27 終話・ずっとあなたが好きでした
お読みくださり、ありがとうございました!
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最近のアスラン殿下は変だ。大泣き事件を、まだ怒ってるとか。いやいや。殿下に限ってそんな事は。
(ないと思うんだけど…。でも式の話、全然聞いてくれないし)
輝夜は衣装のデザイン画を描いていたが、夕食の時のすれ違いが気になって、筆が進まない。
(まさか他に女が?!あり得る!人気急上昇だし!)
もうダメだ。婚約破棄だ。泣いて縋ろうか。最悪、側妃でも良いか。あ、グランパが激怒するなーー彼女は鉛筆を置いて、ベッドに潜り込んだ。明日、イライザ達に相談しよう。そうしよう。
朝が来れば、良い事がある。太陽のような殿下だって、曇る時もあるよね。明日は晴れてほしい…そう願いながら眠りに落ちた。
◆
アスランは湯浴みを済ませ、爪を切っていた。嫌な雰囲気の夕食を思い出しては後悔した。全てアスランが悪い。いい歳をして、情けない。
(もう寝てしまったかな)
ベランダから輝夜の部屋の方を見ると、灯りが消えている。婚約者とはいえ、こんな時間に訪れるのは非常識だ。しかし、我慢ができずに、彼女の寝室に瞬間移動してしまった。
暗闇の中、ぼんやりと輝夜の肌が光っている。エルフ王が色々試したが、結局、この光は消せなかったのだ。
その白い頬に涙が流れた。アスランは思わず、彼女の頭に手を置き、読心の魔法を発動した。
◆
また暗闇に少女がいた。ズタズタに切られた絵を、細い透明な帯で貼り合わせている。唇を噛み締め、目には涙を浮かべている。アスランは堪らず声をかけた。
「おいで。直してやる」
すると、黒い瞳がこちらを向いた。
「アスラン!」
驚いた。ここは記憶の中だ。言葉が交わせるはずがない。しかも二人が出会う、ずっと前だ。なぜアスランの名前を知っている?
少女は駆け寄ってきて、貼り合わせた絵の裏面を差し出した。
「ごめんなさい。破かれちゃった」
「大丈夫だよ。どれ」
修復の魔法で、あっという間に破れ目は消えた。アスランは何気なく表面に返した。
「!?」
あまりの衝撃に、全身が震えた。獅子の頭が描かれていたのだ。絵の下に白い紙が付けられ、『私の大好きな人ーーアスラン』と書かれている。文字は読めなくとも、意味ははっきりと分かった。
(どうして…)
「ありがとう!ありがとう、アスラン!」
少女は喜んだ。しかし、彼が膝をつき、小さな体を抱きしめると、鬣に顔を埋めて泣きじゃくった。
「アスラン!早く迎えに来て。ここは嫌。そっちに行きたいよ!」
それは自ら命を断つという意味か。張り裂けそうな痛みを堪え、言いきかせた。
「ダメだ。大人になるまで、耐えてくれ。必ず、会える」
「本当?」
「約束するよ。大人になったら、結婚しよう。輝夜」
少女はぴたりと泣き止んだ。小さな小指を差し出してくる。意図が分からず戸惑っていたら、彼女はアスランの手を取って小指同士を絡めた。
「ゆびきりげんまん…待ってて。アスラン」
「待ってるよ。俺の花嫁」
少女は儚い笑顔を残して消えた。輝夜が目覚めようとしている。アスランは魔法を打ち切った。
◆
元の暗い寝室に戻る。机の上に数枚のデザイン画が置いてあった。アスランはそれを手に取った。あの絵のまま、獅子頭がやたらと凛々しく描かれ、こちらは花婿衣装を着ている。
今のは本当に輝夜の記憶か。それにしては、少女の体温が生々しく手に残っている。もしや、時を超えて、小さな彼女と会ったのではないだろうか?
