02 竹取のオーガ
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おそらく、VRを観ている途中で突然死したのだろう。天国に行く間もなく、即、次の人生がスタートしたようだ。新たな両親は、赤鬼と尖り耳の夫婦だ。
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ずっと仰向けでいたから背中が痛い。泣いて知らせると、母が駆けつけてくれた。
「お腹空いたの? 輝夜ちゃん」
(違う。体勢を変えてほしい)
「はいはい。抱っこねー」
母には、なぜか輝夜の考えが伝わる。まるで魔法だ。その不思議な能力で前世と同じ名前をつけられた。変えてくれても全然構わなかったのだが。
父には以心伝心の能力は無かったが、母を休ませるために、よく散歩に連れて行ってくれた。見かけは怖いけれど、気遣いのできる男だった。
「竹取のオーガ!いつの間に子が生まれたんだ?」
ある日、父に抱かれて散歩をしていたら、村人Aが話しかけてきた。父は自慢げに娘を見せた。
「竹を切ったら出てきたんだ。可愛いだろ?」
「無茶苦茶可愛いな!耳は短い…角も無いのか。何族かねぇ?」
おっさんはしげしげと赤子を見た。誰も竹から生まれた事に驚かないのに、驚かされる。おっさんの頭についている丸い耳とか、着物の裾から見える豹柄の尾とかも、気になる。
「さあな。何でも良いよ。こんなに可愛いんだから!」
怖い顔が頬擦りをしてきた。完全に親バカだった。
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オシメを換え、何かの乳を飲む日々が続いた。段々、周囲の様子が分かってきた。ここは異種族婚をした人々が住む里だった。和風な家に、獣の耳や尾、角を持つ人々が暮らしている。母は、輝夜を寝かしつけながら、その理由を教えてくれた。
「昔は、他種族との結婚に不寛容だったの。ここまで逃げたら、双方の親も認めるしかないって掟があってね」
(じゃあママとパパは駆け落ちしたの?)
輝夜は心の声で母に尋ねた。
「いいえ。今はそこまで反対されないけど、他種族の国って何となく住み辛いのよ」
母はエルフ国の王女だったらしい。単調な暮らしに飽きて冒険者となり、父と出会った。50年以上前の事だそうな。ならば、両親は何歳なんだろう? 70歳以上のはずだが、そうは見えない。
若々しい母は、娘の頬にキスしながら言った。
「もう少し大きくなったら、グランパとグランマに会いに行きましょうね」
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輝夜が5歳になった頃、一家でエルフの国に行った。母方の祖父母は、年齢不詳、金髪碧眼の美男美女で、アールヌーボーなお城に住んでいた。王様と王妃様らしい。
「何と美しい子だ!まるで黒髪黒目のエルフだ!」
グランパは血のつながらない孫を歓迎してくれたが、
「あな惜しや。今少し耳が長ければ…魔法で伸ばすか」
と輝夜の耳をつまんで、残念そうに言った。
「おやめなさい、あなた。自然が一番美しいのです」
グランマが冷静に止めてくれた。あるんだ、魔法。孫は頼んでみた。
「私、魔法が見たいです」
「では偉大なるエルフの力を見せてやろう。おい!相手をしろ!オーガ野郎!」
グランパは突然、父の襟首を掴むと3階の窓から飛び降りた。そしてお城の広い庭で戦い始めた。
「今のが火魔法と風魔法よ。足元から出てきた槍は土魔法ね。氷の弾は水魔法の派生形」
グランマはテーブルをバルコニーに出させて、お茶を飲みながら解説してくれた。魔法が使えない父はボコボコにされている。母はため息をついて訊いた。
「父上はまだ怒ってるの?」
異種族婚のことか。グランマはサラッと答えた。
「まだほんの50年ですもの」
これは婿虐めらしい。輝夜は暖炉の上によじ登り、飾られていた剣を外して、それを父に向かって投げた。
「パパ!」
「ありがとう!輝夜!」
父は剣をキャッチすると、眼前に迫っていた火の玉を斬った。これで互角になった。全ての魔法をぶった斬って、最後は長剣を抜いたグランパと打ち合いながら喋っていた。
「もう良いでしょう!お義父さん!」
「ええい、お義父さんと呼ぶな!断じて婿とは認めんからな!」
泥沼の戦いはグランマの昏睡魔法で強制終了。倒れる二人を召使いたちが運んでいった。
それ以外はトラブルもなく、祖父母はエルフ国中を案内してくれた。輝夜はどこに行っても可愛がられた。
「輝夜を私の孫と認める。以後はエルフの姫を名乗れ」
帰る前に、グランパが名誉王族みたいな身分をくれた。もらったところで、里では何の役にも立たないけど、嬉しかった。だが、父は相当居心地が悪かったらしく、帰る頃には少し痩せていた。
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翌年はオーガの国に行った。絶海の孤島みたいな島に、角のあるデカい人々が住んでいる。船着場では青い髪の伯父さんと白い髪の叔父さんが出迎えてくれた。父と顔や体型がそっくりで、色違いの三兄弟だった。
「お帰り、次郎丸。ローズさんも久しぶり」
青鬼伯父さんのおかげで、輝夜は初めて父の本名を知った。次男だからって安易だ。
「これが娘? 角無いぞ?」
白鬼叔父さんは輝夜の頭を撫でて心配そうに訊いた。父は呆れ顔で説明した。
「手紙に書いただろ。オーガじゃない。竹から生まれたんだ」
「へえ」
そこへ別のオーガがやってきて困ったように言った。
「次郎丸が帰るっていうんで、若い衆が勇魚漁に出た。ところが大き過ぎて揚げられん。手伝ってくれ」
三兄弟は浜に行った。母と輝夜もついていく。「いさな」って何だろう。母に訊いたら鯨のことだと教えてくれた。給食で1度だけ食べたことがある。
浜では筋骨隆々の老若男女が縄を引いていた。そこへ父たちが加わると、水中から少しずつ何かが見えてきた。
「そーれ!そーれ!」
やがて思っていたよりもずっと大きな鯨が浜に揚がった。
夜は大勢の人が広場に集まって鯨肉パーティーをした。食べても食べても、わんこ蕎麦のように料理が出てくる。これも客の務めだ。どうせ今夜だけだし。輝夜は限界まで食べた。食の細い母も無理して食べている。
しかし白鬼叔父さんは笑顔で言った。
「美味いか? 明日は猪を捕って来るぞ! 明後日はマグロだ!」
結局、滞在中は毎晩宴会が開かれ、帰る頃には輝夜は丸々と太り、母の胃はボロボロになってしまった。なるほど。これが他種族の国は住み辛い所以かと納得した。