19 戦う意志
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長兄なので、便宜上、アスランが国王代理である。週に一度の重臣会議に、三王子と各省の大臣が集った。前回は臨時体制作りで終わってしまったが、今日は魔王問題を話し合う。
「姫を渡せば、二度と現れないでしょう。そもそも、我が国の王族ではありません」
反戦派である財務大臣は、筋の通った意見を述べた。一方、抗戦派は感情論が強い。
「エルフ王の知恵を借りておいて。恩知らずにも程がある」
意外にも、イシドールは抗戦派だった。相変わらず誤解を産む表現で、意見を述べた。
「兵を出すべきだ。亜人との交易ができなくなる。戦死者への遺族年金と天秤にかけても、交易の収益の方が多い」
騎士団長の眉間の縦皺を見て、クラウスが取りなすように口を挟む。
「決して人命を軽んじる訳ではない。近年、天災が多く、税収が減っている。関税などがなければ、兵を養うのも難しい、という意味だ。だが、私は反戦派だ。先日の襲撃でまともに戦えたのは、エルフ王、アスラン兄上、ユンカーズ卿、ミュンスター卿だけだ。魔王は、更に強力な眷属を連れてくると言ったそうじゃないか。これでは死者の山が築かれるのは目に見えている」
沈黙が落ちた。戦いたくとも、力の差が大き過ぎる。
「アスラン殿下は如何」
騎士団長が訊いてきた。何度も戦場で共に戦った仲だ。部下を大事にする人物だと知っている。アスランも騎士や兵達を無駄に死なせたくはない。だから、折衷案を出した。
「国としては兵を出さない。だが私は戦う。賛同してくれる者を募る。戦場は獅子宮とし、当日は王城全体から人員を退去させる。恐らく、雷撃などの攻撃は獅子宮に集中するだろう。騎士団は城下に被害が及ばぬように警戒せよ。ただのケガレは塩で何とかなる。イシドール。マノロ・ストーンの商会からあるだけ塩を買ってくれ」
「はい。兵站もお任せください」
「頼む。クラウス、諸外国の大使に、義勇兵の募集を通達してくれ。当日までに、10名以上の騎士か魔法士を送ってくれた国は友好国として遇する。それと、姫の悪評が流れぬよう、働きかけられるか? エルフは案外、人族の噂を気にしているからな」
「承知しました。吟遊詩人達を動かしましょう」
弟達は頷いた。騎士団長も納得したようだ。しかし、財務大臣は不満そうな顔をしている。アスランは侯爵に声をかけた。
「それで良いか? リッチマン侯爵。すまんな。私の我儘を通して」
侯爵は驚いたようにこちらを見た。数秒、アスランと目を合わせ、苦笑する。
「結構です。及ばずながら、我が家の騎士も出しましょう」
「助かる。では、今日はこれで」
国王代理は会議の終了を告げ、席を立った。何とか重臣達を纏められ、アスランは内心ほっとしていた。
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会議が終わり、重臣達がザワザワと散り始めた。イシドールは騎士団長に近づいて、詫びた。
「失言だった。すまない」
「いいえ。遺族のことまでお考えとは思わず。驚いただけです」
嫌味か。イシドールは何年も重臣会議に出ているのに、いつも誤解を招く。クラウスのように、過不足なく話せたら良いんだが。アスラン兄上も饒舌だったな…と思い、何気なく訊いた。
「兄上は、軍ではいつもあんな風なのか?」
イシドールは戦場に行ったことがない。騎士団長は、穏やかに笑った。
「概ね、同じです。ただ、アスラン殿下は単騎の遊軍なのです。“左翼を蹴散らしてくる”と言って、お一人で突入するような。今日のように、指示を出すのは初めて見ました」
「そんな…!」
イシドールは驚愕した。いくら強いとはいえ、誰一人、王子を守る兵がいないなんて。
「今日のアスラン殿下は、実に堂々としていましたね。王者の風格すら感じましたよ」
「…」
騎士団長は一礼して、会議室を出ていった。以前のイシドールなら、アスラン派めと不愉快に思っただろう。だが、今日は、団長と同じ思いだった。
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ようやく熱が下がり、輝夜は元気になった。だがグランパはどこかに出掛けていない。アスラン殿下も金牛宮で執務をしているとかで、留守だった。ゴーレムに宴の後の事を訊いても、はっきりしない。ミュンスターは研究室にこもっているので、輝夜はユンカーズを居間に呼んで、尋ねた。
「あの後ですか? ミュンスター卿が再現してくれた、飛行眷属と戦う訓練をしておりました」
「貴方の話じゃなくて。グランパ達はどこ行ったの? 私、逮捕されそう?」
「ガブリエル陛下は援軍を集めに行かれました。姫がなぜ逮捕されるのです?」
あの場にいたくせに、ユンカーズはきょとんとした顔で訊いた。
「いや、だって、私のせいで…」
「魔王が来るんですよね? 今、各領と外国から義勇兵が続々と集まっています。いずれもトップレベルの騎士や魔法士ですよ!誰がどれだけ眷属を討てるか、民は賭けているそうです。ちなみに一番人気は自分です!」
筋肉バカは満面の笑みで力瘤を見せた。彼女は脱力した。イベント化している。
「王様が撃たれたとこ、見た? こんな小さな鉛の弾が音速で飛んで来るのよ。頭に当たったら死ぬよ?」
雷撃はともかく、銃弾は避けられないだろうに。
「これをご覧あれ。ミュンスター卿が開発した目薬です。これをこう差すと…」
騎士は小瓶の蓋を取り、一滴、目に差した。瞳孔が開いている。
「夜目が効いて、動体視力が上がるのです。今なら雨粒まで見えーーややっ!昼間だと暗くて見えぬ!」
彼は目を洗いに走っていった。日にちを確認すると、次の満月まであと16日。なぜか御門を待ち構える体勢が、着々と進んでいるらしい。最悪、出て行けと言われると思っていたが。
(多分、殿下が庇ってくれたんだ。寝込んでる場合じゃない)
輝夜は頭を振って立ち上がった。そこへ筋肉が戻ってくる。
「ユンカーズ卿。お願い。短剣の扱い方を教えて」
「姫?」
「勿論、皆を信じてる。でも、もし、捕まっちゃったら、一撃与えたい」
「…」
筋肉は考えていた。輝夜は頭を下げて頼んだ。
「お願いします!」
戦うんだ。人任せじゃなく、自分も。ユンカーズは彼女の意思を汲んでくれた。それから毎日、輝夜は短剣術を学んだ。あまり才能はないようだが、右の掌が豆だらけになっても、挫けず訓練を続けたのだった。