「殿下?」
目覚めた輝夜がアスランに気づいた。彼はハッとした。不法侵入だ。痴漢だ。
「ごめん。勝手に入って。怖い夢を見ていたようだから」
慌てて言い訳をして、去ろうとした。だが彼女は素早くベッドから下りると、抱きついてきた。可哀想に、まだ夢の中にいるのだろう。アスランは優しく黒髪を撫でた。
「大丈夫。夢だよ。さあ、もう一度お休み」
青い瞳が不思議そうに見上げる。
「夜這いじゃないんですか?」
「え?」
「違うの?」
微妙な間の後、輝夜はまた鬣に顔を埋めた。何度促しても、頑として顔を上げなかった。
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恥ずかしい。『大丈夫。そんな事で嫌いにならない』と10回以上言ってもらって、ようやく輝夜は顔を上げた。
「すみません…」
「俺が悪い。夕食の時も、ぼんやりして、ごめん」
ベッドに並んで座り、殿下は謝った。だが、まだ新しい女の影が拭えない。輝夜は直球で尋ねた。
「婚約、止めたいんですか? 他に好きな人がいるんですか?」
「まさか!どうしてそんな」
「だって、全然嬉しそうじゃないんですもの。きっと美人でメ…」
メリハリボディのセクシー令嬢が、と言いかけた彼女の唇を、チクチクする口が奪った。頭がぼうっとする。輝夜は目を閉じて鬣をグイっと引き寄せた。
「ちょ、ちょっと待て!」
殿下の焦ったような声で目を開けると、全身獅子形になっていた。あれ? キスすると変身するんだっけ? 輝夜は目をパチパチさせた。
「乗って。夜風に当たろう」
殿下は床に伏せ、夜のデートに誘ってくれた。彼女は大喜びでライオンの背中に乗った。
◆
変化は魔王戦以来だった。あの時は夢中で、楽しむ余裕など無かったが、今夜は違う。アスランは隣の処女宮の上を飛んだ。
「あ。クラウス殿下とジャンヌがいます!」
輝夜の声で下を見ると、庭で楽人に音楽を奏でさせ、寄り添う二人がいた。良い雰囲気だ。アスランは庭の上空を一周した。輝夜はキラキラと光る粒子を撒いた。
ジャンヌがこちらに気づいて手を振った。クラウスは物凄く驚いている。そういえば、初めて変化を見せた。
「お休み!また明日ね!」
更に隣の天蠍宮に行く。こちらでは、イシドールとイライザが剣の訓練をしていた。光を降らせたら、やはり弟は目を見開いていた。二人への挨拶が済むと、アスランはいよいよ速く、高く舞い上がった。
「きゃーっ!楽しいーっ!」
婚約者は大喜びだ。アスランはそのまま東の海まで駆けた。月明かりの中、海蛇が暴れている。近づいてよく見ると、揺れる船の上でユンカーズが海蛇の首を締めていた。
「ユンカーズ卿!大丈夫?」
「おおっ!輝夜姫!師匠!ご無沙汰しております!全く問題ありません!」
弟子はガッチリと魔物を固めたまま、歯を見せた。
「結婚式、来てねーっ!」
「喜んで!」
取り込み中なので、すぐ離れた。アスランは、こっそり、船の壊れた所を直しておいた。次に進路を変え、亜人の里に向かった。
輝夜の故郷では、収穫を祝う祭りが行われていた。里の広場に篝火が焚かれて、多くの人が飲んだり踊ったりしている。その中に次郎丸とローズもいた。
「パパーっ!ママーっ!」
「あら!輝夜!アスラン殿下!」
地上に下りると、里人は何だ何だと集まってきた。次郎丸が娘を抱き下ろし、アスランが元の姿に戻ると、歓迎してくれた。
「おお!ようこそアスラン殿下!どうぞ一献!」
亜人は獅子頭を恐れないので、次々に酌をされた。輝夜は存分に両親に甘えた。
「じゃあね!また式の時に!」
「ええ!元気で!」
半刻ほど祭りを楽しみ、再び空に駆け登る。次はエルフの国だ。
