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第十三話:王都に蠢く黒い影 ~狙われた国王、そして勇者の……大暴走?~

「閃光の数使い」フィン、「恵みの大地の癒し手」ロザリアという、二人の頼もしい(そして個性豊かすぎる)仲間を新たに迎えたロムグール王国。


 俺、アレクシオス・フォン・ロムグールは、彼らと共に、山積する内政改革に本格的に着手し始めていた。


 魔王復活までのタイムリミットは、最悪の場合、あと一年。一日たりとも無駄にはできない。


 フィンの立案した税制改革案は、リリアナの補佐と俺の決断により、少しずつだが形になりつつあった。


 宰相イデンも、表向きは協力的な姿勢を見せつつ、その老獪な手腕で反対派貴族の抑え込みに一役買っている……ように見える。


 だが、【絶対分析】によれば、奴の内心は「陛下の改革が成功すれば国益に、失敗すれば……」といったところで、油断は禁物だ。


 一方、ロザリアはミレイユ平原の試験農場で、そのユニークスキル【農学百識】と【生命活性】を駆使し、驚くべき速さで作物を育て、土壌を改良していた。


 彼女の献身的な姿は、当初は変化を嫌っていた農民たちの心をも少しずつ動かし始めていたが、例のゴードン男爵のような地方代官の妨害は依然として続いていた。


 近々、このゴードン男爵には「お灸を据える」必要があるだろう。


 そして、最も困難を極めていたのが、バルカスが進める騎士団改革だった。


「陛下、またしても……」

 執務室に現れたバルカスの顔には、深い疲労と、抑えきれない怒りが浮かんでいた。


 その手には、無残にも刃こぼれさせられた訓練用の剣が握られている。


「本日も、訓練に必要な武具の一部が、何者かによって意図的に破損させられておりました。さらに、私が新たに作成した実践的な訓練計画書も、紛失。おそらくは、現騎士団長……あのレナード・フォン・ゲルツとその取り巻きの仕業かと」

 バルカスの声は、悔しさに震えていた。


 _現騎士団長、レナード・フォン・ゲルツ。


 彼は有力なゲルツ侯爵家の次男であり、長子相続の原則から本来であれば爵位を継ぐ立場にはなかった。


 しかし、先代王に取り入り、その覚えがめでたかったこと、そして何よりも彼自身の剣の腕が屈指であったことから、特例として一代限りの男爵位を与えられ、騎士団長の地位にまで上り詰めた男だ。


 だが、その実態は贅沢三昧、収賄は日常茶飯事という腐敗の象徴。


 まさに「腕は立つが、人格は最低」という、一番タチの悪いタイプである。


「彼らは、表立っては陛下のご命令に従う姿勢を見せつつも、陰ではありとあらゆる手段で改革を妨害してまいります。」

 拳をワナワナと震わせる。


「先日も、私の直接指導による訓練の最中に、レナード騎士団長の息のかかった隊長格の者が、『バルカス殿の訓練は時代遅れ。我々はゲルツ騎士団長にこそ、真の実戦剣技を学んでいるので不要だ』などと公言し、兵士たちを扇動して訓練をボイコットさせるという騒ぎがありました」

 バルカスは、ギリッと奥歯を噛みしめる。


「このままでは、騎士団の再建など夢のまた夢。兵士たちの士気も上がらず、ただ時間だけが過ぎていきます。陛下、恐れながら申し上げます。現在の騎士団長、レナード・フォン・ゲルツ……彼とその派閥を排除せねば、騎士団に未来はございません。しかし、彼奴は有力なゲルツ侯爵家の後ろ盾があり、また、彼自身の武勇を信奉する騎士も少なからずおります。下手に手を出せば、騎士団内部での大規模な反発も予想されます」

