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第百二話:影の犠牲、夜明けへの道

 

「残念だったわね、可愛いネズミさんたち。あなたたちが、必死に罠を仕掛けている間、わたくしは、その外側に、もっと大きな罠を、仕掛けていたのよ」


 四天王フェンリラの、楽しげな嘲笑が、崩壊する古城「グレイヴェン」に、悪夢のように響き渡る。


 ガシャン! ガコン!


 全ての出入り口は、分厚い鉄格子によって閉ざされ、ギシ、ギシギシ……ッ!と、呪詛で強化された石の壁が、四方から、闇滅隊の四人を圧殺せんと迫ってくる。


「くそっ!」

 ファムは、壁に向かって、力任せに短剣を投げつけるが、甲高い音を立てて弾き返されるだけだった。


「ダメだ、ファム! この壁、ただの石じゃない! 呪いで、鋼鉄以上に硬化されている!」

 ハヤテが、自らの霊刃で壁を斬りつけ、その手応えのなさに、絶望的な声を上げた。


「俺の霊刃でも、傷一つ、つけられんとは……!」


「これが……四天王か……」

 その、あまりにも、絶対的な力の差。


 それは、彼らがこれまで経験してきた、どんな死線とも、次元が違っていた。


 天井が、ミシミシと、断末魔のような音を立てて、降下を始める。 


 粉塵が舞い、呼吸すら、ままならない。


 絶望が、冷たい霧のように、四人の心を蝕んでいく。


 万策、尽きたか。


 そう、誰もが思った、その瞬間。


「―――待て!」

 ナシルが、叫んだ。彼は、床に散らばる瓦礫に膝をつき、その手に持つ『真実の鏡』の欠片を一点に見つめていた。


 その鏡面には、おびただしい数の呪詛のルーンが映し出されているが、ただ一点、天井の、古い通気口があったと思われる場所だけ、その輝きが僅かに弱い。


「上だ! あの、古い通気口! そこだけ、魔術的な強度が、他よりも、明らかに低い! あそこを破れば……あるいは!」


 ナシルの、その、最後の希望とも言える発見に、全員の視線が天井へと注がれる。


 だが、その表情は、すぐに、再び絶望に染まった。


 脱出口へ至る道は、既に崩落した瓦礫の山で塞がれ、そして、その天井自体も、今や、手を伸ばせば届くほどの高さまで、迫ってきている。


 もう、時間がない。


「……これまで、か」

 ファムが、奥歯を、ギリリと噛み締めた。


 その、絶望的な沈黙を、破ったのは、シズマだった。


 その瞳には、恐怖も、絶望もない。


 ただ、仲間を救うための、静かな覚悟の光だけが、宿っていた。


「……ハヤテ」

 彼は、短く、自らの相棒の名を呼んだ。


「なんだ、シズマ……?」

 ハヤテは、彼の、あまりにも静かな、その覚悟の意味を、悟ってしまった。


「……やめろ。やめるんだ、シズマ! お前一人に、背負わせるわけには……!」


「ハヤテ」

 シズマは、初めて、穏やかに、微笑んだ。


「お前と、共に戦えて良かった」


 彼は、ファムと、ナシルを見た。

「行け」


 次の瞬間、シズマは、自らの霊刃を、その切っ先を、天へと向けた。


 そして、自らの、生命力そのものを、霊力へと変換する、ヤシマに伝わる究極の禁じ手を発動させた。


「―――秘剣・不動魂柱ふどうこんちゅう!」


 シズマの身体から、凄まじい、青白い光が、迸った。


 彼の身体そのものが、天を突く、巨大な光の柱の『核』となり、降下してくる天井を、その一身に受け止めた!


 そして、通気口部分を貫いて道を作った。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!


 凄まじい轟音と、衝撃。


 光の柱が、ギシギシと、悲鳴を上げる。


 光の柱の中心で、シズマの身体が、その凄まじい霊力に耐えきれず、内側から崩壊していく。


 彼の口から、おびただしい量の血が、最後の生命と共に、噴き出した。


「シズマーーーーーーッ!!」

 ハヤテの、絶叫が響き渡る。


「ハヤテ! 行くぞ!」

 ファムが、涙を流しながらも、その腕を掴んだ。


「シズマの、覚悟を、無駄にする気か!」


 光の柱が、もはや、限界に近いことを示し、激しく、明滅し始める。


 ハヤテは、血の涙を流しながら、それでも、ファムとナシルを庇うように、唯一開かれた、脱出口へと、その身を投じた。


 彼らが、瓦礫の山を駆け上がり、通気口から、外へと転がり出た、まさに、その瞬間。


 シズマの、光の柱が、ふっと、その輝きを、失った。


 後に残されたのは、ハヤテの、慟哭だけだった。

「……う……ああ……あああああああああああああああああっっ!!」


 轟音と共に、古城グレイヴェンは、完全に、内側から崩壊し、ただの、巨大な瓦礫の山と化した。


 その、墓標の下に、仲間を救うために、その命を光に変えた、一人の、寡黙な剣士が眠っている。


 ファムは、ナシルは、そして、ハヤテは、ただ、呆然と、その光景を見つめていた。


 彼らは、生き残った。


 だが、その心には、喜びなど微塵もなかった。

 ただ、仲間を失ったという、あまりにも重い現実だけがのしかかっていた。

 闇滅隊の、最初の「死」だった。

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