第十二話:新体制始動! ~天才、村娘、そして勇者(やっぱりお荷物)~
辺境のフォレス村から「恵みの大地の癒し手」ロザリアを王都に迎えて数日。
国王アレクシオス・フォン・ロムグールの執務室は、かつてないほどの活気――いや、ある種の異様な緊張感と、微かなカオスに包まれていた。
原因は、もちろん新たに俺の直属補佐官となった二人の規格外な逸材と、そして相変わらずの、予測不能な勇者の存在だ。
「――というわけで、王様。我が国の現行税制は、はっきり言ってザルだ。複雑な上に不公平極まりない。特に、ふんぞり返ってる貴族どもや、一部の神殿に対する甘っちょろい税の減免措置は、国家財政を圧迫してる最大のガンだな。」
ポン、ポンと書類をペンで叩く。
「これを抜本的に叩き直し、徴税システムを簡素化・効率化するだけで、数年以内に国庫は今の三倍……いや、俺の計算じゃ五倍以上にはなるぜ。具体的な試算と、連中が文句を言えねえような段階的施行案はここにまとめておいた」
早口で、しかし驚くほど明瞭に説明するのは、元官僚の没落貴族の息子から俺が見出した天才少年、フィンだ。
彼は、俺が与えた「国家再建補佐官(財政・内政担当)」という仰々しい肩書にも(最初は「胡散臭え」と散々毒づいていたものの)今では強い責任感と、そして何よりも知的な挑戦への喜びを感じているようだった。
その類稀なる【数理最適解】と【経済分析】のスキルを駆使し、この数日でロムグール王国の財政の病巣を的確に暴き出し、具体的な再建案を提示してきた。
その内容は、宰相イデンですら「……なるほど。この若さで、これほどの着眼点と具体的な数値を叩き出すとは。末恐ろしい小僧だ」と、珍しく素直な感嘆(と、ほんの少しの警戒)を漏らすほどだった。
「……ああ、見事なもんだな、フィン。君の分析と提案は、まさに的確だ。この計画、すぐにでも実行に移したい」
俺は、心からの称賛と共に頷く。
その隣では、リリアナもフィンの説明に目を丸くし、感嘆の息を漏らしている。
「フィン殿の才能、誠に恐るべきものがございますね、陛下。この計画であれば、必ずや我が国の財政は立ち直りましょう。わたくしも、魔法的な観点から何か支援できることがあれば、協力を惜しみませんわ」
そのリリアナの言葉に、フィンは「へえ、魔法使いのお嬢様か。まあ、計算の邪魔さえしなけりゃ、好きにすればいいんじゃねえの」と、相変わらずの態度だ。
リリアナのこめかみがピクリと動いたのを俺は見逃さなかった。
「ただし、抵抗勢力は多いでしょうな」
静かに口を挟んだのは、バルカスだ。
彼は、騎士団の再編と訓練に明け暮れながらも、フィンのような若き才能の登場を頼もしく思っているようだった。
「特に、税制改革は貴族たちの既得権益を直撃する。彼らが黙って従うとは思えませぬ。下手をすれば、武力に訴えてくる可能性も……」
「ああ、分かっている。だからこそ、慎重に、だが迅速に進める必要がある。宰相とも連携し、反対派の動きは徹底的に封じ込める」
俺がそう答えた時、執務室の扉が遠慮なく開かれ、当の勇者・田中樹が、なぜか泥だらけの姿で飛び込んできた。
その手には、曲がった木剣が握られている。
「おーい、王様! 大変だ! 俺、バルカスのジジイのシゴキで死ぬかと思ったぜ! なんだよあの訓練、勇者様に対する扱いじゃねーだろ! もっとこう、楽して強くなれるアイテムとかねーのかよ!」
樹は、床にへたり込みながら、盛大に文句を垂れる。
どうやら、バルカスによる「基礎体力向上特別メニュー(ただし内容はさらにハードになっている模様)」から逃げ出してきたらしい。
そのあまりの体たらくに、フィンがピクリと眉を動かした。
「……おい、王様。あれが、噂に名高い『勇者様(笑)』かよ? 率直に言って、立ってるだけで国の穀物と予算を無駄に消費してる、歩く自然災害にしか見えねえんだが。まさか、あれがロムグールの最終兵器とか言わねえよな?」
フィンは、遠慮のかけらもない【毒舌】スキルを早速発動させる。
その目は、まるで理解不能な数式でも見るかのように、あるいは道端に転がる石ころでも見るかのように、冷ややかに樹を観察していた。
「おい、なんだよテメー! 俺のこと馬鹿にしてんのか!? 俺は選ばれた勇者イトゥキ・ザ・ブレイブハート様だぞ! お前みたいな、ひょろっとしたモヤシみてえなガキに言われる筋合いはねーんだよ!」
樹は、フィンの言葉にカチンときたのか、泥だらけのまま立ち上がり、ファイティングポーズ(ただし、全く様になっていない)を取る。
「モヤシとは心外だな。少なくとも、あんたよりは頭脳の集積度も、国家への貢献の意思も高いと自負してるが? それに、その見るからに鍛えられていない体と、先ほどから駄々洩れている残念な語彙力で、一体何をどう『戦う』つもりだ? 」
フィンはニヤニヤしながら、勇者をからかう様に見つめる。
「口喧嘩ですら、圧倒的に分が悪そうに見えるぜ。それとも、その頭の上の鳥の巣で、敵の笑いを誘うつもりか? それなら確かに、ある意味『最強』かもしれねえな、別の意味で」
フィンも、全く怯まずに、むしろ楽しむかのように言い返す。
その言葉の一つ一つが、的確に樹の痛いところ(主にプライド)を抉っていく。
樹は「ぐぬぬ……な、なんだとコノヤロー!」と唸りながらも、有効な反論ができず、顔を真っ赤にしている。
