第十一話:「恵みの大地の癒し手」との出会い ~辺境の村に、奇跡の花は咲く~
王都の片隅で若き天才、「閃光の数使い」フィンを新たな補佐官として迎えた俺、アレクシオス・フォン・ロムグールは、休む間もなく次なる一手へと動いていた。
フィンのその類稀なる分析能力と斬新な提案は、ロムグール王国の絶望的な財政状況と、複雑怪奇な税制の改革に、早くも大きな光明をもたらしつつあった。
彼が執務室に籠り、羊皮紙の山と格闘しながら、時折「こんな非効率なシステム、考えた奴の顔が見てみたいぜ。いや、見たら殴るかもしれんが」などと毒づいているのを聞くのは、もはや日常の風景となりつつある。
だが、国を立て直すための課題は山積している。
特に、喫緊の課題である食糧問題の解決は、魔王復活までの短い猶予期間を考えれば、一刻の猶予もならなかった。
ミレイユ平原でのリリアナ主導による試験農場は、ゴードン男爵のような腐敗貴族の陰湿な妨害に遭いながらも、リリアナの魔法と不屈の努力によって、少しずつだが確実に成果を上げ始めていた。
しかし、国全体の食糧事情を好転させるには、まだ時間がかかるし、何よりも「指導者」となる人材が不足していた。
そんな中、俺の脳裏には、フィンと共に【絶対分析】で見つけ出したもう一つの可能性が常にあった。
王都から数日離れた、それも地図にも載っていないような貧しい村で、独自の農法と薬草の知識を活かし、飢饉や病に苦しむ人々を無償で助けているという若い娘の噂。
その名は、ロザリア。
「リリアナ、例の村娘、ロザリアの件だが、改めて詳細な情報を集めてくれ。そして、フィンと同様、私が直接会って話がしたい。バルカス、今回も護衛を頼む」
執務室で、俺はリリアナとバルカスにそう告げた。
フィンは、早速俺が与えた「国内主要産業の生産性向上に関する基礎調査」という名の、彼にとっては腕試しのような仕事に没頭しており、この場にはいない。
「はっ、陛下。ロザリア殿の噂については、既にいくつか追加の情報が。彼女は、代々その村で薬草師を務める家系の末裔のようですが、特に農作物や土壌に関する知識が深く、痩せた土地でも作物を実らせる独自の技術を持っているとか。村人たちからは『恵みの大地の癒し手』と呼ばれ、深く敬愛されているとのことです」
リリアナの報告に、俺の期待はますます高まる。
(農学と薬草学、そして民からの信頼……。まさに、今の我が国が求める人材だ。もし彼女が仲間になってくれれば、食糧問題だけでなく、医療制度の改善にも繋がるやもしれん)
「しかし陛下、またしてもお忍びで辺境へ……。フィンのような若者が相手ならまだしも、今度は年頃の村娘。もし何か間違いでもあれば、陛下の御名に傷が……。それに、陛下が王都を空けられる間の、国内の統治も……」
バルカスが、心底心配そうに眉をひそめる。彼の忠誠心はありがたいが、少々過保護なきらいもある。
「心配は無用だ、バルカス。俺はただ、彼女の知識と力を借りたいだけだ。下心など微塵もない。誠意をもって接すれば、必ずや彼女も心を開いてくれるはずだ。そうでなければ、この俺の目が曇っていたということになる。 国内のことは、宰相と、そして新たに加わったフィンにも一部任せる。彼らの能力を試す良い機会でもあるだろう」
俺は、バルカスを安心させるように(そして自分に言い聞かせるように)言った。
(それに、俺の【人心掌握】スキルは、下心があれば効果が半減するからな。常に誠実であらねば、この先生きのこることはできんのだ、この国では……)
数日後。俺たちは、再び質素な馬車に乗り、ロザリアの住むという村へと向かっていた。
その村は、ミレイユ平原のさらに奥地、森と丘に囲まれた、地図にも載っていないような小さな集落だった。
道中はフィンに会いに行った時以上に険しく、俺の尻は限界を迎えつつあった。
(……この国のインフラ整備、本気で何とかしないと、国内の移動すらままならんな。これでは、物資の流通も、情報の伝達も、全てが滞ってしまう)
そんなことを考えているうちに、俺はいつの間にかうとうとしていたらしい。
「陛下、陛下。まもなく、ロザリア殿の住むフォレス村に到着いたします」
リリアナの声で目を覚ますと、馬車は鬱蒼とした森を抜け、小さな谷間に開けた集落へと差し掛かっていた。
家々は古びて小さく、畑も痩せ細っているように見える。
だが、そんな中で、一際生き生きとした緑に覆われた一角があった。
小さな畑だが、そこだけは豊かな作物が実り、色とりどりの薬草が整然と栽培されている。
そして、その畑の傍らには、亜麻色の三つ編みに、そばかすの浮いた素朴な顔立ちの少女が、腰をかがめて一心不乱に土をいじっていた。あれが、ロザリアだろう。
俺たちが近づくと、少女は顔を上げ、驚いたようにこちらを見た。
その瞳は、澄んでいて、土と緑を愛する者特有の、生命力に満ちた輝きを放っていた。
歳は、リリアナと同じくらいか、もう少し下か。
