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第十四話:集いし獅子たち ~粛清の刃、振るわれる時~

 「バルカス、騎士団の粛清を開始する! この襲撃に関わった者、そしてこれまでの腐敗の根源を、徹底的に断ち切るぞ!」

 俺、アレクシオス・フォン・ロムグールは、バルカスに対し、改めてそう宣言した。


 マーカス辺境伯と、あろうことか現騎士団長レナード・フォン・ゲルツが、俺の暗殺を計画していたという事実は、この国の腐敗が俺の想像を遥かに超えて根深いことを示していた。


 もはや、躊躇している時間はない。


 しかし、その決意とは裏腹に、俺の表情は晴れなかった。


 執務室には、リリアナ、バルカス、そして宰相イデンが集まっているが、重苦しい空気が漂っている。


「……陛下。陛下のそのお覚悟、しかと胸に刻みました。ですが、現状では……」

 バルカスが、悔しそうに言葉を濁す。


 俺は、彼の言わんとすることを痛いほど理解していた。


「分かっている。今の王都騎士団の大部分は、レナード騎士団長とその派閥の息がかかった者たちだ。彼らに、自らの首を差し出すような真似を期待できるはずもない。むしろ、下手に粛清を口にすれば、本格的な反乱を引き起こしかねん。……我々には、彼らを確実に制圧し、捕縛するための、信頼できる『戦力』が、あまりにも不足している」

 そう、問題はそこだった。


 いくら国王命令とはいえ、実行する者がいなければ、それはただの絵空事だ。


 ましてや相手は、腐っていても騎士団長。


 そのレナードは有力なゲルツ侯爵家の次男であり、剣の腕だけは確かだと聞く。


 彼を支持する騎士も多くいる。


「エルヴァン要塞のグレイデン司令官は、現在、魔物活性化の対応で身動きが取れますまい。かの地は、今や魔王復活の最前線。そこから兵を引き抜くなど、論外でございます」

 リリアナが、冷静に、しかし厳しい表情で現状を分析する。


 その通りだ。エルヴァン要塞の戦力を当てにすることはできない。


「ふむ。まさに、獅子身中の虫を駆除しようにも、その獅子の牙も爪も、今は十分に機能しておらぬ、という状況ですな」

 宰相イデンが、どこか他人事のような、しかし的を射た皮肉を口にする。


 その表情からは、本心は読み取れない。


(くそっ……! 敵の不正の証拠は掴んだ。断罪する大義名分もある。だが、それを実行する力が、今の俺には……この国には、ないというのか……!)


 俺は、己の無力さに奥歯を噛みしめる。


 フィンやロザリアといった新たな才能は得たものの、彼らは内政の専門家であり、武力とは縁遠い。


 まさに八方塞がりかと思われた、その時だった。


 執務室の扉が慌ただしくノックされ、一人の衛兵が息を切らして駆け込んできた。


「も、申し上げます! バルカス様! 城門に、バルカス様を訪ねてきたと名乗る者たちが、多数……!」


「何? 私を訪ねて? 一体、どこの者たちだ?」

 バルカスが、訝しげに眉をひそめる。


「はっ! それが……皆、数年前に騎士団を退役した者たちで……中には、かつてバルカス様が率いておられた精鋭部隊『獅子王隊』の元隊員を名乗る者も……! そして、その先頭には、バルカス様の元副官であられた、ライアス・シュトラウト殿のお姿が! 彼らは口々に、『バルカス様が騎士団総司令官に復帰なされたと聞き、馳せ参じました! どうか、我々にも再び陛下とこの国のために剣を振るう機会を!』と……!」


「な……なんだと……!? ライアスまで……!?」

 バルカスの目が、驚きと、そして信じられないといった表情で見開かれた。


 俺とリリアナも、顔を見合わせる。ライアス・シュトラウト。


 バルカスが騎士団長だった頃、その右腕として彼を支え、冷静沈着な指揮と確かな剣技で知られた男だ。


 バルカス更迭の際、真っ先に騎士団を去ったと聞いていた。


 実直で、バルカスへの忠誠心は絶対的。


 まさに、今の状況で喉から手が出るほど欲しい人材だった。


(バルカスの元部下たちが……彼が復帰したと聞いて、自ら集まってきたというのか……!? しかも、あのライアスまで……! これぞ天佑!)


「……陛下」バルカスが、震える声で俺に向き直る。


「彼らは……彼らは、私が騎士団を追われた際、私と共に不遇をかこつことを選び、あるいはその後の騎士団の腐敗に嫌気がさし、自ら剣を置いた者たちでございます。皆、腕も立ち、何よりもロムグール王国への忠誠心篤い、真の騎士たち……! まさか、彼らが……このタイミングで……」

