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05 獅子宮への出前

          ♡



「ええっ?」


 どうりで先輩が押しつけてきたわけだ。コーヒー係はすっかり萎縮してしまい、何も出せそうにない。仕方がない。


「では私が作ります」


 輝夜はミルクを泡立てた。それをカプチーノの上に注ぎ、リーフ模様を描く。植物模様のドレスを着てるから、嫌いじゃないだろう。


「お待たせいたしました。カプチーノでございます」


 それをお出しすると、貴婦人はじっとカップを眺めた。


(うーん。いきなりクビかな。その時は、再度、ご紹介を頼もうか)


 イマイチな反応に、良くない想像が浮かぶ。しかし、貴婦人はそっとカップを持ち上げて、上品に飲んだ。そして輝夜に尋ねた。


「他にどんな絵が描けるの?」


「そうですね…チューリップとか、白鳥とか。熊とか犬の顔も可愛くて好評ですが。基本、何でも描けます」


「貴女、誰の紹介?」


「アスラン殿下です」


「そう…」


 貴婦人は席を立った。いつの間にか、護衛っぽい騎士が2人、後ろにいる。茶寮は完全無料なので、お会計は無い。輝夜はドアまでお見送りした。


「また来るわ」


「お待ちしております!」


 カップを下げてカウンターの前を通ると、コーヒー係に拝まれた。でもヴィクトリア先輩は面白くなさそうな顔をしていた。もしかして、輝夜のクビを狙っていたとか? 悪役令嬢ならぬ、悪役先輩だな。


 王太后様はラテアートがお気に召したようで、週に1度、茶寮に来るようになった。輝夜は王太后様担当となり、ようやくホールに出してもらえた。だが、その後も度々、悪役先輩から面倒な仕事を押しつけられた。



          ♡



「王太后様って、たまに従業員を試すのよ。茶寮のオーナーだから。それにしても、あんた、トリアの嫌がらせに負けないよね。凄いわー」


 ある夜の風呂上がり。同室のキャシーに褒められた。輝夜は、濡れた髪を拭きながら頷いた。


「やっぱり、先輩に嫌われてるよね? 私。何でだろう?」


「そりゃ、顔でしょ。ここに居る、ほとんどの子が玉の輿狙ってんのよ。あんたみたいな美人、最も邪魔」


「あははは。お世辞でも嬉しいよ。でも、私の最終目標は、メイド長だから」


 そう。若いメイド達をまとめ上げ、見事に茶寮を切り盛りする店長。いつかなってみせる。そして両親を王都に招くのだ。夢を語る輝夜に、同僚は呆れ顔で言った。


「いつ結婚すんのよ?」


「本当に好きな人と出会うまでしない」


 だって、ここでは、独身だからって罰せられないんだから。



          ♡



 今日は変なオーダーが入った。王太后様が、獅子宮に出前を届けてくれと依頼してきたのだ。またしても悪役先輩は輝夜に押しつけた。


「良いんですか? アスラン殿下ですよ?」


 玉の輿ですよ。不思議に思って確認したら、先輩は顔を顰めた。


「“呪われた王子”なんか。誰も行きたがらないわよ」


(?)


 さっぱり分からないが、注文通りにサンドイッチとスコーン、ジャム、クリーム、熱々の紅茶が入ったポットを籠に詰めた。そう言えば、仕事を紹介してもらったのに、殿下に一度もお礼を言っていなかった。お会いできたら、感謝を伝えよう。無理なら伝言でもいい。


 輝夜は王城巡回馬車に乗り、獅子宮に向かった。



          ♡



 獅子宮に着いたが、入り口が見つからない。というか、荒れ放題の庭、朽ちた門扉に無人の守衛小屋。どう見ても廃墟だ。


(現役の王子様なんだよね? どうなってるの?)


 案外、財政が厳しい国なのかも。彼女は崩れた塀の裂け目から中に入り、蔦の絡みまくった宮殿に足を踏み入れた。


「お邪魔しまーす!」


 声をかけたが、誰も出てこない。そうか。また悪役先輩の嫌がらせだ。廃墟でビビらせようって魂胆か。


 ふと、水音が聞こえた。彼女は足音を忍ばせて音の方に歩いた。すると、傾いたドアから明かりが漏れていたので、勢いよく開けた。


「こんにちはー!出前でーす!」


「わああああっ!」


 野太い悲鳴が響く。そこはシャワー室だった。濡れそぼったライオン頭が、こちらを見ていた。



          ♡



「大変申し訳ございませんでした…」


 お風呂を覗いてしまって。輝夜は初めて“土下座”をした。


「…気づかなかった俺も悪い。で、何の用だ?」


 アスラン殿下はガウンを羽織り、鬣をタオルで拭きながら訊いた。メイドは出前の籠を献上した。


「王太后様より、お届けのお茶でございます」


「ああ。置いといてくれ」


「給仕まで申しつかっております」


 殿下は居間のテーブルを指差した。うっすら埃をかぶっている。普段はどこで食べているのだろう。輝夜は布巾でテーブルを拭き、サンドイッチなどを並べた。紅茶もカップに注いだが、見るからに(ぬる)い。


「冷めちゃいましたね」


「大丈夫だ」


 大きな手が、カップの上にかざされる。すると、たちまち湯気が立ち上った。凄い。魔法だ。輝夜の視線に、殿下はサッと手を背後に引っ込めた。


「今日はまだ爪を切っていない。怖いだろう?」


「爪? いえ、何魔法かなって思いまして。火ですか?」


「そうだ」


 殿下は椅子に座って食べ始めた。牙が見える。もっと肉肉しいメニューの方が良かったのでは。ハムと胡瓜で、この巨体が維持できるとは思えないが。


 スコーンにクリームを塗って食べる姿は、さすが王子様、優雅だった。ペロリと全てを平らげて、殿下は席を立った。彼が部屋を出る前に、輝夜は慌てて礼を言った。


「あの!茶寮の仕事を紹介してくださって、ありがとうございました!」


 殿下は驚いたように振り向いた。そして、不思議そうに彼女に訊いた。


「君は…俺が恐ろしくないのか?」


「爪と牙の事ですか? ウチの父にも生えてますよ? 何なら角もあります」


「…」


 無言で出ていってしまった。途端に、輝夜の顔が熱を持ち、どっと汗が流れる。


(大丈夫。お尻しか見てない。見えてない…)


 呪文のように言い聞かせ、茶寮に戻った。結局、何が呪われているのか、分からなかった。


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