「あ、あの……旅の方ですか? こんな何もない村に、何かご用でしょうか……?」
ロザリアの声は、少し怯えているようだったが、その口調は優しく、そして丁寧だった。
「突然の訪問、申し訳ない。私はアレクシオス。少し、君の『畑』と『薬草』について、そして、君がこの村の人々を助けているという話について、ぜひ聞きたくて来た者だ」
俺は、できるだけ威圧感を与えないように、穏やかに話しかける。
その瞬間、【絶対分析】が彼女の情報を脳内に展開した。
【名前】ロザリア
【称号】恵みの大地の癒し手(自称:ただの村娘)
【職業】農学者兼薬草師(見習い、ただし才能は超一流)
【ステータス】
** HP:平均的**
** MP:高い(特に自然親和系の魔力)**
** 筋力:低い**
** 耐久力:平均的**
** 素早さ:平均的**
** 知力:A(実践的知識と経験に特化)**
** 幸運:B(才能はあるが、埋もれている)**
【スキル】
** ・【農学百識】:あらゆる植物の育成法、土壌改良、病害虫対策など、農業に関する膨大な知識と実践技術を体系的に有する。未知の作物すら育て上げる可能性を秘める。**
** ・【薬草鑑定(神眼)】:あらゆる薬草の効能、毒性、最適な調合方法などを瞬時に見抜く。希少な薬草の発見率も高い。**
** ・【生命活性(植物限定・奇跡級)】:植物に直接触れることで、その生命力を大幅に活性化させ、成長を促進したり、病害から守ったりする。枯れかけた植物すら蘇らせる奇跡的な力。**
** ・【土壌対話】:土の声を聞き(比喩ではなく、本当に微かな意思を感じ取れる)、その状態や必要な栄養素を正確に把握する。**
** ・【慈愛の心】:生きとし生けるもの全てに対する深い愛情と共感を持つ。動植物からも好かれやすい。**
【総合評価】国の食糧事情と医療事情を根底から覆しうる、大地に愛された奇跡の才能。純粋で心優しく、私利私欲とは無縁。ただし、人見知りで、王侯貴族のような権力者には強い苦手意識を持つ。彼女の心を開くには、真摯な態度と、民を思う心を示すことが不可欠。彼女の知識と力は、金銭や地位では動かせない。
(……ユニークスキル複数持ち、だと!? しかも【生命活性(植物限定・奇跡級)】に【土壌対話】……! これは、とんでもない逸材だ! まさに、我が国が求めていた『恵み』そのものではないか! そして、この純粋さ……。絶対に仲間にしなければ)
俺は、内心で歓喜の声を上げた。
フィンの時も驚いたが、このロザリアという少女もまた、規格外の才能の持ち主だった。
「あの……私の畑に、何か……おかしなところでも……?」
ロザリアは、俺の熱心な(そしておそらく少しギラついた)視線に戸惑いながら、不安そうに尋ねる。
「いや、素晴らしい畑だ、ロザリア殿。そして、君が育てている薬草も、見たことのない珍しいものばかりだ。失礼ながら、少し見せていただいても?」
「あ、はい……どうぞ。大したものではありませんけど……」
ロザリアは、はにかみながらも俺たちを畑へと招き入れてくれた。
そこには、様々な種類の野菜や穀物が、痩せた土地とは思えないほど生き生きと育っており、傍らには多種多様な薬草が丁寧に栽培されていた。
「これは……驚いた。この土地で、これほどの作物を……。何か特別な秘訣でもあるのか?」
バルカスが、長年の経験を持つ武人として、そして一人の生活者として、純粋な驚きの声を上げる。
ロザリアは、少し照れたように頬を掻きながら答えた。
「えっと……土の声を聞いて、その土が欲しがっているものを与えてあげて、それから、お日様の光と、お水の恵みに感謝して、毎日一生懸命お世話してあげると、みんな元気に育ってくれるんです。」
爛漫な笑顔でこちらを見る。
「あと、この子と、この子は、一緒に植えてあげると、お互いに助け合って病気になりにくくなる、とか……おばあちゃんから教わった知恵です」
彼女の言葉は、素朴で、しかしその奥には深い知識と経験、そして何よりも植物への愛情が感じられた。
「その知識と力を、この国のために役立ててはくれないだろうか、ロザリア殿」
俺は、改めて彼女に向き直り、できる限り誠実な態度で、協力を求めた。
ロザリアは、俺の言葉に驚いたように目を見開き、そして困ったように俯いた。
「……わ、私なんかが、お国のためにだなんて……。私は、ただ、この村の人たちが少しでも楽に暮らせるように、おばあちゃんから教わったことをやっているだけで……。それに、私、字もあまり読めないし、王都のお偉い様方の前でお話しするような、難しいことは……」
彼女の声は、か細く、自信なさげだった。
やはり、【絶対分析】の通り、人見知りで、自分に自信がないようだ。権力者への苦手意識も強いのだろう。
「文字の読み書きなど、これから学べばいい。リリアナが喜んで教えてくれるだろう。重要なのは、君が持つその素晴らしい知識と、そして何よりも、その民を思う優しい心だ。」