(……始まったか。まあ、この二人の相性が良いはずもないわな。フィンは論理と効率の塊、樹は感情と欲望の塊。水と油だ)
俺は、新たな頭痛の種が増えたことを実感しながらも、この新たなカオスを静観する。
もしかしたら、フィンのこの毒舌が、樹に何らかの良い影響を……いや、ないな。絶対にない。
そこへ、タイミング良く(悪く?)リリアナがもう一人の新しい仲間を連れて執務室に戻ってきた。
亜麻色の三つ編みに、そばかすの浮いた素朴な顔立ちの少女、ロザリアだ。
彼女の手には、瑞々しい野菜や薬草が詰まった籠が抱えられている。
彼女は、ここ数日、リリアナと共に王都近郊の試験農場と薬草園の準備に励んでおり、その成果を持ってきたのだろう。
「陛下、失礼いたします。ミレイユ平原の試験農場と、王城の薬草園より、本日収穫できました野菜と薬草をいくつかお持ちいたしました。陛下がおっしゃっていた新しい農法と、わたくしの……その、少しばかりの力で、これだけのものが……」
ロザリアは、少しはにかみながらも、誇らしげに籠の中の、これまでのロムグールでは見たこともないような、大きく、そして色鮮やかな野菜や、芳しい香りを放つ薬草を見せる。
「おお、ロザリア殿! これは見事な……! 短期間でこれほどの成果を上げるとは、さすがだ!」
俺が感嘆の声を上げると、それまでフィンと睨み合っていた樹が、鼻をクンクンさせながらロザリアの籠に吸い寄せられるように近づいてきた。
「お、なんか美味そうな匂い! しかも、見たことねー野菜ばっかじゃん! おい、そこの村娘! それ、俺に寄越せよ! 勇者様への特別献上品ってやつだろ? 俺、腹減ってんだよ!」
そして、あろうことか、ロザリアが大切そうに抱えている籠から、泥のついた手で無造作に瑞々しい野菜を掴み取ろうとしたのだ。
「あっ……!?」
ロザリアが驚いて身を引こうとした瞬間、バシッ!と乾いた音が響いた。
樹の手が、いつの間にか背後に立っていたバルカスの鋼のような手によって、力強く掴み止められていたのだ。
「勇者殿。貴殿は、礼儀というものをどこで学ばれたのかな? まずは、この国の食糧事情を改善しようと、その小さな手で土にまみれ、日々尽力されているロザリア殿に、その無礼を詫びるのが先ではないかな?」
バルカスの声は、静かだが、怒りに満ちていた。その眼光は、かつての騎士団長時代を彷彿とさせる鋭さだ。
「い、痛えじゃねえか、このクソジジイ! なんだよ、ちょっと野菜もらおうとしただけだろ! 勇者なんだから、美味いもんを優先的に食えるのは当然だろーが!」
樹は、手を振り解こうともがくが、バルカスの力には到底敵わない。
フィンは、その一部始終を冷めた目で見つめながら、大きなため息をついた。
「……へっ。あれが噂に名高い『勇者様(笑)』ってやつの正体か。王様、悪いが、この国の未来は、俺の計算よりさらに暗黒かもしれねえぜ。魔王が攻めてくる前に、あの歩く厄災が原因で国が滅びる可能性も、真剣に検討した方がいいんじゃねえか? ったく、王様も人が悪い。よくもまあ、あんなデクノボウを『勇者』なんつって祭り上げて、バルカス殿に面倒見させてるんだからな。お陰でこっちの仕事が増えなきゃいいが。いや、間違いなく増えるな、これは」
その毒舌は、もはや隠す気もないらしい。完全に、心の声が駄々洩れ、いや、もはやアレクシオスとバルカスに対する直接的な嫌味と化していた。
「こ、こら、フィン! 言葉を慎みなさい! ……陛下、申し訳ございません、私の教育が……」
リリアナが慌ててフィンを諌めようとする。
(……ああ、もう、胃が……胃が痛い……。フィンの奴、的確に俺の(そしてバルカスの)痛いところを抉ってくるな……。だが、間違ってはいないのがさらに腹立たしい。そして、俺はフィンに勇者を押し付けたつもりはないんだが、結果的にそう見えているのかもしれんな……)
俺は、このカオスな状況に、もはや笑うしかないような気分だった。
天才的な頭脳を持つが故に誰彼構わず毒舌を吐く少年と、大地を愛し植物を育む奇跡の力を持つが故に人見知りで気弱な村娘、そして、その全ての期待を裏切る形で存在する、マジで役に立たない勇者。
こんなメンバーで、本当に国を立て直し、魔王と戦うことができるのだろうか?
「……まあ、いい」俺は、深いため息と共に言った。
「フィン、ロザリア、そして……樹もだ。改めて紹介しよう。彼らが、これから俺と共に、このロムグール王国を立て直していく、新たな仲間たちだ。……見ての通り、前途は多難だろうが、やるしかない。皆、それぞれの力を、この国のために貸してほしい」
フィンは、「やれやれだぜ」とでも言いたげに肩をすくめながらも、どこか挑戦的な目で俺を見た。
ロザリアは、不安そうに、しかし決意を秘めた瞳で頷いた。
そして、田中樹は……。
「仲間? やったー! これで俺のファンクラブ会員ゲットだぜ! サインは後でな!」
と、全く状況を理解しないまま、一人だけ大喜びしていた。
俺の胃は、もはや限界を超えて、何か別の高みへと達しようとしているのかもしれない。
ロムグール王国の未来は、まさにこの個性豊かすぎる(そして問題児すぎる)仲間たちと共に、波乱万丈の道を、今、確かに歩み始めたのだった。
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