 その言葉には、彼の焦燥と、そして一筋縄ではいかない現状への苛立ちが滲んでいた。


「分かっている、バルカス」俺は静かに頷く。


「レナード騎士団長の更迭は、いずれ必ず行う。だが、正攻法では時間がかかりすぎるし、国内に無用な混乱を招く可能性も高い。奴らを失脚させるための『決定的な証拠』と『大義名分』が必要だ。……リリアナ、宰相にも協力を仰ぎ、その準備を水面下で進めてくれ。フィンにも、ゲルツ騎士団長やマーカス辺境伯周辺の金の流れを徹底的に洗ってもらおう」


「はっ!」


 バルカスの目に、わずかに安堵の色が浮かぶ。



 そんな不穏な空気が王城内に漂い始めた頃、我らが勇者、田中樹は、相変わらずバルカス(あるいはその部下)の訓練から逃げ回っていた。


「ちぇっ、バルカスのジジイ、今日はいねーのか。ラッキー!今のうちに、城ん中の隠し通路でも探検して、秘密の食糧庫でも見つけてやるぜ!」

 樹は、騎士団の訓練場を抜け出すと、人気のない回廊をキョロキョロしながら進んでいく。


 彼の頭の中は、もはや「いかにして訓練をサボるか」と「いかにして美味いものを手に入れるか」の二つでほぼ全て埋め尽くされていると言っても過言ではない。


 そして、彼が「ここなら誰も来ねえだろ」と、普段は使われていない古い倉庫へと続く薄暗い地下通路に足を踏み入れた、その時だった。


 壁の向こう側、古い通気口の先から、複数の男たちのひそひそとした会話が漏れ聞こえてきた。


「―――例の件、手筈は整っているな?」


「はっ。国王アレクシオスが、明日の午後、ミレイユ平原の試験農場を『お忍び』で視察するとの情報を掴んでおります。供回りは最小限。道中の森で仕留めるには絶好の機会かと」


「うむ。バルカスの老いぼれも、騎士団の再編で手一杯のはず。リリアナとかいう小娘も、農作業でお疲れだろう。国王の首さえ取れば、この国の改革などという馬鹿げた動きも止まる。その後は、マーカス辺境伯様が実権を握り、我々も安泰というわけだ……」


「ゲルツ騎士団長も、我々の成功を心待ちにしておられますぞ」


 物陰から聞こえてくる、その会話。


 樹は、話の詳しい内容は半分も理解できなかったが、「国王」「仕留める」「マーカス辺境伯」「ゲルツ騎士団長」といった不穏な単語と、その場の剣呑な雰囲気だけは感じ取ったらしい。


(うわっ、なんだかヤバそうな連中が、俺のステーキをくれるって言ってた王様の悪口言ってるぞ!? しかも『仕留める』とか聞こえたけど……まさか、あの王様がいなくなったら、俺のステーキが食えなくなるってことか!? それは絶対困る! 超困るんですけど!)


 樹の思考回路は、常に食欲と自己中心的な欲望に直結している。


 その危機感が、彼の行動を(悪い方向に)加速させた。


「おい、テメーら!」

 樹は、何を思ったか、通気口に顔を突っ込むような形で、突然大声を上げた!


「俺に隠れて、なんか美味いもんでも食う相談してんじゃねーだろうな!? しかも、国王のステーキまで横取りする気か!? 許さんぞ、この食い意地の張った悪党どもめ!」

 その手には、なぜか先ほどバルカスの訓練場からくすねてきた、訓練用の木剣(ただし、既に何度か地面に叩きつけて遊んだため、ひび割れている)が握られている。


「な、何奴だ!?」


「今の声は……壁の向こうか! 聞かれたぞ!」


「小僧! 計画が漏れたからには、生かしては帰せん!」


 密談していた黒装束の男たちは、樹の叫び声に計画が露見したことを悟り、即座に殺気を放った。


 彼らは、間違いなく手練れ。


 数人が、声のした方向、つまり樹がいる通路側へと殺到する!


「ひっ!? な、なんか怒ってるし! ヤベェ!」

 そのただならぬ殺気に、樹はようやく自分がとんでもない状況に足を踏み入れたことを理解したのか、顔面蒼白になり、持っていた木剣を放り出して脱兎のごとく逃げ出した!


