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2話.邂逅(下)

 

 私の住む屋敷はクォンティの中心部にある町テモールの北部に位置し、近くには私達以外の貴族の家がポツポツと並んでいる。

それらは大小様々で、造りはいくつかのパターンが決まっているかのように建築されている。

前に用があり家を出た時に、お父様に聞いたら当主の血筋によって変わっていると言っていた。

私はちんぷんかんぷんだったが、どれくらいの大きさにするかも家の力が関係しているらしく、好きに建てられると言うわけではない、とも言ってた。大人の世界は大変そうだ。

屋敷の前には町を南北に縦断する道が続いていて、その通りには騎士団の詰所や町を管理する役場があり、南部の市街地へと続いている。

騎士団の人たちは普段、私たちの住む地域に南部の方から不審な人が立ち入るのを防いでくれたり、揉め事の鎮静や事件があった時に仲介に入ったりするようだ。会ったことも無いけれど、大変だし尊敬できる仕事だ。

 そんな場所にある私の住まいは五階建ての屋敷で、二階からは使用人たちの住む別館へと渡り廊下が続いている。

 

「で、ここが三階。今、この階は私や私の兄妹が使っているわ。さっきあなたとぶつかった所が私の部屋で、その両隣が私の姉妹が使っている部屋ね」

「そうなんだね。今は、ってことは以前は誰か使っていたの?」

「そうね、私の生まれる前くらいに叔父が住んでいて、この階の部屋を使っていたそうよ。私は会ったこと無いけれど」

 姉の愚痴や普段の生活についての世間話をしながら、五階から順にその階の説明を済ませ再び三階へと戻ってきた。

 

「どうしたの?そこは私の部屋よ。この階は私たちの寝室くらいしかないわ。さっさと下の階に行きましょう」

「…そうだね、続きもよろしく!下には何があるのかな?」

 

 ファルステルが扉の前で立ち止まりこちらを見ていたので、彼女を急かして下の階へと進んでいく。

上の階の説明に時間をかけすぎてしまった。私たちがいなくても問題は無いと思うけど、あんまり遅くなって心配をかけるのもよろしくはない。


「この階には浴場、演習場、図書館、娯楽室があるわ。その他にも会議室や居間とかの部屋と別館への渡り廊下もあるわね。

で、ここがその娯楽室。普段は暇な時にメイドやクリスと遊んだりしてるわ」

 部屋の中には盤上ゲームや、ハープなどの楽器が置いてある。今は遊ぶ時間がないのでそのままその場を後にした。

それにしても、普段は各階に使用人が居るはずなのだが先程から誰も見かけない。どうやら、来客に合わせてその殆どが一階に集まっているようだ。


「あそこが図書室かな?」

「そうね、私はあまり使わないけど個人のものにしては割と数が多いそうよ!前にお父様が自慢げに話していたわ」

「そうなんだー、それは気になるね。見に行ってみてもいい?」

「別に良いけど…。本を読む時間はないわよ?」

「うん、いいの。本のタイトルがどれだけのものか実際に確かめてみたいだけだからねー」


 そう言うので、図書室へ向かう。

「それにしても、大きな屋敷だね」

「そうかしら?ファルスのところも大きいって話じゃなかった?」

「大きいけど、僕のは周りと比べたらってとこだし、君の程じゃないよ」


 ファルステルの言葉にふぅんと思っていると、廊下の突き当たりに着いた。

「ここが図書館ね、鍵は…かかってないわね、中も見ていく?」

「もちろん、すぐに済ませるから大丈夫!」


 ファルステルが私の手を取り中へと進んでいく。

彼女から伝わる熱を感じながら、ふと、親族やメイド以外の人と初めて手を繋いだことに気がついた。


「そ、それでうちの図書室の規模感は分かったかしら?」

「うん…確かにここまでの量は中々お目にはかかれないかもね。君のお父様が自慢するのも頷けるよ。あっちの方も見て良いかな?」

「あ、そっちは立ち入るなと使用人たちが」

「大丈夫大丈夫、少しだけだから。それに今は誰もいないからさ、バレるわけないって」

「うぅん…、まぁ、じゃあ少しだけよ」


 私も入ったことのない、1番奥にある本棚の陰になっているところへ向かっていく。

久しぶりやってはいけないと止められていることをする感覚に少しドキドキする。

そして、その場所に着くとファルステルが何事か呟いた。


「なぁに?なんて言ったの?」

「いや、何でもないよ。それより見てみてよ!」


本来、暗幕がかかっていたところがファルステルがたくし上げる事により顕になっていた。暗幕の端には魔法跡が残っていた。うっかりと見ることの無いようにされていたようで、益々ハラハラとする。

