第十話:「閃光の数使い」との出会い ~王都の片隅に、失意の天才はいた~
先の騒動と分析を経て、俺は、貴族たちの体たらくに絶望しかけながらも、【絶対分析】を駆使し王都の記録を洗い出し、二人の有望な人物の情報を掴んでいた。
一つは、王国の税制の欠陥を鋭く指摘し、具体的な改善案を提示した匿名の投書の主。
もう一つは、独自の農法と薬草の知識で貧しい村を支えていると噂される若い娘。
俺は、リリアナに、この二人との極秘裏の面会手配を命じていたのである。
「陛下、例の投書の件ですが……」
数日後、国王執務室に現れたリリアナは、やや疲れた表情ながらも、その瞳には確かな手応えを感じているかのような光を宿していた。
「筆跡鑑定と、投書の内容に見られる特有の言い回し、そして使用されているインクの種類などから、王都の印刷ギルドに出入りしている特定の写字生、あるいはその周辺の者である可能性が高いと推察されます。」
リリアナは、おそらく……と続けた。
「その名はフィンと申しまして……実は、元は官僚を務めていた下級貴族の家系のようです。しかし、数年前に父親が何らかの政争に巻き込まれて失脚し、家は没落。現在は王都の旧市街、いわゆる落ちぶれた者たちが住まう地区で、日雇いの仕事で糊口をしのいでいる、と」
リリアナの報告に、俺は眉をひそめた。
(元官僚の、落ちぶれた貴族の息子……か。父親が政争で失脚。なるほど、あれほどの才能がありながら、なぜ匿名の投書という形を取り、そして世を拗ねたような態度を取るのか、その背景が見えてきたな。既存の権威への不信感は、相当根深いだろう)
「構わん。リリアナ、そのフィンという青年に、私が直接会う。お忍びで、最小限の供回りで向かう。バルカスにも護衛を頼んでくれ。君もだ、リリアナ」
「陛下、しかし、そのような場所へ陛下自らが……」
リリアナが、案の定、心配そうな顔をする。
「危険を冒してでも、得る価値のある人材だと、俺は判断している。そして、彼の心を開くには、俺自身が誠意を見せる必要があるだろう。城に呼びつけるだけでは、彼は警戒を解くまい」
俺の決意の固さを感じ取ったのか、リリアナは静かに頷いた。
「……かしこまりました。最大限の注意を払い、手配いたします」
そして数日後。
俺は、リリアナと、護衛としてバルカスを伴い、質素な平服に着替え、お忍びで王都の旧市街へと足を運んだ。
そこは、華やかな表通りとは裏腹に、建ち並ぶ家々は古びて傾きかけ、道行く人々の顔にも疲労と諦めの色が濃い。
しかし、その中にも必死に生きる人々の逞しさも感じられた。
案内されたのは、その中でも特に古びた長屋の一室だった。
扉を叩くと、中から警戒するような、そしてどこか投げやりな若い男の声が聞こえた。
「……誰だ? また役所の連中か? もう差し押さえるもんなんて何もねえって言ってんだろ! 親父の残したガラクタくらいしかねえぞ!」
その声には、権力に対する明確な敵意と、諦めが滲んでいた。
「いや、役所の者ではない。少し、君に話があって来た者だ。扉を開けてはもらえんだろうか」
俺が、できるだけ穏やかな声で言うと、しばしの沈黙の後、ギィ、と音を立てて扉がわずかに開いた。
隙間から、鋭い、しかしその奥に深い疲労と不信を宿した瞳がこちらを覗いている。
「……何の用だ? 見ての通り、うちは没落貴族の住処だ。金目のもんなんてとっくに役人に持っていかれた。施しなら他を当たってくれ」
声の主――フィンであろう青年は、俺たちの身なりがただの訪問者ではないことを見て取り、警戒を解くどころか、さらにその色を濃くした。
痩せてはいるが、その背筋は妙に真っ直ぐで、瞳の奥には知性の光が宿っている。
年の頃は十七、八か。
「金品が目当てではない。君の『知識』と『才能』に用があるのだ。……フィン君、だったかな?」
