25 祝勝会の夜
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その後も大変だったらしい。ドローンは消えなかったから、最後の一機まで始末しなければならなかった。グランパとミュンスターが奮闘して、なんとか輝夜の魂を再インストールできたのは、魔王戦から1週間後だった。
輝夜の目は鮮やかな青色になってしまった。おまけに魔法が使えるようになっていた。と言っても、キラキラした粉が手から出せるだけだ。浄化魔法だそうだ。
「ローザも浄化が得意だった。お前は生まれ変わりかもしれんな」
と、グランパは言う。輝夜は首を傾げた。前世の記憶などカケラも無いからだ。
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輝夜の目覚めを待って、獅子宮で祝勝会が開かれた。戦死者はいなかったので、それは盛大なお祭りだった。そこで眷属討伐コンテストの結果発表や、報奨金授与が行われた。
だが、ユンカーズは眠ってしまった事をずっと気にしていて、
「自分にはいただく資格がありません」
と固辞していたが、
「では一緒にドラゴン狩りに行くか?」
とアスラン殿下が誘うと、大喜びしていた。そっちの方が良いらしい。
茶寮の仲間にも少しだが謝礼を出した。獅子宮で亡くなったのはヴィクトリア先輩だけだ。御門に騙された云々は伏せ、魔王に殺された、と遺族に伝えたが、胸が痛む。騒動に巻き込まれた、被害者には違いないから。
「おめでとうございます。姫」
「ストーン卿!塩の件では、お世話になりました。ちょっとキャシー!こっち来て!」
マノロ・ストーンと祝勝会で会ったついでに、メイド仲間を紹介した。おっとり貴公子と同僚は、良い感じに話してる。よし。これで約束は果たせた。
挨拶回りをしていたら、イシドールとクラウスを見つけた。リッチマン姉妹も一緒にいる。
「イライザ!ジャンヌ!」
輝夜は親友姉妹に抱きついた。イライザは厳しく叱った。
「まあ。はしたない!でも、あなたのお陰で助かったわ。ありがとう」
ジャンヌもツンツンしながら礼を言った。
「別に助けてもらわなくても、勝てたけど。一応、ありがとうと言っておくわ」
「もう~!空から見てたよ!めっちゃピンチだったでしょ!腕、齧られてたじゃない!」
ツンデレさんにツッコむと、隣にいたクラウスが慌てた様子でジャンヌの手を取った。
「どっちの腕? 跡になってない?」
「大丈夫ですわ。エルフ王が治してくれましたから」
「後でお礼を言わないとね。でも、必要以上に陛下に近寄らないこと」
あらま。ツンデレにヤンデレが執着してる。イライザを見ると、彼女もしっかりとイシドールにエスコートされていたが、彼は不機嫌な顔だった。
「なんで機嫌悪いの?」
扇の陰でそっと尋ねたのに、地獄耳の男は厳しい声で答えた。
「一番安いドレスを選ぶからだ」
「これで充分です。主役は輝夜嬢ですから」
「では君が主役の時は一番高いのを作らせろ」
輝夜は口を挟んだ。
「それって、イライザの花嫁衣装って事ですよね?」
第二王子は一瞬、考えて、
「そうだ。私とイライザの式の時だ」
と、宣った。会話を聞いていた人達が拍手をする。イライザは赤い顔を扇で隠した。兄の公開プロポーズを目にした弟は、ジャンヌとバルコニーに消えた。グランパに会う前に足場を固める作戦らしい。
(良かった)
その場を離れ、アスラン殿下を探すと、パパと話していた。
「良いところに来た。輝夜、殿下がお話があるそうだ」
殿下は輝夜の手を取り、祝勝会場を出た。もしかして。彼女は淡い期待に胸を膨らませた。
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二人は世界樹の前のベンチに座った。輝夜嬢は昏睡状態だったし、アスランは後片付けと政務に忙しくて、ゆっくりと向かい合うのは、『一緒に刺そう』と話した時以来だ。彼は小さな白い手をそっと握り、尋ねた。
「輝夜嬢。俺と結婚してくれるか?」
「はい!」
彼女は嬉しそうに頷いた。話が終わってしまった。いや、よく分かっていないのかもしれない。アスランは青く変わった瞳を覗き込み、
「前も訊いたが、この牙や爪が怖くないのか? 獅子頭も。子供に遺伝したら…」
最も心配している事を口にしたが、輝夜嬢はポカンとしてから、耳まで真っ赤にした。
「怖くありません!子供も大切に育てます!きっと可愛いです!」
「…」
今度はアスランが呆気にとられた。彼女は、いつも躊躇いなくこの胸に飛び込んでくる。次郎丸の方が人族に近いし、エルフ族もあれほど美しいのに。
「本当にこの顔で大丈夫か?」
彼は念を押した。少女は頷いた。
「そのお顔が良いんです」
到底、信じられない。生まれてから今まで、この顔を好む異性がいるなんて、考えたこともなかった。
「魔法で普通の顔に見せられるよ。こんな風に」
アスランは顔を変えた。平凡な顔だが、獅子よりは良いと思う。だが、彼女は悲鳴をあげた。
「王様そっくり!絶対、イヤっー!」
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輝夜が祝勝会の夜に大泣きした件は、殿下の家族の耳にも入っていた。
「その王は私の息子なんだけど」
王太后様がチクリと言った。
「その陛下の妻は私よ? ずっと美男だと思ってたわ」
王妃様にも皮肉を言われた。
「お詫びの申し上げようもございません…」
お二人に呼び出された輝夜は、深く頭を下げた。大変失礼な事を言ってしまった。おまけにワアワア泣いて、グランパが飛んできて、殿下をぶん殴りそうになった。
王様だってイケオジだ。あの時のアスラン殿下は、もうちょっと若めの、美男子と言っても良いくらいだった。でも獅子のお顔が突然変わって、ショックだったのだ。
「冗談よ。アスランを遠ざけてた私が口を出す義理は無いから。王子妃になる許可を与えます」
王妃様は1枚の書類をくれた。アスラン殿下と輝夜の結婚許可証だ。あの失言のせいで、絶望していたから、飛び上がるほど嬉しい。
「ありがとうございます!」
「茶寮の仕事もやりたいの? 変わってるわね。お義母様、お願いします」
「ええ。受け取りなさい」
王太后様も書類をくれた。こちらは茶寮の復職許可である。アスラン殿下は、結婚後も仕事を続けたいという、彼女の希望を尊重してくれた。各地の特産品開発も続ける。王子妃の仕事も、イライザやジャンヌと協力してやる。
「今時の子は欲張りね。まあ、やってご覧なさい。これからは、あなた達の時代だから」
未来の義母は、静かに言った。結局、王様は怪我の後遺症が治らず、暖かい地方で静養している。事実上の引退だ。政務は三兄弟が行っているが、誰が跡を継ぐのかは、まだ決まっていない。
「アスランを大事にしてやって。私ができなかった分まで、ね」
輝夜は何も言えずに、ただ頭を下げた。




