23 裏切り
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獅子宮の地下室には、茶寮の従業員と輝夜が避難していた。こちらの作戦は、“玉将”である輝夜を守りつつ、御門が出てきたらグランパとアスラン殿下が討つ、だ。出てこない時は、あえて彼女の姿を見せる。それまで地下室で待機していろと言われた。
(コテンパンにやっつけて、諦めさせるんだ。二度とちょっかいを出せないように)
こっちには近代兵器は無いが、魔法がある。きっと殿下達が叩きのめしてくれる。この日のために短剣を習ったけれど、奴を追い払えたら、それでいい。
「始まったようですな。どれ、今のうちに腹ごしらえをしておきましょう」
ユンカーズは配られた弁当を取り出した。それもそうだと、皆もつられて、夕食を食べ始めた。
「ほら。スープよ」
ヴィクトリア先輩達が、鍋から湯気の立つスープをよそってくれた。輝夜は食欲が無かったので、ユンカーズにあげてしまった。彼はスープ2杯を飲み干し、
「少し寝ます。長丁場になりそうなので」
と、横になった。輝夜も床に座り、壁にもたれて目を瞑った。だんだんと静けさが広がる。数分して、廊下で大きな金属音がした。彼女はハッと目を開けて周りを見た。皆、眠っている。おかしい。不審に思った彼女は、護衛を揺すった。
「ユンカーズ卿!」
スヤスヤと眠る仲間に声をかけても、誰一人として目を覚まさなかった。輝夜は弾かれたように立ち上がり、廊下に出るドアを開けた。
(!!)
警備をしていた亜人の兵が倒れ、足元に空のカップが転がっている。
(睡眠薬!)
どうやって入れた? 見えないほど小さなドローンがいる? とにかく、ここは危険だ。避難口に向かおうとしたその時、首の後ろに激痛が走った。輝夜はうつ伏せに倒れた。
「やったわ!魔女を倒した!」
悪役先輩の声だ。痛みを堪えて上体を起こし、後ろを見る。先輩は避難口の扉の鍵を解錠した。重いドアが開き、男が入ってきた。
「いかがですか? 天使様!」
「良いぞ!それでこそ聖女だ!褒めてつかわす」
「ありがとうございます!!」
男は白いスーツを着ている。水色のストライプシャツにネクタイは、絶対にこちらのファッションではない。銀に染めた髪、銀縁の眼鏡も。インテリヤクザにしか見えない。だが、先輩の目には天使に映っているのか、頬を上気させ、下僕のように跪いた。
「なんちゃって」
男は懐から銃を出して、至近距離から悪役先輩の額を撃った。一瞬の出来事だった。
「やあツッキー。久しぶり? やべ。ドローン足りないかも」
御門だ。素顔を初めて見た。奴はタブレットを操作しながら、近づいてくる。輝夜は何とか立ち上がって逃げようとした。
「追加を召喚!あの耳長イケメンを集中的に攻撃!…まあ、座ってろよ」
だが命じられた途端、足が止まった。身体が乗っ取られたようにギクシャクと勝手に動き、そばにあった椅子に座る。御門も輝夜の向かいに腰を下ろした。
(魔法? まさか)
「ノンノン!魔法じゃありませーん!いや、大変だったよ。何しろ地球の方がめっちゃ早く、時が流れてんだもん。たった1日で大気成分調べて、翻訳アプリ作って、偽聖女作ってさ。仕込み間に合うか、焦ったわー」
(悪役先輩のこと?)
「そう。可哀想に。ここでも友達いないんだね。結局、お前にはオレしかいないんだよ。いい加減、悟れ」
(冗談でしょう?! 大体、どうやって来たのよ!異世界と行き来する技術なんて…)
「あります。“人工ワームホール発生装置”!なんと孫宇宙まで行けちゃう!ノーベル物理学賞、取ったも同然!」
(それで私をこっちに送り込んだって言うの? そんなの許されるわけがない!)
「大丈夫。金出してるの、政府だもん」
御門は自慢げに喋り続けた。彼の研究に目をつけた政府は、一向に増えない出生数を、その技術で解消しようとした。独身禁止法に抵触した女性を、VR教育と称して、異世界に送り込んでいたのだ。何十年が経とうとも、地球に帰ればほんの数日。視聴中に病気で入院したと説明すれば、誰も訴えたりしない。
「下水も人権もないんだぜ。迎えに来ましたーって行けば、みんな涙を流して喜ぶのに。なんで拒否るんだよ。ムカつく。そんなに逆ハーが良いのかよ。違う? 本命はアスラン殿下? 誰だ?」
輝夜はようやく、考えが読まれている事に気づいた。以心伝心の魔法じゃないなら、何?
御門は邪悪な笑顔を浮かべた。
「悪役先輩に頼んで、ツッキーの首に装着してもらいました。タラリラッタラ~!“人格転移マシーン”!さあ、現在、65%ダウンロード済み。ツッキーの思考が手に取るように分ります!おおっ? あの獣人にご執心だと? マジかよ!変態じゃん」
抗いたくても、指一本動かせない。ただ、一筋の涙が落ちるだけだ。悔しい。このまま地球に連れ去られるなんて。だが悪魔はタブレットの画面を示しながら、首を振る。
「違う違う。今の肉体はダウンロードが完了したら、死ぬんで。ご承知おきください。え? 何でって? そりゃ、2つの場所に同時に存在はできないっしょ。大丈夫、向こうで再インストールするから」
目が覚めたら元の身体で、長い夢の記憶は、数ヶ月で消えていく。残るは矯正された人格。喜んでDNA婚を受け入れるだろう…。嫌だ。愛する人々の記憶を失ったら、それはもう輝夜じゃない。
「姫から離れろっ!」
突如、ユンカーズの怒声が響く。彼はふらつきながらも、剣を杖に立ち上がっていた。御門は顔を顰めた。
「騎士団長か。そんなへっぴり腰で、どうやって“姫”を救うんだ?」
奴がタブレットを操作すると、地下室に大量のドローンが侵入してくる。ユンカーズを雷撃が襲った。大きな身体は跳ね上がり、床に倒れた。だが次の瞬間、彼はムクっと起き上がった。
「良い一撃だ!目が覚めた!」
滑らかに剣を振い、ドローンを次々に斬って落とした。御門の顔色が変わった。椅子を蹴倒すように立ち、輝夜の腕を掴むと己の方に引き寄せた。
「見ろ。姫は喜んで帰るつもりだぞ。なあ? ツッキー」
彼女は頷かされた。違うと叫びたいのに。唇が動かない。護衛騎士は笑いながら言った。
「そんな悲しい顔で? 魔王よ。いざ、尋常に勝負!」
投げた短刀が、奴のタブレットを真っ二つに割った。
「ちっ!まだ72%か!」
ユンカーズに雷撃が殺到する隙に、御門は輝夜の手を引いて避難口を出た。そこにあった自動車型ドローンの助手席に彼女を押し込み、発進する。空飛ぶ車はたちまち獅子宮の屋根の高さまで舞い上がった。




