2話.邂逅(上)
子が生まれてからおよそ半年の月日が経った。
結局あの後、生まれたのが弟だったと分かり遅れてヨゥチィらが来るまで、目を覚ましたロリスと手を取り合って喜んだのであった。
弟はメルファと名付けられ、騒ぎを聞きつけて集まった私達の家族が抱き上げて回った頃には涙に濡れた様相から一変して、ぽかんとした顔をして周囲の人の顔を見回し、大人しくなりやがて眠りについた。
それからと言うものの、私はヨゥチィとの一件もあり自分の身の振り方を気にするようにはなった。
扉を開けたりだとか、食事のマナーや、廊下を移動する時など意識して直せるところでは出来るだけ淑やかに振る舞うようにはしている。
しかしながら、元来の性格というものは直し難く咄嗟の行動や、楽しそうなモノを目の前にしてしまうと自分の内なる衝動を抑えられないでいる。
でも、ヨゥチィも一度に成長することは出来ないと言っていたし、昨日の自分を少しでも超えられていればいいんじゃないか、最近はそう考えて生活している。
ロリスも弟が生まれた影響か、周りの大人たちに甘える頻度が減ったように感じる。
偶に、昔に戻ったようにワガママを言う日もあるが、基本的には以前より自分勝手ではなくなったようだ。
「何をボーっとしているのよ、呑気にしていないで食べ終わったらさっさと行くわよ」
朝食のハムエッグとライ麦パンのトーストを口に突っ込みながら考えてると、後ろから聞きなれた声がした。
「食事中の人を急かすなんてお行儀が悪いわ、クリス」
「言い逃れるのも良いけれど、そろそろお客様がいらっしゃるわ。準備もしないと行けないし、急がないといけないのは本当よ。考え事も程々に、食べる方に集中しなさい」
クリスが隣に座りながら言う。
それもそうかと口に入れていた分を咀嚼し、残っていた分を次々とよく噛んで食べていく。
トーストの味付けも具合が良く、付け合わせのスープによくあっている。
「それにしても貴女、本当に美味しそうにご飯を食べるものね。こちらまでお腹が空いて来そうよ」
クリスがこちらを見ながら言ってくる。食事をしている様子を隣から無遠慮に見られると少し恥ずかしい。
「あまりジロジロ見ないでくれる?気が散って食べにくいわ」
「あら、それなら早く食べてもらえるかしら?そっちの方が私としても好都合よ」
「…そうさせてもらうわ」
クリスがニマニマと人の悪い笑みを浮かべる。
この子がこう言う顔をしている時は何を言っても仕方がない。
やめる気も無さそうだし、早く食べるべきなのは事実なので、味わうのもそれなりに食事を済ませて行く。
それにしても、私を待っていないで早く行けば良いのに。弟が1人増えてもクリスは私を揶揄うのを止めることは無く、今日も心底楽しそうに私を冷やかすのをつづけている。
まぁ私は大人だから、前ほどは相手にしないけれどね。
昔の私だったら首に腕を回し左手で顎を押さえつけて、口の中にパンを押し込んで言われる通りに食事を手早く済ませていたところだっただろう。
そんなこんなで朝食を終え、各々部屋に戻り着替えを済ませる。
先ほどもクリスが言っていたように今日は来客がある。メルファが生まれてからというもの、我が家と関係のある人達から来訪の申し入れが続き、先月くらいから定期的に来客がある。
今日はクオンティ領から南方に少し離れた所にある、ラムシルよりその領主と第一王子、王女が来るとのことだ。
その領主――ペングドロ・ビルシルクと私達カリチュア家と血縁は無いのだが、お父様が2年前に出兵された際、戦地を同じくしたことから意気投合し、今でも交友があるらしい。
私が来訪者を迎えることはあまり無いのだが、今回は歳の近い王女が来るそうでお父様に挨拶をするよう提案されたため、行くことにした。
「タキセルお嬢様、分かっている事は承知しておりますが、ビルシルク様方に失礼のないようお気をつけ下さい」
「うん。気をつけるね、私個人だけじゃ無くて私の家――カリチュア家の問題だものね」
普段館で来ている服を脱がせて貰いながら聞くと、ヨゥチィが頷き応える。
「はい。それが理解できていれば大丈夫です。いつも通り…では困りますが、意識出来ていればお相手に不快な思いをさせる事はないでしょう」
「そう…それなら支障はないわね」
内面の準備を調えて行きつつ、よそ行きの服を改めて着せてもらい外面の準備も終える。
「じゃあ行きましょ!ヨゥチィ」
「はい、お客様方も間も無くお着きになる頃でしょう」
扉に手をかけ、少しの緊張を感じながら開いていくと
「ひゃっ」
扉に伝わる衝撃と共に、あどけない悲鳴が聞こえた。
驚いて開きかけた扉から顔を出し、部屋の外を見てみると1人の女の子が後ろに手をつき倒れ込んでいた。
「ご、ごめんなさい。急に扉を開けてしまって、注意が足りていなくて…」
「痛てててー…。こちらこそごめんね!僕が扉の前を通って走ってたのがいけなかったんだー。お姉さんも怪我はない?」
少女は照れ臭そうにえへへと笑い、翠のドレスを手で払いながら立ち上がる、身長は私と同じくらいだった。
先程は驚いており気づかなかったが、少女は豪奢な服に身を包んでおり、その胸には鳥と盾を象徴とする紋章を付けていた。
「それって…」
「ん?あぁ、そう、僕はファルステル・ビルシルク、ビルシルク家の第一王女さ!よろしくね!」
様になっている素振りで挨拶をすると、ファルスでいいよ、と右手を差し出してくる。
「私は、タキセル・カリチュア、よろしくお願いします!」
同じように挨拶を返し、握手を交わす。改めてよく見ると、端正な顔つきをしている。
事前に自己紹介を受けていなければ、男の子と言われても疑問を持たないような中性的な顔と言動をしている彼女こそが、どうやら、これから会う予定の客人であるようだ。何故こんなところにいるのか。
「いやぁ、道中長くてねー。父様も兄様も真面目に構えちゃって、堅苦しいの何の。
着いたらついたで礼儀作法がどうのこうの言ってくるから、面倒臭くて探検も兼ねてつい抜け出しちゃったんだー」
私の顔を見て考えていることを察したようで、聞いても無いのに説明をしてくれた。
「そ、そうなんだ。でも、御家族に心配をかけたらいけないわ。一緒に行きましょう?」
「どこに」
「もちろん、来客を歓待する部屋よ」
「えぇー…。行きたくないなぁ、絶対に怒られるし。
…うーん、でも仕方ないかな、じゃあ代わりに君がこの館を案内しながら連れて行ってよ!」
「私が?!別に構わないけれど、皆を待たせるのも申し訳ないし、先にヨゥチィに行ってもらって説明してもらいましょう」
急に案内役に指名され驚いたものの了承し、こちらを心配そうな顔で伺うヨゥチィに指示を出し客間へ向かわせる。大丈夫、案内くらい私にだってできるわ。
「じゃあ、行きましょうか、ファルス!」
「…うん、よろしくね!タキセルちゃん」
にやりと笑うファルステルを引き連れ、上の階へと上がっていく。