「うわあああああっ! ステーキがああああっ! 王様ああああああっ!」

 意味不明な絶叫を上げながら、樹は元来た道を全力で引き返す。


 彼の(唯一役に立つかもしれない)逃げ足の速さは、伊達ではなかった。


 地下通路を駆け抜け、薄暗い回廊を転がるように走り、とにかく追手から逃れようと必死だった。


 追手の男たちは、樹の意外な素早さに舌打ちしつつも、執拗に追いかける。


「待て、小僧! 逃がすな!」


「あの小僧、王城の地理に詳しいのか? まさか、王の関係者……?」


「どちらにしろ、国王に報告される前に始末する! 」


「待て!こいつ、国王の執務室に向かってるぞ!!」


 追手らは、樹の逃走経路から、彼が国王の執務室の方向へ向かっていることに気づき、計画を変更して「国王もろとも始末する」という判断を下したようだった。


 樹は、半ばパニック状態で、もはや自分がどこへ向かっているのかも分からず、ただただ明るい方へ、人の気配がする方へと必死に逃げていた。


 そして、偶然にも、その逃走経路の先にあったのは、俺がリリアナとバルカスと次の内政改革について話し合っていた執務室だったのだ。


 ドガン!

 執務室の扉が、内側から勢いよく開け放たれ、田中樹が文字通り転がり込んできた。


「はあ、はあ……お、お化けが出たー! ステーキを狙う黒いお化けが、追いかけてくるんだー!」

 床に突っ伏し、肩で息をしながらわめく樹の姿。


 そのただならぬ様子と、彼の背後、開かれた扉の向こうの廊下から聞こえてくる複数の荒々しい足音と殺気に、俺たちは即座に異変を察知した。


「陛下!?」リリアナが緊張した声を上げる。


「曲者か!」バルカスが、瞬時に剣の柄に手をかける。


 俺が「バルカス、守りを固めろ!」と叫ぶのとほぼ同時だった。


 蹴破るような轟音と共に、執務室の扉の残骸が吹き飛び、抜き身の剣を手にした黒装束の男たちが、雪崩を打って部屋になだれ込んできた!


「国王アレクシオス! 覚悟!」


「なっ……!?」


「おのれ、賊徒め!」

 リリアナとバルカスが、即座に俺の前に立ちはだかる。


「ハァッッッ!!!」

 バルカスの大喝と共に、彼の愛剣が鞘から放たれ、襲撃者の剣を鋭い金属音と共に弾き返す。


 だが、敵は一人ではない! 次々と現れる刺客たち! その剣筋や統制された動きは、明らかに素人のものではない……!


 リリアナも、スカートの裾を翻し、懐から取り出した魔導杖を構える。


「【炎よ、我が敵を焼け! フレイムアロー!】」

 彼女の詠唱と共に、数条の炎の矢が刺客たちに襲いかかるが、彼らは巧みにそれを避けるか、あるいは剣で切り払う。


 やはり、ただの賊ではない。


(くそっ! やはり、俺の改革を快く思わない連中が、ついに実力行使に出てきたか! …にしても、勇者が偶なぜ……いや、今は考えるな! 生き延びることだけを考えろ!)

 俺は、【絶対分析】をフル回転させ、敵の動き、スキル、そして可能な限りの情報を読み取ろうとする。だが、多勢に無勢、じりじりと追い詰められていく。


 絶体絶命かと思われた、その時だった。


「うわあああああっ! なんだなんだ!? 俺のステーキはどこだああああっ!?」


 それまで床で「ステーキのお化け……」と震えていた田中樹が、突然、意味不明な絶叫を上げながら、目を白黒させて立ち上がり、なぜか近くにあったインク壺を掴むと、それを力任せに投げつけたのだ!