「ロムグール王国は、今、深刻な食糧不足に喘いでいる。多くの民が、日々の食事にも事欠き、飢えに苦しんでいる。君のその力があれば、きっと多くの民を救うことができるはずだ。どうか、俺に力を貸してほしい」
俺は、彼女の目を見て、真摯に訴えかける。(【人心掌握】スキルよ、俺の言葉に込められた偽りのない想いを、彼女の心に届けてくれ……!)と、内心で強く念じる。
ロザリアは、俺の言葉に、顔を上げてじっと俺の目を見つめてきた。
その澄んだ瞳には、葛藤と、そしてわずかな共感の色が浮かんでいた。
「……本当に……私なんかの力で、たくさんの人を……助けることができるの……ですか?」
「ああ、できると俺は信じている。君のその手は、まさに『恵みの大地の癒し手』そのものだ。俺は、君の力を必要としている。いや、このロムグール王国が、君の力を必要としているんだ。君さえよければ、王都に専用の農場と薬草園を用意し、君の研究と実践を全面的に支援することを約束しよう。そして、そこで得られた知識と作物を、国中の民に分け与えたいのだ」
その時、畑の奥の小さな家から、一人の老婆がゆっくりと姿を現した。おそらく、ロザリアの祖母だろう。
「……ロザリアや。そのお方々は……?なんともまあ、ご立派な身なりのお方たちじゃのう。このような寂れた村まで、一体どのようなご用件で……?」
老婆は、俺と、その後ろに控えるリリアナとバルカスの姿を交互に見比べ、そのただならぬ雰囲気に何かを感じ取ったのか、少し緊張した面持ちで尋ねた。
「ああ、御婦人。突然の訪問、申し訳ない。私はアレクシオスと申す者だ。こちらのロザリア殿の素晴らしい才能の噂を耳にし、ぜひともお力をお借りしたいと、こうして参上した次第」
俺は、できるだけ穏やかに、そして身分を隠したままそう告げた。
老婆は、俺の言葉と、そしてリリアナとバルカスの様子から何かを察したのか、ハッとしたように目を見開き、そして慌てて膝をつこうとした。
「も、もしや……アレクシオス様と仰せられましたか……? まさか、そのような高貴なお方が、このような場所に……。い、いえ、もしや……国王陛下……でいらせられますか……?」
その声は震えていた。
おそらく、俺の名前と、リリアナやバルカスといった明らかにただ者ではない供回りの姿から、俺の正体を推測したのだろう。
辺境の村とはいえ、国王の名くらいは伝わっているのかもしれない。
あるいは、最近の王都での俺の行動が、噂としてここまで届いていた可能性も……。
(先代王や、転生前の俺の悪名が轟いていたせいで、逆に今の俺の行動が目立っている、ということか……? 少し複雑な気分だが、今は好都合かもしれん)
「ああ、ロムグール国王アレクシオスだ。ロザリア殿の類稀なる才能の噂を耳にし、ぜひとも力を借りたいと、こうして直接参上した次第」
俺がそう言うと、老婆はロザリアの手を取り、優しく言った。
「ロザリアや。お前のその力は、この小さな村だけに留めておくには、あまりにも大きすぎるものじゃ。お前のお母さんも、そう願っていたはずじゃよ。」
老婆はロザリアの目を見つめる。
「もし、陛下が本気でお前の力を必要としてくださるのであれば、そして、それが多くの民を救うことに繋がるのであれば……行っておやりなさい。お前なら、きっとできるはずじゃよ。お前のその手は、大地を喜ばせ、命を育む、特別な手なんじゃから」
「……おばあちゃん……うん……うん……!」
ロザリアの瞳から、大粒の涙がいくつも零れ落ちた。そして、彼女は俺に向き直り、深々と頭を下げた。
「……国王陛下。私のような、何も知らない、何の力もない村娘でよろしければ……このロムグール王国のために、そして飢えに苦しむ民のために、私の持てる知識と力の全てを、お貸しいたします……! どうか、私を使ってください!」
その声は、まだ少し震えていたが、そこには確かな決意と、そして誰かを助けたいという純粋な願いが込められていた。
(やった……! これで、農業改革と、そして医療分野にも、大きな希望が見えてきた……! フィンとロザリア……この二人がいれば、きっと……!)
俺は、込み上げてくる感動を抑え、ロザリアの手を優しく取った。
「ありがとう、ロザリア殿。君のその言葉、心から嬉しく思う。共に、この国を豊かな大地へと変えていこうではないか。君の力は、必ずや多くの民を救うだろう」
こうして、辺境の村に埋もれていた「恵みの大地の癒し手」ロザリアは、国王アレクシオスの熱意に応え、王都へと向かうことになった。
彼女のその小さな手が、この疲弊したロムグール王国に、どのような奇跡をもたらすのか。
そして、そんな頼もしい仲間がまた一人増える一方で、俺の胃薬の消費量は、依然として減る気配を見せず、むしろ増加の一途を辿っているような気がしてならないのだった。
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