暗くてやや見辛いが近づいて見てみると、そこには


「人・魔人・獣間・魔物解体要綱…?」

「そうだね、どうやらここには解剖図とかの本や効果的な拷問の方法論とかの本がまとめられているみたいだね。そりゃあ娘には見せないわけだよ」


 何か本当に目にしては行けないものを見てしまったような気がして、先程とは違った理由で心臓が早鐘を打つ。

 

「それに、こっちもみてごらん。」


 ファルステルが更に幕を上げてゆき、奥の方も見える。


「淫奔メイドとその主…って何よこれ!」

「どうやら、ここには発禁の書籍を置いているようだね。僕の屋敷の図書室もこう言う場所があってねー、まさか君のところもそうだとはね。

何で男の人ってこんなところに置いておいてバレないと思っちゃうんだろ?」


過激な表紙を目にして、更に心臓が音を立てて鳴る。耳が熱い、背中に汗が伝う。


「君も薄々気づいていて、僕をここへ連れて来たんじゃ無いの?」

「そ、そんなわけない。そもそもここまで来たのは私じゃなくてあなたじゃない!」

「またまたぁ、言い訳なんて見苦しいよ王女様。でも君もこの本棚、気になってたんじゃない?

それに、僕とこうしたいからメイドも外させたんだろ?」


ファルステルが距離を詰めてきて耳元で囁く。透き通るような彼女の翠色の瞳に吸い込まれるような錯覚。

堪らず距離を取ろうとするが、部屋の奥まったところにあることもあり、大した空間もなくすぐ後ろの壁へぶつかってしまう。ファルステルの手が私の頬を撫でる。


「緊張してるの?凄い心臓の音」

「ちょっと、ファルス、くすぐったいわ!」


 ドレスの間から手を差し込まれ、彼女の暖かい手が私の胸に当たる。その優しい手に安心感を覚える。


「ふざけてる場合じゃないわ、お父様たちを待たせているもの。そろそろ行きましょう」


 そう言うとその手が臍を伝い、太腿へと移動し…。


「っ、良い加減にしなさい!気安く触っちゃダメな所よ。前にヨゥチィが言ってたわ」


 不快に思ったら遠慮せず殴っても良い場所ともね。

ドゴンと音を立てて天井に張り付いたファルステルが落ちてくる。衝撃で窓辺にいた鳥が羽ばたいていった。

不様ね。お腹を抑え床に這いつくばる姿がクリスと重なる。

そういえば、最近あの子を本気で殴ることないわね。


「…が…ぐ、しで…」

「ん?」

「…な…おしで…」


 どうやら治してほしい様だ。人にセクハラしておいて図々しいが、放っておいて死なれても困るので治療してやる。


「痛いじゃないか、何するんだ!」

「あなたが先に嫌なことをしたのよ、当然の報いだわ」

「そんなぁ。僕の館にいる子たちはそのまま大人しく身体を委ねてくれるんだけどなー」

「もういいわ、そんな話不快よ。口にしないで。下らないことしてないで、行くわよ」

「ゆっくり行ってくれよー、まだ完全に治ってないんだからさ」


 当たり前じゃない、背骨を折るつもりで殴りつけたんだから。完治させるつもりで治してもいないし。

後ろで文句を言う声を無視し図書室を出て一階へ降りてゆく。





 …………


「…それでここが応接間ね。他にも画廊や地下室もあるらしいけど、私の立ち入りは許可されてないわ。頼まれてもあなたと行くことは一生ないでしょうけど」

「手厳しいなぁ。そんな目の敵にしなくてもいいのに」

「別にしてないわ。遠慮しなくなっただけ。必要かしら?」

「いらないよ、そっちの方が話しやすいしね」


 にひひと人好きのする笑顔でこちらに返事をする。先程とは別人物の様だ。長い事生活してると絆される子も居そうね。


「?、どうかした?」

「何でも無いわ。ところで、あなたのお父様はこの部屋に来られてるそうよ」

「えぇー、聞いてないよ。まだ出来ないよ、心の準備」

「知った事じゃ無いわね…。

失礼しますお父様、私です、タキセルです」


 身だしなみを整え、こんこんとノックして返事を待ってから扉を開ける。




「もうひと樽持ってこんかーい!」

「私のセラーから、お酒をありったけ持ってきてくらさひ」

 扉を開けると真っ赤になったお父様と、屈強で強面の男の人が向かい合ってお酒を乞うていた。

床には空になった樽やら瓶やらがまばらに散乱しており、部屋もお酒の匂いが充満していた。

お兄様とファルステルに良く似た優男が困り果てた顔をして、使用人と話をしている。


「何ですかこの惨状は」

「来てくれたか、タキセル。僕がついていながら申し訳ない。おっと、そちらの方がファルステル様かな?…

初めまして、私はカリチュア家の第一王子、ブラスティン・カリチュアです。そして、こちらの方がステイル・ビルシルク殿だよ」


 お兄様が居住まいを直し、私の隣に居るファルステルに挨拶をし、ファルステルのお兄さんを紹介をしてくれた。

その後、私がファルステルと屋敷を歩き回っていた時に応接間で起きていたことの詳細を話してくれた。

お兄様によると、ファルステルが逃げ出して見つからないと騒ぎになりかけたものの、丁度ヨゥチィの無事保護されたとの報告を受け、つつがなく懇談は進みメルファの紹介も済んだようだ。