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変身した殿下は凄い。あっという間にグランパの城まで来てしまった。庭園に下りようとしたら、後ろから声をかけられた。
「おお。輝夜!アスラン!」
振り向くと、グランパが翼の生えた馬に乗っていた。輝夜はびっくりした。
「何それ?!」
「ペガサスだ。最近、捕まえた。やはり飛ぶ手段が欲しくてな」
並走しながら、グランパは説明した。魔王が空に逃げた時、追えなかったのが痛恨だったらしい。
「結構早いぞ!競争するか?」
ペガサスはグンと前に出た。輝夜は殿下に頼んだ。
「うん!殿下、お願い!」
「ええっ?」
戸惑いながらも、殿下は速度を上げて、夜空の追いかけっこが始まった。30分ばかり経った頃、ペガサスが根を上げた。
「もう無理です。我が君。私の負けです」
喋るんだ。輝夜は驚いたが、知能の高い幻獣は言葉を操るらしい。勝負がついたので、城に戻って休憩した。そこで10年ぶりに祖母と会った。
「いらっしゃい!輝夜!」
「グランマ!」
「大きくなって。もうお嫁に行くのね」
グランマは相変わらず綺麗だ。孫を抱きしめ、お茶を振舞ってくれた。殿下も変化を解いて、ぐったりとソファに腰を下ろした。魔力を使い過ぎたそうだ。それを聞いたセバスさんが留学中のミュンスターを呼んだ。
「これ!魔力回復薬です。今、薬系にハマってて」
魔法バカは、緑色の液体が入った瓶を差し出した。見るからに怪しい。でも朝までに戻らないと、大騒ぎになる。殿下は一気飲みした。髭がブワッと逆立った。
「不味い!もう一本!」
「ヒャッホウ!何本でもどうぞ!」
試しに一口舐めさせてもらったら、激マズだった。よくこんなの2本も飲めるなあ。輝夜はミュンスターに味の改良を頼んでから、グランパ達に別れを告げた。
「また式の時にな」
「今度は私も伺うわ」
二人はベランダに出て、見送ってくれた。魔力を回復した殿下は、一気にルナニアを目指した。
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鬣を握る力が弱くなってきた。輝夜は眠ってしまったらしい。魔法でしっかりと固定しているが、起こさないよう、アスランは速度を落とした。
(今夜はあちこち行き過ぎたな。でも楽しそうで良かった)
獅子宮の屋上に下りた頃、夜が明けた。アスランはそっと恋人を起こした。
「着いたよ。輝夜」
「…ふわぁ。もう? あ!綺麗!」
変化を解いて、二人で美しい夜明けを眺める。今日も晴れだ。
「なあ。どうして、俺の名前や顔を知っていたんだ?」
アスランが尋ねると、輝夜はきょとんとしていた。読心の魔法で記憶を見たと話したら、
「ああ!子供の頃、大好きだった英雄です。毎晩、ライオンの背に乗って駆ける夢を見ました。彼を描いた絵が金賞になって。でも、御門に破かれちゃってーー」
彼女は、はっと顔を上げた。
「直してくれたの、殿下ですよね?」
アスランは彼女を抱き寄せた。
「待たせて、ごめん」
「私の方こそ。…ずっとあなたが好きでした」
朝日が昇る。輝夜は目を閉じ、口付けを待っている。彼は不意に思い出した。
「ごめん。今、口の中が、非常に不味いんだ…」
彼女は吹き出した。折角の機会を失ったのは惜しいが、笑い転げる姿も、悪くなかった。
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それからも二人は度々、夜空のデートを楽しんだ。いつしか、天翔る獅子と乙女を見た者には、幸福が訪れると言われるようになった。
(『獅子王アスランと輝夜姫の物語』より)
(終)