 インク壺は、狙いも何もないまま放物線を描き、先頭にいた刺客の顔面にクリーンヒット! 目つぶしを食らった刺客は「ぐわっ!」と悲鳴を上げて体勢を崩す。


「「「え?」」」

 俺も、リリアナも、バルカスも、そして他の刺客たちも、一瞬、何が起きたのか理解できずに動きを止めた。


「ひいいいいっ! 助けてくれー! 俺、まだ死にたくねーんだよー! 約束のステーキ食うまではー!」

 樹は、さらにパニック状態に陥り、今度は近くにあったリリアナが大切にしていたアンティークの花瓶を掴むと、それをブーメランのように投げつけた!


 花瓶は、あらぬ方向に飛び、壁に当たって派手な音を立てて砕け散ったが、その破片の一つが、別の刺客の足元に散らばり、男はバランスを崩して大きく体勢を崩した。


(……な、なんだこれ……? 勇者の奇行が……またしても、何かの役に立っている……のか!? いや、役に立っていると言っていいのか、これ!?)

 俺は、信じられない光景を目の当たりにしながらも、この千載一遇の好機を逃すわけにはいかないと判断した。


「バルカス、今だ! リリアナ、援護を!」

 俺の叫び声に、バルカスとリリアナも我に返り、再び戦闘態勢に入る。バルカスの剣が唸りを上げ、リリアナの魔法が的確に敵の動きを封じる。


 田中樹は、その後も「おかーさーん!」「俺、アイドルになるって約束したのにー! こんなところで死ねるかー!」などと意味不明なことを叫びながら部屋中を逃げ回り、その度に偶然にも敵の邪魔をしたり、味方に有利な状況を作り出したりした。


 それはもはや、喜劇と悲劇が入り混じった、奇跡としか言いようのない光景だった。


 やがて、数で勝っていたはずの刺客たちは、俺たちの予想外の連携(と、勇者の予測不能すぎる奇行による混乱)の前に次々と倒れ伏し、あるいは捕縛された。


 執務室には、割れた花瓶の破片と、インクの染みと、そして伸びている刺客たちと、ぜえぜえと肩で息をしながらも「俺って……もしかして、最強……? 今日の俺、マジで神がかってなかった?」と、なぜか得意げな顔で呟いている田中樹が残された。


 俺は、額の汗を拭い、リリアナとバルカスに視線を送る。


 二人とも、多少の傷は負っているものの、命に別状はなさそうだ。


「……どうやら、切り抜けたようだな」


 俺がそう言うと、バルカスが悔しそうに答えた。


「陛下、申し訳ございません! このような賊の侵入を許してしまうとは……! 全て私の監督不行き届きにございます!」


「いや、お前のせいではない。敵は、俺たちが思っていた以上に早く、そして大胆に動いてきたということだ。それよりも……」


 捕らえた刺客たちの所持品を調べ、そして何人かに【絶対分析】を行使した結果、彼らがマーカス辺境伯に雇われた傭兵団の一部であること。


 そしてその中に、レナード騎士団長の私兵であることを示す隠し紋章を持つ者や、騎士団から横流しされたと思われる質の良い武具を装備した者が含まれていることが判明した。


 尋問により、彼らはマーカス辺境伯とレナード騎士団長が共謀し、俺の暗殺を計画したことをついに白状した。


 宰相イデンの名は、幸か不幸か、今のところは出てこなかった。


(マーカス辺境伯、そしてゲルツ騎士団長……。ついに尻尾を掴んだな。もはや躊躇は無用だ。この国の膿を、今こそ出し切る!)

 俺は、怒りと、そしてそれ以上の決意を胸に、バルカスに告げた。

「バルカス、騎士団の粛清を開始する! この襲撃に関わった者、そしてこれまでの腐敗の根源を、徹底的に断ち切るぞ!」


 ロムグール王国は、魔王という外敵だけでなく、国内にも、俺の命を狙うほどの、巨大な闇を抱えていたのだ。

 俺の胃は、もはや限界を突破し、何か新しいステージへと突入したような、そんな鈍い痛みを感じていた。





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