俺がそう言うと、青年の目が驚きに見開かれた。
「な……なんで俺の名前を……あんたたち、一体……役所の回し者か何かか?」
彼の声に、明らかな動揺と、そして父親を貶めた「権威」への反発心が再び顔を出す。
「まあ、立ち話もなんだ。少し、中に入れてはもらえんだろうか。君が以前、目安箱に投じたという、あの『ロムグール王国税制改革に関する意見書』について、ぜひ直接話が聞きたい。素晴らしい内容だった」
俺の言葉に、フィンの顔色が一変した。
驚きと、警戒と、そしてほんのわずかな好奇心がないまぜになったような複雑な表情。
彼は、しばらく俺たちの顔をじろじろと見比べていたが、やがて自嘲するような笑みを浮かべ、扉を大きく開けた。
「……意見書、ね。どうせ、誰にも読まれず捨てられたか、物笑いの種にでもなってると思ってたぜ。まあ、いいや、入りなよ。ただし、本当に何もないからな。埃っぽいし、親父の遺した古臭い本ばっかりだ」
その口調はぶっきらぼうだが、どこか彼の知性が感じられた。
通された部屋は、狭く、薄暗く、そして壁一面にびっしりと計算式や図表のようなものが書き殴られた紙が所狭しと貼られていた。
床にも、読みかけの古びた本や、インクの染みがついた羊皮紙の束が散乱している。
貧しいながらも、彼の知的好奇心の旺盛さと、類稀なる探究心が窺える空間だった。
そして、その中に、わずかにだが上質そうな、しかし今は色褪せた調度品がいくつか置かれているのが、彼が元は貴族であったことを物語っていた。
(これは……すごいな。正規の教育も受けずに、独学でここまで……。そして、この環境……父親の失脚が、彼をここまで追い詰めたのか)
俺は内心で舌を巻くと同時に、強い憤りも感じた。これほどの才能が、なぜ埋もれなければならなかったのか。【絶対分析】が、彼のステータスとスキル情報を脳内に展開する。
【名前】フィン
【称号】閃光の数使い(自称:路地裏の計算鬼、没落貴族の忘れ形見)
【職業】なし(元・日雇い写字生)
【ステータス】
** HP:低い**
** MP:平均以下**
** 筋力:極めて低い**
** 耐久力:低い**
** 素早さ:平均的**
** 知力:SSS(測定限界突破の可能性あり)**
** 幸運:E(才能に恵まれるも、権力闘争の犠牲となり不遇)**
【スキル】
** ・【数理最適解】:あらゆる事象に対し、膨大な計算と論理的思考により、最短かつ最も効率的な解決策を導き出す。**
** ・【パターン解析(超高速)】:複雑な情報の中から法則性や傾向を瞬時に見抜き、未来予測や危機回避に応用する。**
** ・【経済分析(天才級)】:国家レベルの経済動向から個人の懐事情まで、金の流れを正確に把握し、分析する。**
** ・【高速思考】:常人の数倍の速度で思考を展開する。**
** ・【痛烈な皮肉】:相手の欺瞞や矛盾を、鋭い言葉で容赦なく暴き立てる(ただし、本人にとっては単なる事実の指摘)。**
【総合評価】王国の財政と内政を根底から変革しうる、磨かれていない超弩級のダイヤモンドの原石。ただし、父親の失脚による人間不信と既存権力への強い反発心を持つため、心を開かせるには絶対的な誠意と、彼自身が変革を主導できるという確信が必要。
(……知力SSS、ユニークスキル持ち。そして、この背景……。やはり、俺が求めていた人材だ。だが、この捻くれ具合は相当なものらしいな……。まあ、前世で理不尽な上司や取引先に比べれば、まだマシか)
俺は、その情報を胸に刻み込み、部屋の唯一の椅子(足が一本短く、座ると微妙に傾く)に勧められるまま腰を下ろし、リリアナとバルカスは俺の後ろに控えた。
