03 ケガレ襲来
♡
輝夜が15歳になった年、甲冑を着た、中世ヨーロッパの騎士みたいな一団が里に来た。各家の代表と彼らは、集会所で1時間ほど話し合いをした。
「荷物をまとめろ。すぐに里を出るんだ」
帰ってきた父は、いつになく厳しい声で命じた。
「ケガレが出た。山向こうの里がやられたそうだ。女子供は人族の街へ避難する」
「何それ? パパは?」
輝夜が訊くと母が答えた。
「魔界から来る悪しき物よ。もう何年も出現していないのに…。パパは招集されるわ」
「そうなの!?」
「亜人はとても強いでしょ? だから人族の土地を借りる代わりに、非常時には力を貸す契約なの」
全然知らなかった。ケガレというのがイマイチ理解できなかったが、父に急かされ、輝夜達は慌てて支度を始めた。
「俺たちは王国兵と山で迎え討つ。街で待っていてくれ」
父は革の鎧を着け、大刀を持って出ていった。母は荷物を一旦は背負ったものの、迷うように、輝夜と父が出ていった戸を交互に見た。
母は優秀な弓使いである。父の背を守りたいはず。そう思った娘は出陣を勧めた。
「ママ。行って。私は大丈夫だから」
「…ごめんなさい。輝夜ちゃん」
「良いって。私も大人なんだから。みんなと逃げられるよ」
ぎゅうっと輝夜を抱きしめてから、母も戦支度をして、父を追っていった。輝夜は自分の荷物を背負い、避難民の一団に加わった。子供と女しかいない。男衆は全て戦いに出た。
「ケガレって見たことある?」
「無い無い。それよか人族の街って初めてー。何買おう」
「芝居見たい。美味いお菓子も食べたい」
子供達は遠足か修学旅行みたいに興奮している。輝夜も友達とお喋りをしながら里を後にした。
♡
街に着く前に日が暮れてしまったので、野宿することになった。鍋や食材を出し合い、拾ってきた薪で調理して食べた。
「輝夜ちゃん、奉公先決まった?」
後片付け中、同い年の友達が訊いてきた。ここでは15で成人なので、そろそろ就職先を決めなければならない。大体の子は、親の跡を継ぐか、親族を頼る。しかし、輝夜は非力なので、重労働の竹取りは無理。コネを使おうにもエルフ国では名誉王族だし、オーガ族は論外だ。
「ううん。まだ」
輝夜が答えた時、背後から叫び声が聞こえた。
「ぎゃっ!!」
振り向くと、男の子の頭に、西瓜大の黒い丸い物がくっついている。
「噛まれた!取って!早く!」
男の子が払い落とそうとしたら、里長のお婆さんが大声で止めた。
「ケガレだ!素手で触っちゃダメだよ!」
里長は火のついた薪を取り、黒西瓜に炎を押し当てた。すると奴はパッと飛んで逃げた。羽もないのに宙に浮いて、黒い球体の真ん中に、大きな一つ目と口が見える。尖った歯から血が滴り、妖怪そのものだった。
「小さな子を真ん中に!火で脅せば近づけない!」
皆は里長の指示に秒で反応し、松明を持って円陣を組んだ。しかし、誰かが夜空を見上げて警告した。
「上からたくさん来る!」
頭上には黒西瓜がびっしりと蠢いている。輝夜は悲鳴を堪えつつ、里長に小声で尋ねた。
「他に何かないんですか? 対抗手段」
「聖水があれば祓えるけどね。街の神殿でしか買えない」
(ケガレ…穢れ…お祓い…塩でもいけそう)
一か八か。輝夜は調味料を入れた壺に手を突っ込むと、一掴み分の塩を近くまで来た妖怪に投げつけた。
「悪霊退散!!」
『祓い給え、清め給え』だったっけ。でも効果はあった。塩の当たった黒西瓜は崩れるように溶け消えた。
「塩!塩かけて!」
それを聞いた皆は一斉に塩攻撃を始めた。抜群の制球力を持つ少年少女が、塩の塊を空に投げ、次々と黒西瓜を消していった。
「やったぁ!」
全てをやっつけて、輝夜たちは喜びのハイタッチをした。だが気が緩んだ子供達を里長が叱咤した。
「まだ終わってない!デカいのが来るよ!」
見上げた先に、縦横10メートルはあろうか、巨大な黒西瓜が出現している。マズいことに、皆、手持ちの塩は使い切ってしまった。里長は超合理的な命令を下した。
「バラけて逃げろ!」
母親は小さな子を抱えて走り出す。子供も大人も、てんでバラバラに逃げ出した。亜人は脚が早い。巨大黒西瓜は一番ノロい獲物=輝夜に目をつけて追ってきた。
「ヒィぃぃっ!」
彼女は半泣きで夜の田舎道を全力疾走した。
♡
竹から生まれたものの、輝夜には何の異能も無かった。おそらくは人族ーー人間だという。こんなモンスターからどうやって逃げればいいのか。15年の生涯が終わろうとしている。あまりにも短い。
(嫌だ。パパとママが悲しむ。グランパ達も、オーガの伯父さん達も。こんな所で死ねるか!)
必死に走ったが、徐々にスピードが落ちてきた。ひ弱な身体ではこれが限界、輝夜は道にへたり込んだ。肺は酸素を求め、心臓がバクバクと打つ。モンスターが数メートルの距離にまで近づいた。
(もうダメ!!)
ギュッと目を瞑った瞬間、雷のような閃光が瞼を貫いた。
「大丈夫か?」
落ち着いた美声に、彼女は恐る恐る目を開けた。巨大黒西瓜は消え、月明かりの下、大剣を引っ提げて立つ大男が見えた。身には甲冑を着け、頭にはなぜかライオンの被り物。いや、こういうタイプの亜人かもしれない。とにかく助かった。
「あ、ありがとうございます!」
ライオン男は目を瞬いた。輝夜は脚に力が入らなくて、男に頼んだ。
「あの、すいません、手を貸していただけますか?」
「…」
剣を鞘に納め、彼は手を引っ張ってくれた。何とか立ち上ったが、バフンっと男の胸まで垂れる鬣に顔が埋もれた。お日様の匂いがする。途端に気が抜けて、輝夜は号泣した。
「うわぁーん!怖かったぁ!」
「おいっ?!離れろ!」
男はしがみつく少女を剥がそうとした。彼女は彼の鬣を握りしめた。嫌だ。また黒西瓜が来たら、今度こそおしまいだ。この人の側にいれば大丈夫。離せ、離さないと押し問答の末、根負けしたライオン男はおんぶをしてくれた。やっと安心した輝夜は、そのまま眠ってしまった。