 その言葉には、万感の思いが込められていた。


 俺の胸にも、熱いものが込み上げてくるのを感じた。


 腐敗しきったこの国にも、まだ希望は残っていたのだ。


 真の忠義を知る者たちが、まだいたのだ。


「バルカス」俺は、力強く言った。


「すぐに彼らをここに通せ! そして、彼らの忠誠を、俺自身の目で見届けよう。……あるいは、我々の『戦力』は、今まさに、集結しつつあるのかもしれんぞ!」


 バルカスの目にも、新たな光が灯る。


 ロムグール王国の未来を左右する騎士団の粛清。そのための刃は、まだ鞘の中にあったが、その刃を振るうべき者たちが、今、王都に集まろうとしていた。


 数時間後。


 王城の一室には、歴戦の強者であることを示す傷跡や、厳しい眼光を持つ男たちが、数十名ほど集結していた。


 その中心には、バルカスより一回りほど若いが、鍛え上げられた体躯と冷静沈着な目元を持つ男――ライアス・シュトラウトが控えている。


 彼の佇まいは、バルカスの教えを忠実に守り抜いてきた実直な軍人そのものだった。


 彼らは皆、バルカスの元部下であり、その多くが今は無き「獅子王隊」と呼ばれた精鋭部隊の生き残りだった。


 彼らは、バルカスの復帰と、そして国王アレクシオスの改革の噂を聞きつけ、ロムグール王国の危機を救うため、再び剣を取る覚悟で馳せ参じたのだ。


「皆、よくぞ集まってくれた。このバルカス、感無量だ。特にライアス、お主まで来てくれるとは……」

 バルカスは、集まった元部下たちを前に、感極まったように声を震わせる。


「バルカス様! 我らは、貴方様が騎士団を去られた日より、いつかこの日が来ることを信じておりました! このライアス・シュトラウト、再びバルカス様の下で剣を振るえる日を、一日千秋の思いで待っておりましたぞ! 我らが剣、今こそロムグール王国のために!」


「腐敗した騎士団に成り下がり、民を守るという騎士の誇りも失った連中に、いつまでも好き勝手させておくわけにはいきませぬ! バルカス様、どうか我らにご命令を!」

 口々に忠誠を誓う元騎士たち。


 その瞳には、バルカスへの揺るぎない信頼と、国を憂う強い意志が宿っていた。


 俺は、その光景を静かに見守っていた。そして、彼らの前に進み出る。


「皆の者、国王アレクシオス・フォン・ロムグールである。この度、馳せ参じてくれたこと、心より感謝する。見ての通り、我がロムグール王国は、未曾有の国難に直面している。」


「……外には魔王復活の兆候、そして内には、国を蝕む腐敗した貴族と、それに連なる騎士たちがいる。私は、この国を立て直すため、その腐敗の根源を断ち切ることを決意した。皆の力を、貸してくれるか?」

 魔王の兆候という言葉に、一瞬ザワつく元騎士たちだったが、さすが元精鋭たちは一斉に片膝をつき、頭を垂れた。


「「「陛下に、我らが剣と忠誠を!!」」」

 その力強い声は、部屋全体を震わせた。


(……これならば、やれる!)

 俺は、確かな手応を感じていた。


 その日の夜。俺は、バルカス、リリアナ、そして宰相イデンと共に、最終的な作戦会議を開いていた。


 フィンは、既にマーカス辺境伯とゲルツ騎士団長の不正の証拠をまとめ上げ、いつでも公表できる準備を整えている。


 ロザリアは、万が一の負傷者に備え、薬草の調合と医療班の編成を進めてくれていた。


 そして、田中樹は……「なんか城の中が物騒だから、俺、自分の部屋でゲームでもしてるわ。魔王が出てきたら起こしてくれ」と、早々に自室に引きこもっていた。


 ゲームってなんだよ……まあ、いない方が作戦は進めやすい。


「作戦は、明朝未明に開始する。刺客たちが捕らえられたことは、すでに気づかれているだろう。時間は掛けたくない」俺は、王城の地図を広げながら言った。


「バルカスはライアスと共に、集まった者たちと、王都騎士団内部で信頼できる数少ない者たちを率い、まず騎士団長レナード・フォン・ゲルツの身柄を確保。同時に、彼の派閥の主要な騎士たちも拘束する。抵抗する者は、容赦なく制圧せよ」

「御意」


「リリアナ、君は魔法部隊を率い、王城の主要な出入り口を封鎖。万が一、ゲルツ騎士団長派の残党が逃げ出そうとした場合の備えと、外部からの介入を防ぐ。また、フィンと連携し、拘束した者たちの罪状を即座に公表し、民衆の支持を得る準備を」

「かしこまりました」


「宰相。貴殿には、他の貴族たちの動向を厳しく監視し、この粛清に乗じて不穏な動きを見せる者がいれば、即座に鎮圧する権限を与える。また、マーカス辺境伯は現在領地にいるとの情報だ。彼がどう出るか……見ものだな」


「ふふ……陛下の『鉄槌』、存分に振るわれるが良いでしょう。このイデン、万全の体制で後方をお支えいたしますぞ」

 イデンのその言葉が、本心からのものなのか、それとも別の思惑があるのか……今の俺にはまだ判断がつかない。


 だが、今は彼の力を利用するしかない。


 作戦開始は、夜明けと共に。


 ロムグール王国の運命を左右する、長い長い一日が始まろうとしていた。


 俺の胃は、もはや悲鳴を上げることすら忘れ、ただ静かに、しかし確実に、その存在を主張し続けていた。



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