しかしながら、その後で娘が中々帰ってこないものだからと、間を持たすためにペングドロ氏がお持ちしたラムシルの特産品である醸造酒を振舞われたそうで、美味い遅いと飲みすぎてしまい、この有様となってしまったとの事だ。


「そこで、ここまで泥酔していては仕方がないので、うちの屋敷に泊まって貰うことにしたよ」

「そうした方が良いわね、お父様がここまで酔われてるのは久しぶりに見たわ」


 後ろでステイルさんが申し訳なさそうに佇んでいる。こればかりはどうしようもない。ゆっくり滞在してもらおう。

そこで、ふと見慣れた顔が見当たらないことに気がつく。


「ところで、クリスはどこにいるの?」

「多分外の演習場じゃないかな?母様がメルファを部屋に寝かしつけに行く時に、ロリスを連れて一緒に出て行ったよ。

タキセルもそろそろ訓練の時間だから、行ってくるといいい。ここは私たちに任せてくれて構わないよ」


相変わらずあの子はこの手の面倒事を回避するのが上手だ。

「ありがとう、お兄様。

 ……ついでにファルステル様も訓練に参加してはどうかしら?」

「えぇ!僕もかい?ありがたいお誘いだけど、僕はそう言った鍛錬は辞退させて頂こうかな…」

「遠慮しないでよろしいのですよ?では、行きましょうか、私が直々に鍛えて差し上げますから」

「ひっ。せ、せめてお手柔らかに頼むよ…。

ほら、僕ってお淑やかに育てられてきたからさ、あんまそういうのに慣れてないっていうか」

「それではお先に失礼させていただきます、皆様方」


 その長白い腕を逃げることの無いようしっかりと掴み、一礼してから部屋を後にする。






 結論から言うと、ファルステルはそれなりに戦えたし魔法も使えた。

あの後、演習場にある椅子に座り込み空を眺めていたクリスと合流し、妙にやる気のあった彼女と3人で訓練を始めた。

ファルステルは嫌がっていた割には基本的な型は覚えていたし、俊敏性を生かした立ち回りも中々様になっていた。

クリスもいつもは程々に止めるのだが、今日はファルステルから一本いい当たりを奪うまで集中して取り組めていた。


 その後、来客と風呂に入るなんて失礼だと言うクリスが3人一緒に入りたがるファルステルと少々口論になったものの、その他には特に問題なくいつも通り1日が過ぎていった。




 そして、

「昨日はごめんねー」

「何よ今更藪から棒に、別に毛程も気にしてないわ。ただ、嫌がる子もいるでしょうから気をつけることね」

「断る子も僕をあんな目に合わせた子も君が初めてだったけどね…。次からは十分見定めてから手を出すことにするよ」

「良くも恥ずかしげもなくそんな事が言えたものね」

「次会う時にはもっと良い女になってから来る、その時はきっと君の方から僕に靡いてくれる筈だよ」


 と、済ました顔で平然と宣う。

「その時には貴女、ミンチになってるに違いないわ。昨日の訓練も良く耐え抜いたものよ、私も鍛え方が足りなかったのかしらね」


 私も叩き斬るつもりで殴ったのだけれど、とクリスがボソリと呟く。

「ま、まぁとにかくいい経験になったよ。そうならない様に僕ももう少しまともに修練するとするかなー。」

「楽しみにしてるわ。私も何だかんだこの2日間楽しかったわ!また会いましょう」

「私はどちらでも良いのだけれど。この屋敷に来た時は歓待すると約束するわ」

 

 3人で握手をし、別れを告げる。再び巡り合う事を願って。


「では、本当にお世話になりました。カリチュア家に一層の感謝を」

「お嬢ちゃん達、碌に挨拶もせんですまんなぁ。君のお父上と飲む酒が余りに上手くてな、ついつい飲み過ぎてしまったわ!

 娘とも仲良くしてもらったようでな、本当にありがとう!悪いようにはせんから、お嬢ちゃん達も機会があればうちの屋敷に立ち寄るといい!それではな!」


 ガッハッハと豪快に笑い、偉丈夫が家臣を引き連れ馬車に乗り込み去っていく。

強そうな人だ、話しているだけでも圧力を感じるようだった。あの人にも訓練に参加して貰いたかったな。

私がビルシルク家に行くことがあれば、彼に稽古をつけてもらおう。悪いようにしないと言っていたし、それくらいは大丈夫だろう。


そう決心し、いつもの日常へと戻っていった。





 

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