24 夜空の戦い
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庭で戦っていたアスランは、違和感を覚えた。強烈な攻撃は最初の一発だけだった。後は雷撃か鉛玉の連射のみで、一向に魔王が出てこない。輝夜嬢を出すべきか。迷っていると、急に湧き出たドローンがエルフ王に群がった。
「ミュンスター!出来たか?!」
王は魔法と剣を駆使して戦いながら、弟子に呼びかけた。研究室の窓が開き、ミュンスター卿が手を振る。すると、ドローンは互いに攻撃をし始めた。
「ヒャッホウ!大成功!」
乗っ取りの魔法らしい。そのまま敵は数を減らし、あと一息と思った時、巨大なドローンが垂直に上昇してきた。
それに気づいたエルフ達が一斉に弓を引く。しかし、指揮官のローズが止めた。
「打つな!輝夜が乗っている!」
アスランは驚いて屋上に瞬間移動した。輝夜嬢の生命力がほとんど感じられない。死にかけている。
(いつの間に? なぜ誰も気づかなかった?)
「風魔法で押し止めろ!」
エルフ王の指示で、魔法士たちが慌てて上空に下降気流を生む。巨大ドローンはやや速度を落とした。そこへユンカーズが屋根伝いに駆け登ってきた。アスランは思わず怒鳴った。
「何をしていた!寝ていたのか!」
「申し訳ありません!一服盛られました!」
「馬鹿野郎!」
殴り飛ばしたい衝動を抑え、上空を見上げる。今なら捕まえられる。もう少し速度を落とせないかーーその時、次郎丸が、大きな竹槍を担いで屋上に跳躍してきた。そのまま走り、槍投げのようにそれを放つ。すかさず、ローズとエルフ王が先端に強化魔法をかけた。
「!!」
竹槍は羽を2つ、破壊した。巨大ドローンは大きく傾き、明らかに速度が落ちた。
「今だ!行くぞ!」
アスランは弟子の首根を捕まえると、ドローンの上に瞬間移動した。大きな胴体に取り付き、中を見る。そこには虚な目をした輝夜嬢と、銀髪の男がいた。こいつが魔王か。
「残る羽を落とせ!」
ユンカーズに命じ、アスランは剣を透明な蓋に叩きつけた。ヒビも入らない。ならばと隙間に刃を差し込み、力を込めた。少しづつ蓋が開く。その間に、弟子が羽を全て斬った。巨大ドローンはようやく墜ち始めた。
♡
操縦席の計器は警報音を鳴らし、真っ赤なランプが点滅する。さすがの御門も青ざめていた。ざまあみろ。このまま奴を道連れに墜落すれば、こっちの勝ちだ。
(ああ。でもグランパやママ、パパが悲しむ)
ガタンっと機体が揺れ、ハッチの上にアスラン殿下が飛び降りた。剣でこじ開けようとしている。
「99%か。まあいっかな」
御門は輝夜のうなじから、何かを引っこ抜いた。USBみたいなものを握りしめ、片手でスマホを操作する。すると、大きな月の前にピンクの扉が現れた。なんの冗談かと思っていたら、扉が開き、中から黒西瓜が噴き出してきた。それは雨のように地上に降り注ぐ。
「バグが増えてんな。もう、こっちと行き来は不可能だ。良く見とけよ、お前のせいで滅ぶ世界を」
奴はリュックみたいなものを背負うと、床下の脱出口を開けた。逃げ出す気だ。輝夜は殿下を見た。金色の目は諦めていない。少しづつハッチが上がっていく。
「じゃあなツッキー。向こうで会おう」
下降するドローンから御門が飛び降りるのと、ハッチが吹き飛ぶのは同時だった。
◆
魔王が握っている物から、輝夜嬢の濃厚な気配がする。アスランは叫んだ。
「逃すな!左手だ!」
「承知!」
ユンカーズがケガレを足場にして、黒い翼で飛ぶ魔王を追う。地上の魔法士たちからの風の援護もあり、弟子は奴に追いついた。そのまま左腕を切り飛ばすと、落ちる腕を受け止めた。
アスランは、輝夜嬢を押さえつけているベルトを切り、抱き上げた。巨大ドローンは飛ぶ力を失い、堕ちている。地上に瞬間移動をしようとしたら、彼女の目が開いた。何かの副作用か、青い。彼女はアスランの顔に触れ、
「追いましょう。彼を逃してはなりません」
と言った。どうやって? 瞬間移動は足場がなくては出来ない。
「飛んで。あなた」
「輝夜嬢?」
「ローザよ」
彼女の手から、ヘリオス王の記憶が流れ込んできた。
♡
地上に激突する寸前、輝夜はライオンの背に乗って脱出した。殿下は完全に獅子の姿になり、夜空を急上昇して、扉に逃げ込もうとする御門を追った。
「待て!」
「ぎゃああっ!」
スピードを上げ、扉の手前で奴の脚に噛みつく。左腕を失った御門は、恐怖に満ちた目で振り返った。やっと短剣の出番が来た。
「さよなら」
輝夜が御門の背中を刺した。殿下は奴を扉の向こうに放り込む。ピンクのドアはバタンと閉まり、そのまま消えた。
「あなた。降りましょう。ケガレを祓わねば」
(『あなた』って事は、あの肖像画の王様なのかな)
殿下も自然に答えた。
「ああ。浄化魔法は覚えているか?」
「もちろんです」
獅子に乗った彼女は、キラキラと光るものを振り撒きながら、王都の空を翔ける。それを浴びたケガレは消滅した。離宮の庭で戦っていたイライザとジャンヌも、城下の騎士たちも、亜人の兵達も、皆が驚きの顔で見上げていた。
一通り浄化してから、二人は獅子宮の屋上に降り立った。
「輝夜!」
祖父や両親達が駆け寄る。しかし、彼女の目を見て立ち止まった。輝夜は呼びかけた。
「兄上」
「ローザ?」
「ただいま、戻りました」
妹は兄を抱きしめた。グランパの涙を見た気がする。覚えているのは、そこまでだった。