フィンは、腕を組み、壁に寄りかかったまま、値踏みするような、それでいてどこか諦めたような目で俺たちを見ている。
「さて、フィン君。まずは、あの意見書、見事だったと言っておこう。現在のロムグール王国の税制の矛盾点、そして新たな財源確保のための具体的な提案……そのどれもが、王城にいる頭の固い貴族や官僚どもでは到底思いつくことのない、実に鋭い視点からのものだった。特に、貴族への課税強化と、新たな産業振興による税収増のアイデアは、俺も感心させられた」
俺がそう切り出すと、フィンは鼻で笑った。
「……ふん。どうせ、あんたたちみたいな『お上』の人間には、俺みたいな落ちぶれた貴族のガキの戯言にしか聞こえねえんだろ? 親父もそうだった。正しいことを言っても、結局は権力に潰される。それがこの国のやり方だ。その意見書だって、どうせ誰にも読まれずにゴミ箱行きだと思ってたぜ」
その言葉には、彼の父親が辿ったであろう運命への深い絶望と、そして既存の権威に対する痛烈な不信感が込められていた。
「いや、ゴミ箱行きにはなっていない。俺が直接読んだ。そして、その内容に衝撃を受けた。だからこそ、こうして君に会いに来たのだ」俺は、真っ直ぐにフィンの目を見て言った。
「ロムグール王国は、今、大きな危機に瀕している。このままでは、国は滅びるだろう。それを立て直すには、君のような若い、そして既成概念に囚われない、本物の才能が必要なのだ」
【人心掌握】スキルが、俺の言葉に込められた誠実な想いを、彼の心の奥底に届けようとしているのを感じる。
フィンは、俺の言葉に、一瞬だけ目を見開いたが、すぐにいつもの皮肉な表情に戻った。
「……へえ。あんたみたいな、それなりに身なりのいいお偉方が、こんな掃き溜めみたいな場所にいる、父親の七光りすら失ったガキに頭を下げに来るたぁ、よっぽど人がいないし、切羽詰まってるんだろうな、あんたの雇い主も、そしてこの国も。それとも、何か裏があるのか? 俺を利用して、うまい汁でも吸おうって魂胆か? 親父みたいに、都合が悪くなったら切り捨てるつもりなんだろ?」
彼の疑念は、あまりにも深く、そして痛々しいほどだった。
「裏も表もない。ただ、この国を救いたい。それだけだ。そして、そのためには君の力が必要だ。君の意見書に書かれていた税制改革案、あれを具体的に進めるための権限と、必要な人員、そして予算を……」
一呼吸置いた。
「俺が――ロムグール国王アレクシオス・フォン・ロムグールが――約束しよう。 もちろん、君には、俺の直属の補佐官として、その改革の指揮を執ってもらうことになるが。どうだろうか、フィン君。君のその類稀なる頭脳を、この国の未来のために貸してはくれまいか?」
俺が、自らの身分を明かした瞬間、フィンの顔からサッと血の気が引いた。
そして、信じられないという表情で、俺の顔と、その後ろに控えるリリアナとバルカスの顔を交互に見やる。
リリアナは静かに頷き、バルカスは厳粛な表情で立っている。
それが、何よりの証拠だった。
フィンの目が、大きく見開かれた。その瞳の奥に、これまで彼が必死に隠してきたであろう、強い強い光が灯るのが見えた。
それは、知的な挑戦への渇望であり、そして、自らの才能を、そして父親が信じたであろう理想を、今度こそ正当に評価され、実現できるかもしれないという、抑えきれない希望の光だった。
【絶対分析】が、彼の激しく揺れ動く内心を映し出す。
(……こいつ、本気か……? 国王自らが、こんな俺に……? 税制改革……俺の考えた、あの計画を、本当に実行できるっていうのか……? もし、もしそれが本当なら……この腐った国を、このどうしようもない社会を、俺の力で、ほんの少しでも変えられるっていうのか……? ……だが、信じていいのか? どうせまた、裏切られるんじゃ……!)
