちをしていた。


 東方諸侯連合近海。アレクシオス率いる第二部隊『星砕きの刃』の前には、山と見紛うほどの古の災厄、海王リヴァイアサンが立ちはだかっていた。


 その巨体から放たれる圧倒的な魔力は嵐を呼び、船は木の葉のように弄ばれる。


 闇滅隊の攻撃はことごとく弾き返され、彼らの表情に初めて焦りの色が浮かんだ。


「くそっ! 刃が通らない! こいつの鱗、オリハルコンか何かでできているのか!」


 闇滅隊のハヤテが、リヴァイアサンの巨体に霊刃を叩きつけるが、甲高い金属音と共に弾き返されるだけだった。


 その巨体から放たれる圧倒的な魔力の前では、彼らの隠密能力も意味をなさない。


「ボス! 船がもたないぞ!」


 ファムの絶叫とほぼ同時に、リヴァイアサンの巨大な尾の一薙ぎが船のマストをへし折り、甲板を粉砕した。


 兵士たちの悲鳴が、嵐の轟音に掻き消されていく。万事休す。誰もが、死を覚悟した。


 だが、アレクシオスだけは、その絶望の渦の中心で静かだった。


 彼は腰の神剣に手をかけ、その柄を通じて伝わってくる千年前の勇者ハルキの、魂の残滓を感じていた。


 目の前の巨獣が放つ千年の怨嗟に、剣が共鳴するかのように震えている。


(……そうか。お前も、ただの怪物ではないのだな。千年間、たった一人で、この冷たい海の底で憎しみを募らせてきたのか)


 アレクシオスは、ただ倒すのではない、解放することを決意した。


 彼は、仲間たちを守るための盾となるべく、星詠みの神剣を、ついに鞘から抜き放った。


 ◇


 時を同じくして、旧ガルニア帝国領、城塞都市アイゼンブルク。


 その空気は、憎悪と復讐心、そして新たな時代の幕開けを信じる者たちの熱狂で、沸騰しているかのようだった。


「聞け、帝国の残光にすがる者たちよ! 皇帝は死に、帝国は滅んだ! 我らは、静寂の教えの下、真に力ある者だけが報われる、新たな軍事国家を、この地に建国する!」


 カインのカリスマに満ちた演説に、皇帝を失い拠り所をなくした帝国兵の残党たちが、熱狂的な雄叫びで応える。


 その中で、ヴァレンティン・フォン・シュタイナーは完全に孤立していた。


「そこまでだ、カイン」


 ヴァレンティンは静かに剣を抜いた。


「帝国は、まだ滅びてはいない。そして、お前のような、憎しみに魂を売った者に、新たな国を築く資格などない」


「面白い冗談を言う。その口を利くのは、この俺を打ち破ってからにしろ、ヴァレンティン!」


 二人の剣士が、それぞれの過去とプライドを賭けて激突する。


 ヴァレンティンの剣は、アカデミーで叩き込まれた、完璧なまでの帝国の剣技。


 対するカインの剣は、憎しみを糧とし、実戦の中で磨き上げられた、荒々しく、予測不能な刃。


 互角の死闘が繰り広げられる中、ヴァレンティンの心には焦りが生まれていた。


 その、あまりにも人間的な死闘を、一行の後方で、一人の賢者がどこか退屈そうに眺めていた。


「……やれやれ。千年前も、今も、人の愚かさは何も変わりませんね」


 賢者セレヴィアは、ふっと一つ、小さなため息をついた。


 彼女はヴァレンティンの苦戦にも、カインの憎悪にも、何の興味も示さない。


 ただ、その背後で不気味なオーラを放つ「静寂の使徒」たちへと、その千年の叡智を宿した瞳を向けた。


「貴方がた、魔王の甘言に魂を売ったつもりでいるようですが、勘違いしてはいけません。貴方がたもまた、ただの被害者。その魂は、魔王が大陸に仕掛けた『呪いの種』に、深く、深く蝕まれているだけ。……哀れな、人たち」


 セレヴィアが、そっと、その白魚のような手を、宙にかざす。


 その指先から、古代の、誰も見たことのない複雑な術式が、光の粒子となって溢れ出した。


「【古き言葉にて、その魂の枷を解き放て。リベラ・アニマ】」


 光の粒子が、静寂の使徒たちの身体を優しく包み込む。


 すると、彼らの瞳を覆っていた狂信の光が、まるで朝霧のように晴れていき、代わりに深い困惑と、自らが犯した罪への恐怖が浮かび上がった。


「な……我は、一体、何を……」


 憎しみの拠り所と、熱狂的な支持者を同時に失い、カインが呆然とする。


 その一瞬の隙。


 それこそが、ヴァレンティンが待っていた唯一の好機だった。


 彼の剣が、カインの剣を弾き飛ばし、切っ先が、がら空きになった喉元に突きつけられた。


「……終わりだ、カイン」

 だが、ヴァレンティンの瞳には、勝利の驕りはない。


「お前も、俺も、同じだ。あの、腐りきった帝国の、犠牲者なのだから」


 セレヴィアは、その光景に興味を失ったかのように静かに背を向けると、リリアナにだけ聞こえる声で呟いた。


「さて。あとは、貴方たち人間の問題ですね。わたくしは、少し疲れました」


 その圧倒的なまでの「格の違い」を見せつけられ、リリアナたちはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


 ◇


 その頃、アレクシオスは、神剣を天に掲げていた。


「我が魂の輝きよ、彼の者の嘆きに応えよ!」


 自らの内にある【王の威光】と、剣に眠る【勇者の魂】。二つの力を、彼はただ一つの想いのために共鳴させる。


 神剣が、蒼銀の、あまりにも清浄な光を放ち始めた。


 アレクシオスは、その光を纏った神剣を、ただ静かに一閃した。


 その一撃は、物理的な距離や海水を完全に無視し、リヴァイアサンの巨大な肉体をすり抜け、その魂に千年間こびりついて離れることのなかった、古の怨嗟そのものに直接届いた。


「グオオオオオオオオオオオオオッッ!!」


 リヴァイアサンが、これまでにない咆哮を上げた。


 だが、その声は苦悶から安らかな響きへと変わり、憎悪に満ちていた赤い瞳から、まるで感謝するかのように、一筋の光の涙がこぼれ落ちた。


 やがて、その山のような巨体は維持を保てなくなり、壮麗な光の粒子となって、キラキラと、海の中へと静かに、そして美しく消えていった。


「……はぁ……はぁ……」


 あまりにも強大な力を使った代償に、アレクシオスは甲板に膝をついた。


 闇滅隊の面々が、安堵と、そして人知を超えた御業を目の当たりにした畏敬の念を持って、彼に駆け寄る。


 彼は、自らの手の中にある神剣を見つめた。


 そのあまりの力の大きさに、王として、そして一人の人間として、深い畏怖を覚えていた。


 二つの戦場で、二つの鍵が、その圧倒的な力をお披露目することとなった。




 本日もお付き合いいただき、誠にありがとうございます。

 皆様の応援が、何よりの執筆の糧です。よろしければブックマークや評価で、応援していただけると嬉しいです。



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