07 夜会
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ある日、輝夜は王太后様に呼び出された。出張ラテアートかと思い、支度をしていったが、違った。今夜開かれる夜会で、アスラン殿下のパートナーを勤めて欲しいと言われたのだ。
「ええ? でも踊れませんよ。私」
戸惑う輝夜に、王太后様は説明した。
「舞踏会じゃないわ。最近、ケガレが多いでしょ? 人種を越えて協力すべきだと、大きな会議が開かれる予定なの。それに出席する各国の要人を歓迎する夜会よ」
なぜか、そのまま大きな浴場に連れて行かれる。まだ一言も引き受けるとは言っていないのだが、断れない雰囲気だった。
「ときに貴女、エルフ語はできる?」
「できます」
「良かった。じゃあ、後はよろしくね」
王太后様は、エステ長(?)の女性に輝夜を預けると、出ていった。その後、5人がかりで頭の先からつま先までを磨かれ、全てが終わった頃には日が暮れていた。
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今夜は夜会だ。アスラン王子は、嫌々、宝瓶宮に行った。用意された夜会用の服に着替えて、祖母の元に行くと、ドレスを着た輝夜嬢がいた。彼は丸い目をますます丸くした。化粧をしているので、いつもより大人びている。というか、絶世の美人になっている。
「もしや、パートナーとは…」
恐る恐る尋ねたら、祖母は満足そうな顔で頷いた。
「とりあえず、挨拶の仕方だけ教えました。なるべく側にいなさい。思ったより、虫が寄りそうですから」
「王太后様ったら。酷いです。だから髪に生花を編み込むのは、やめましょうって言ったのに」
輝夜嬢は頬を膨らませて抗議した。いや、そういう意味じゃないだろ。
「アスラン殿下。ご迷惑かけると思いますが、よろしくお願いします」
白鳥のような首が、彼に向かって下げられる。断ろうと思っていた固い決意は、あっけなく崩れ去った。アスランは無言で手を差し出した。彼女は何の迷いもなく華奢な手を乗せる。二人は馬車で夜会が行われる金牛宮に向かった。夢を見ている心地だった。
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夜会の会場は豪華なドレスで満ち溢れていた。その中を、殿下の腕に縋りながら歩く。裾を踏まないよう、細心の注意が要る。輝夜達は大広間の上座らしい位置に案内された。そこには、キラキラした衣装を着た2人の青年と、その連れ風の美人らがいた。
「お久しぶりです。イシドール殿下、クラウス殿下」
と、アスラン殿下が頭を下げて言ったので、王子だと分かった。
「陛下の護衛として参りました。何卒、ご容赦を」
容赦? 何を? さっぱり意味がわからなかったが、貴族の隠語だと思い、輝夜も腰を落とす礼を取った。王子らは彼女を穴の開くほど見つめ、令嬢らは睨んだ。
「その令嬢は?」
イシドール殿下と呼ばれた黒髪の青年が、厳しい声で尋ねた。
「王太后様が預かっている郷士の娘です。茶寮で行儀見習いをしております」
アスラン王子は淡々と答えた。ただの奉公が盛りに盛られている。すると、それを聞いた令嬢Aが訊いてきた。
「平民なのね。お似合いですわ。お名前は? お父上の名は?」
「輝夜です。父は次郎丸です。貴女方は?」
武士の名乗り合いみたい。輝夜は、礼儀として相手の名も尋ねた。
「財務大臣リッチマン侯爵の娘、イライザですわ」
「同じく財務大臣リッチマン侯爵の娘、ジャンヌよ」
よく似た美人姉妹は自慢げに自己紹介をした。『お似合い』だと言ってくれたから、いい人かも。輝夜はニッコリと笑って言った。
「こちらでは、父親の職業から名乗るんですね。知りませんでした。ありがとうございます。勉強になりました」
「ぷっ!」
クラウス殿下が吹き出した。イライザ・ジャンヌ姉妹は扇を握りしめ、怒りの形相で「ごめんあそばせ!」と言って、どこかにいってしまった。輝夜は混乱した。
(あれ? 王子達のパートナーじゃないの?)
「気にしなくていい。勝手についてきただけだから。私はイシドール。第二王子だ」
神経質そうな、黒髪男子が言った。
「本当、迷惑なんだ。僕はクラウス。第三王子だよ。よろしくね」
こちらはプラチナブロンドの優男だ。輝夜も正式な自己紹介をしてみた。
「竹取のオーガ、次郎丸の娘、輝夜です」
「輝夜嬢。名前だけで良い」
アスラン殿下がそっと訂正する。
「え? どっちなんですか? そういえば、殿下は何番目なんですか?」
「第一、王子だ」
殿下は言いにくそうに仰った。何か事情があるらしい。ついでに気になっていた事も訊いた。
「ちなみに、おいくつなんですか?」
「…35」
「へえっ!お若く見えますね!」
クラウス王子が、また吹き出した。口を押さえて笑いを堪えている。イシドール王子は眉間にシワを寄せて、渋い顔をしている。何か間違えたらしい。貴族の会話は難しいな…と思っていたら、ラッパの音が鳴り響いた。いよいよ、王様と貴賓達の登場だ。輝夜は大扉に注目した。
◆
予め、アスランの宮廷での地位を教えておくべきだった。弟に敬語を使う第一王子に、疑問を持っただろう。しかし、リッチマン姉妹の嫌味もどこ吹く風、飄々とやり返す態度に、アスランも吹き出しそうだった。
『お若く見える』ーー獅子頭のどこに歳を感じるのか。悩んでいたその時、出御の合図に、皆が姿勢を正した。アスランも軽く頭を下げた。最初の貴賓は、エルフ王だ。
「エルフ国・国王、ガブリエル陛下!」
ハッと、輝夜嬢が身を固くしたのを感じた。彼女を見ると、大きな目を見開いて、エルフの王を見つめている。
「…」
抜群の美しさを誇る亜人。その王は老いを知らず、豊かな金の長髪に、サファイヤの如き瞳を持つ。優美な衣装を纏い、真紅の絨毯を堂々と歩く姿を、この場にいる全ての女性が凝視している。それほどの美貌だ。彼女が惹かれても、不思議ではない。
(やはり…)
失望に似た痛みが走る。
「!」
エルフの王が、ぴたりと足を止めた。じっと輝夜嬢を見つめる。アスランは思わず目を逸らした。彼女は、美貌の王に見そめられたのだ。痛みはますます強くなった。しかし、
「輝夜!!」
「グランパ!!」
と言って、二人は抱き合った。『え? グランパ? どういうこと?』その場にいた全員が、同じ疑問を持ったのだった。