04 巣立ちの時
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目が覚めると、輝夜はテントの簡易ベッドに寝かされていた。まだ夜中だった。
「起きた? 輝夜ちゃん」
母が食事の乗ったトレーを持って入ってきた。
「ママ!」
ひとしきり再会を喜び合った後、母に訊いた。
「ここどこ? ライオンさんは?」
「山の中の陣地よ。あの方はアスラン王子っていうの。驚いたわよ。輝夜ちゃんを背負って現れるんだもの」
あの人の鬣にしがみついて眠ったまま、ここに運ばれたらしい。じわじわと恥ずかしさが込み上げてきた。とんだご無礼をしてしまった。後で謝らないと。
「仕方ないわ。ケガレが同時に複数箇所に出たんですもの。無事で良かった」
「皆で塩をぶつけたら、溶けて消えたの。でも、巨大黒西瓜の分が残ってなくて」
「え?」
母も塩の効能を知らなかった。ケガレを倒すには、中心にある核を壊すか、聖水をぶっかけるしかない、というのが今までの常識だったそうだ。
「凄いわ、輝夜ちゃん!早速、試してみましょう。ご飯でも食べて待ってて」
母はテントを出ていったが、1時間もしないうちに戻ってきた。父とアスラン王子も一緒だった。輝夜は慌てて頭を下げた。
「大変失礼しました!アスラン殿下!」
「いや。それより、確かに塩が有効だった。よく見つけてくれたな。輝夜嬢」
お咎め無しのようだ。それどころか褒められた。両親も頭を撫でてくれる。嬉しくて、笑みが溢れた。すると、アスラン王子は「塩の手配をしてくる」と言って、急ぎ足で出ていった。親子は暫しの休憩を取った。
「良い人だね。殿下。どこの王子なの?」
お茶を飲みながら尋ねると、母が教えてくれた。
「人族よ」
「え? 獣人じゃないの?」
「何か事情があるんだろ。よく知らないが、強いぞ。大型ケガレを一撃で真っ二つにしてたからな」
父は王子を買っていた。オーガは強さが重要なのだ。その後、両親はすぐに戦場に戻った。
夜が明けて、ケガレ討伐が完了したと発表があった。
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勝利の宴の前に、論功行賞が行われ、両親には討伐数に応じた報奨金が与えられた。
「塩の効能の発見は大きかった。輝夜嬢にも褒美を取らす。希望はあるか?」
と、アスラン王子に訊かれたので、彼女はすかさず頼んだ。
「奉公先を紹介してください!」
人族のコネを得る、絶好の機会だ。王子なら様々なところに伝手があるに違いない。殿下は頷いた。
「分かった」
宴の後、一家のテントに紹介状が届けられた。王城内の『茶寮』という部署だ。使いの人が、良ければこのまま、一緒に王都に行かないかと言う。輝夜は了承した。
「えー。里に戻らないの?」
母は不満げだった。
「だって荷物も無くしちゃったし。支度金くれるって言うから。向こうで買おうかなと思って」
急な親離れになってしまうが、今回のことで、輝夜は悟った。これ以上、両親の足枷になってはならない。彼女は改めて父母に礼を言った。
「長い間、お世話になりました。竹の中から見つけ、慈しんでいただいた事、生涯忘れません。どうかお元気で…」
多分、両親の方が長生きする。輝夜を育てた15年など、須臾の間であろう。だからこそ、早く独り立ちをして、立派な姿を見せてあげたかった。
「輝夜…」
「輝夜ちゃん…」
親子は最後の一夜を、川の字になって眠った。翌朝、輝夜は王子一行に混ざって王都に出発した。
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馬車に揺られて三日の後。ルナニア王国の王都に着いた。亜人の里は和風だったが、こちらは西洋風の街並みだ。王城とは、多くの宮殿群の総称だった。王様の住まうのが金牛宮で、隣は王妃様の白羊宮。どれも最大で3階建て。横に広い。アスラン王子は、そのまんま、獅子宮だそうだ。
「ここが茶寮のある双魚宮。住まいは裏手の別棟よ」
メイド長が輝夜を案内してくれる。茶寮は、王城に出入りする貴族や官僚、外部の商人などがお茶を飲む所だった。要するにティールームだ。元がカフェの店員だったので、接客業には自信がある。
今は営業時間外なので、店内と厨房、バックヤードなどを見せてもらった。軽食やスイーツを作る料理人に挨拶をしてから、メイドの人達に紹介された。
「今日から入る輝夜さんよ。良く教えてあげてね」
「よろしくお願いします!」
輝夜は元気よく挨拶した。メイド長は桃色の髪の美人に言った。
「とりあえず、ヴィクトリア。指導してやって」
「はい」
ヴィクトリア先輩はまず、輝夜をお客様用のトイレに連れていき、
「徹底的に綺麗にしてね。道具? その辺にあるでしょ。それが終わったら、全てのドアノブを磨くの。開店までに終わらせて。接客はまた今度、教えるわ」
と言って、去った。新人はピンときた。
(教育するつもりないな。これ)
案の定、掃除を終えてヴィクトリア先輩に指示を仰ぐと、「待機してて」の一言だった。
(じゃあ、勝手に学ばせていただきます)
客席から見えない衝立の奥で、ひたすらメモを取った。先輩達の言葉遣い、テーブル番号、厨房への依頼の仕方、食器のセットの仕方、下げるタイミング。どうやら身分で通す席が違うようだった。
1週間ほど観察を続けるうちに、常連の顔と席、好みのメニューは全て覚えた。だが、先輩は相変わらず待機を命じる。暇なので、掃除や厨房の手伝いなどをしていた。
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数日経ったある日、急に先輩が接客を命じてきた。
「5卓の注文を訊いてきて」
既にお席にはご案内済だった。厄介なお客様かな?と思ったが、上品な高齢の貴婦人だった。輝夜は普通に尋ねた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「お勧めのコーヒーを」
「お好みを伺ってもよろしいですか?」
「ミルクをたっぷり入れて。楽しい気分になるようなのを」
「かしこまりました」
では無難なカフェオレだね。輝夜はカウンターにオーダーを伝えた。しかし、コーヒー係は青い顔で首を振った。
「あの方は王太后様だ。いつも同じ注文をする。でも、カフェオレじゃダメなんだよ。それで、いつも誰かがクビになるんだ!」