彼の心は、希望と、そして長年培ってきた人間不信との間で、激しく揺れ動いていた。
「……俺みたいな貧民街育ちの、学もないガキに、本当にそんな大役が務まると思ってんのかよ? あんた……陛下は、正気か? それとも、ただの世間知らずのお坊ちゃんか?」
フィンの声には、まだわずかな疑念と、そしてそれ以上の、かすかな期待が混じっていた。
「世間知らずのお坊ちゃんだったのは、以前の俺だ。だが、今の俺は違う。そして、君が『学がない』とか『身分が低い』とか、そんなことは一切関係ない。俺が必要としているのは、君のその頭脳と、そして国を良くしたいという熱意だ。」
「俺は、君の意見書から、その両方を確かに感じ取った。だからこそ、こうして直接会いに来たのだ。……フィン君、俺と共に、この腐った国を変えてはくれないか? 君の力を、必要としている人間が、ここにいる。そして、君の父親が成し遂げられなかった理想を、今度こそ実現するチャンスが、ここにある」
俺は、再び彼に手を差し伸べる。
その目には、嘘偽りのない誠意と、そして彼への絶対的な信頼を込めて。
フィンは、しばらくの間、俺の顔と、そして俺の後ろに控えるリリアナとバルカスの顔を交互に見比べていた。
リリアナは、優しく、しかし力強い眼差しを彼に向けている。
バルカスは、腕を組み、厳格な表情ながらも、どこか彼の覚悟を試すような、それでいて期待するような視線を送っている。
やがて、フィンはふっと長い息を吐くと、それまでの刺々しい表情を少しだけ緩め、そして、悪戯っぽく、それでいてどこか吹っ切れたような、しかしその奥に確かな覚悟を秘めた笑みを浮かべた。
「……まあ、いいぜ。どうせこのままここで計算だけしてても、世界は変わらねえしな。国王陛下のその道楽だか本気だかわからん話に、いっちょ乗ってやるよ。ただし、俺のやり方にくだらねえ横槍は入れるなよ? それと、報酬はきっちり弾んでもらうからな。貧乏暮らしはもう真っ平なんでね! あと、美味い飯と、新しい計算用の羊皮紙とインクも毎日支給しろよな!」
その言葉は、まだどこか斜に構えてはいたが、その瞳には、確かな決意と、そして新たな人生への、ほんの少しの、しかし燃えるような期待が輝いていた。
(よし……! やったぞ! これで、ロムグール王国再建のための、最初の、そして最も重要な歯車が、一つ噛み合った……! まさに、「閃光の数使い」……その名にふさわしい、とんでもない逸材だ!)
俺は、込み上げてくる喜びを抑え、フィンに力強く頷いた。
「ああ、約束しよう。君の才能に見合うだけの報酬と、そして君が思う存分腕を振るえるだけの環境を。そして、美味い飯も、最高の羊皮紙とインクもな。ようこそ、フィン。これからは、俺の右腕として、いや、共にロムグールを背負う仲間として、この国の未来を共に描いていこう」
こうして、王都の片隅に埋もれ、既存の権威に絶望していた若き天才、「閃光の数使い」フィンは、国王アレクシオスの補佐官として、歴史の表舞台へと駆け上がることになる。
彼の加入が、この傾きかけたロムグール王国に、どのような変化をもたらすのか。それはまだ、誰にも分からない。
だが、俺の胃痛の種が、また一つ、しかし今回は非常に頼もしい形で増えたことだけは、残念ながら(いや、喜ぶべきか?)確実だった。
毎日更新していきます。
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