幕間 :新生騎士団の誓い
王都カドアテメの練兵場に、鋼が打ち合う音と、腹の底から絞り出すような怒声が、夜明け前の冷たい空気と共に響き渡っていた。
「足が止まっている! 剣先が、死んでいるぞ! そのような体たらくで、民の盾になるなどと、百万年早い!」
鬼の形相でそう叫ぶのは、騎士団総司令官に就任した、老獅子バルカス。
彼の前では、俺、マルクを含む、数十名の新兵たちが、泥と汗にまみれ、必死の形相で木剣を振るっていた。
俺は、貧しい鍛冶屋の三男坊だ。
先代王の時代、騎士団といえば、貴族の道楽息子たちが、威張り散らすための場所に過ぎなかった。
昔は、平民から騎士団長になった、俺が憧れる伝説のノア・エルバート様もいたが。今では……。
ともかく平民の俺が、騎士になるなど、夢にも思わなかった。
だが、王様が変わった。
腐敗した騎士たちは追放され、新たに、身分を問わず、国を守る意志のある者を募るという、お触れが出た。
俺は、迷わず志願した。
この国を、自分の手で守れるのなら、と。
ノア・エルバート様ように、なれるかもしれない、と。
しかし、入団した俺たちを待っていたのは、地獄だった。
バルカス総司令官の訓練は、人の限界を、遥かに超えていた。
その右腕である、副団長のライアス様もまた、氷のように冷たい視線で、俺たちの、ほんの僅かな動きの乱れも見逃さない。
「構えが、高い。その角度では、オークの一撃で、盾ごと、腕を持っていかれるぞ」
ライアス様は、俺の隣でへばっていた同期の腕を取り、的確にその角度を修正する。
その、一切の無駄がない、洗練された動きに、俺は、ただ畏敬の念を抱くしかなかった。
きつい。
苦しい。
何度も、全てを投げ出して、逃げ出したいと思った。
だが、俺たちは、誰一人として、逃げ出さなかった。
なぜなら、俺たちは、知っているからだ。
この地獄のような訓練の先にしか、本物の「騎士」への道は、ないと。
その日の昼下がり。
束の間の休息を与えられた俺たちは、水場で、貪るように水を飲みながら、噂話をしていた。
「おい、見たか? 練兵場の、奥の方」
同期の一人が、声を潜めて、言う。
俺たちが、その方向へ視線を向けると、そこには、信じられない光景が広がっていた。
我らが「聖勇者」イトゥキ様が、あの、鬼のように厳しいバルカス総司令官と、一対一で、打ち込み稽古をなさっているのだ。
イトゥキ様の動きは、正直、俺たち新兵の目から見ても、お世辞にも、上手いとは言えなかった。
だが、その姿は、俺たちの心を、強く、強く、揺さぶった。
「……勇者様ですら、あれほどの……」
イトゥキ様は、何度もバルカス総司令官に打ち据えられ、泥の上に倒れ込む。
だが、その度に、彼は、歯を食いしばり、悪態をつきながらも、必ず立ち上がるのだ。
「総司令官も、勇者様が相手だと、俺たちの時とは、比べものにならんほど、厳しいな」
「当たり前だ。あの方こそ、魔王と戦う、我らの希望なのだからな」
「……俺たちも、負けてはいられないな」
俺たちの目には、ただ、来るべき決戦の日に備え、誰よりも、必死に自らを鍛え上げる、一人の偉大な英雄の姿だけが映っていた。
その日の夕刻。
訓練を終えた俺たちの前に、ライアス副団長が、静かに立った。
「―――これより、最初の任地への、配属を発表する」
その、凛とした声に、俺たちの背筋が、伸びる。
「……マルク」
俺の、名が呼ばれた。
「貴様を含む、ここにいる二十名は、北方防衛隊への配属を命ずる。明朝、夜明けと共に、エルヴァン要塞へと、出発せよ」
エルヴァン要塞。
魔王軍と対峙する、最前線。最も過酷で、そして、最も、名誉ある任地。
俺は、込み上げてくる恐怖と、そして、それ以上の誇らしさに、唇を強く噛み締めた。
そして、遥か北、竜哭山脈があるであろう、その空を見上げた。
この剣で、俺は、この国を、王様を、そして、あの、不屈の勇者様を、お守りするのだ。
そして、あの英雄、ノア・エルバート様のようになるのだ。
新生ロムグール騎士団の一員として、その、最初の誓いを、俺は、静かに、しかし、熱く、胸に刻んだ。




