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21 悪魔は囁く

          ▪️



 王城封鎖の前日となった。既に王族は離宮に避難している。貴族達も出仕を控え、召使い達は里に下がる。茶寮の従業員も同様だ。家が遠い者は、王太后様が城下に宿を用意したので、そこに避難する予定だった。


「聞いた? 魔王って、輝夜を狙って来るんだって」


「知ってるー。吟遊詩人が歌ってたわ。アスラン殿下が命懸けで守るってやつでしょ」


 寮では、メイド達が荷造りをしながら、盛んにお喋りをしている。


「ロマンよね。彼女、このまま行くと、殿下と結婚するらしいよ」


「もしかして王太子妃?! やだー。もっと仲良くしとけば良かった」


「獅子宮にお手伝い、行っちゃう? 有名な騎士様がわんさといるらしいよ」


 どうせ勝つに決まってるし。良いご縁が見つかるかも。メイド長に直訴してみようか。もちろん、輝夜も心配なんだよ。同僚だったんだし。


 ひたすら明るい娘達から、一人がそっと離れた。彼女は自室に戻り、ベッドに勢いよく腰を下ろした。


「ああ、忌々しい。みんな、輝夜、輝夜って!」


 ヴィクトリアは枕を打った。何もかもが面白くない。『あんな田舎娘、魔王に拐われてしまえ!』そう叫びたいところだが、周りは“アスラン王子と輝夜姫”の恋物語に夢中だ。


「輝夜が何よ!田舎者!ブス!」


 苛立ちを枕にぶつけていると、不意に声が聞こえた。


「心正しき者は聞け」


 狭い部屋を見まわしたが、誰もいない。窓から一条の光が差し込む。


「あの輝夜という娘は魔王と結託している。この世界の勇者を一堂に集め、まとめて殺すつもりだ」


 重々しい声に、ヴィクトリアは尋ねた。


「神よ!どうすれば阻止できますか?」


「私の声が聞こえるのか。ならば、そなたは聖女だ。魔女を倒せ。命を救われた多くの英雄が感謝し、そなたを褒め称えるだろう」


 聖女ヴィクトリア。何という素晴らしい響きだろう。彼女は神託に耳を傾けた。そして、己に課された、聖なる使命を知ったのである。



          ♡



 満月まであと1日となった。獅子宮には、騎士や魔法士が続々と集結している。半分以上は亜人だ。輝夜の両親も来た。


「ママ!パパ!」


 彼女は二人に飛びついた。完全武装の姿に胸が痛む。


「ごめんなさい。巻き込んじゃんって」


 謝ると、父は大きな手で頭を撫でてくれた。


「何言ってる。親が子を守るのは当然だ。三郎丸達も来てるぞ。ほら」


 指差す方には、屈強なオーガ達がたむろしている。輝夜は一人一人と抱擁した。島にいたのは数日なのに。ありがたくて涙が出た。


「おっきくなったな!お? お前も戦うのか?」


 白鬼叔父さんは、彼女のベルトに差した短刀を目ざとく見つけた。


「もちろん」


「それでこそオーガ族だ!」


 皆が、大きな手でワシワシと頭を撫でてくれた。次にママとグランパの所に行った。祖父とは観月の宴以来、会っていない。非力な孫が戦うなんて言ったら、怒るだろうか。心配していたが、手を繋ぐ母は笑って否定した。


「大丈夫よ。か弱い姫なんて、人族だけなんだから」


「そんなもの?」


 階段を登り、最上階に行く。獅子宮の3階は全てエルフ族が占めていた。これまた10年前と全然変わらない人たちが、


「大きくなったね!」


 と、オーガ族と同じ反応をするので、笑ってしまった。彼らとも抱擁を交わし、忙しそうな祖父を見つけた。グランパはぎゅうっと輝夜を抱きしめた。


「何も心配要らない。…今度こそ、守ってみせる」


 後半は独り言みたいだった。王太后様から聞いた、異母妹の事かも。何百年も悲しんでる。ここで負けたら、また何百年も辛い思いをさせてしまう。


「うん。絶対に勝とう」


 輝夜も腕に力を込めた。不思議なもので、アスラン殿下に『一緒に戦おう』と言われてから、御門への恐怖が薄まった。これだけの味方が、入念に準備をしているのだから、負ける気がしない。


 母はエルフの弓部隊を指揮するので、一旦別れた。父もオーガ族と打ち合わせをしている。輝夜は護衛のユンカーズと厨房に行った。向かう間も、亜人や人族の戦士にお礼を言って、握手をしまくった。戦闘が始まったらそんな暇はないだろう。


 調理の手伝いでもと思ったが、茶寮の仲間が、ゴーレム達と一緒に食材を切ったり、鍋をかき混ぜたりしていた。


「みんな!どうしたの?」


 驚いて声をかけると、コーヒー係の男性が振り向いた。


「輝夜さん!ここは良いよ。休んでなよ」


 何でも、茶寮の有志が、裏方の手伝いを申し出てくれたそうだ。


「言っとくけど、ボランティアじゃないわよ!後で騎士様紹介してね!」


 同室だったキャシーは、底抜けに明るい笑顔で言った。輝夜は涙ぐんだ。他のメイド仲間や、悪役先輩までいる。


「ありがとう!みんな!」


 同僚達に深く頭を下げた。ますます心強くなった。そして、いよいよ満月の日が来た。



          ◆



 午後6時過ぎに月が出た。王城からの避難は完了し、獅子宮だけが魔法の光で照らされている。1階大広間の司令室では、エルフ王とアスラン、騎士団長が最終確認をしていた。


 アスランは地図を指し示しながら団長に言った。


「前回と同じだとして、まずケガレが来る。獅子宮は防壁で覆っているから、入れないとなれば、人の気配がある城下に向かうだろう」


 城下の民には屋内退避を呼び掛けてある。通常のケガレは石造りの建物の中には入れないからだ。だが、もし魔王が獅子宮以外で攻撃をするなら、離宮だ。


「王族を人質に取られると厄介だ。離宮は特に厳重に頼む」


「承知いたしました。ストーン商会より大量の塩が届いております。いくらか、こちらにも運びますか?」


 団長は気を使ったようだが、エルフ王は断った。


「ケガレなど斬れば良い。ゴーレムを付けてやるから、危なかったら呼べ」


「かたじけない。では、ご武運を」


 その場で作った伝令兵を連れて、騎士団長は出て行った。残ったアスラン達は、壁に映される映像を見た。斥候兵(ゴーレム)が各所から送っているのだ。屋根の上にはエルフの弓兵。庭園には生垣と見せかけた防御陣地を築き、その後ろに義勇兵が潜む。オーガ達には背後を任せた。


「どこから来ると思う?」


 師匠が訊いた。


「私だったら、まず隣の巨蟹宮か処女宮を一撃で破壊して、脅します」


 答えた途端、轟音が響き渡った。映像に目を走らせると、処女宮が半壊している。


「正解だったな」


 だが、意外にもケガレが見えない。その代わり、空一面に飛ぶドローンが見えた。エルフ王は拡声器で全軍に指示を伝えた。


「防壁を消去する!眷属を撃ち落とせ!」


 弓兵が一斉に矢を放った。それを突破したドローンが獅子宮に殺到する。騎士達は、雷撃や鉛玉を避けながら、斬った。戦いは互角だった。問題は、敵の数が一向に減らないことだ。


(早く魔王が出て来ないものか)


 アスランは飛び出したい衝動を抑え、その時を待っていた。


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