18 悪魔の求婚
虐め描写あります。苦手な方は飛ばしてください!
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小四の時だ。弱点を探し当てる嗅覚が抜群の少年がいた。転校生だった彼は、輝夜に目をつけた。彼女が育児放棄されていたからだ。何をしても親は出ないと踏んだのだろう。私物を隠され、汚され、壊された。クラスメートに酷い噂を流されて、孤立した。教師に訴えたくても、証明ができず、登校できなくなった。
私立小を追い出されたそうだが、多分、虐めが原因だと思う。輝夜の後にも被害者が続出すると、さすがに調査が始まり、1年もしないうちに別の学校に転校していった。
『みんな、ツッキーに近づくなよ!バイキンがうつるぞ!』
『せんせー!誰もツッキーと組みたくないそうでーす!』
『ツッキー、80点? ビンボーで塾行けないんだろ?』
その渾名で呼ぶのは、御門皇一しかいない。DNA婚の相手として紹介され、速攻断ったのに。どうしてここに。
「その耳の長い金髪、めっちゃイケメンじゃん。王子って感じ? 横のマッチョは騎士団長っぽい。ダウンしてる青髪は魔術師かなぁ。獣人までいる!後ろは、まあまあな貴族で、小太りはモブ!逆ハーエンドってやつだろ? これじゃあ帰りたくないわな」
御門はペラペラと喋りながら、地面に降りた。ヘルメットのシールド部分は、反射で中が見えない。
「でも残念。ツッキーの乙女ゲーはここで終わりです。さあ帰るぞ。こっちと向こう、どんどん遠ざかってるんだ。繋げる度に、あの変な真っ黒球が大量発生しやがる。完全にバグだわ。これ」
「あやつは何を言っているんだ? 外の兵を呼べ!早く制圧しろ!」
ケガレが消えて、急に元気になった王様が大声で命じる。御門は話を遮られ、
「黙れジジイ。うるせー」
イラっと言うと、拳銃のようなものを取り出して、引き金を引いた。パンっと乾いた音がする。そして王様が倒れた。
「原住民如きが。ほら、ツッキー。何やってんだよ。行くって言ってんだろ」
「い…いや…」
輝夜は後退った。アスラン殿下とグランパが左右から、悪魔に切り掛かる。だが、刃は奴をすり抜けた。3Dホロだ!
「どこかにドローンがある!」
彼女の叫びと同時に、青白い電撃が2人を襲う。グランパは紙一重で避け、月明かりの中、宙に浮かぶドローンを仕留めた。殿下とユンカーズも1台ずつ落とす。途端に、御門の姿は掻き消えた。しかし、隠れていた1機が浮上して捨て台詞を吐く。
「チクショウ!時間切れだ!次の満月まで、逆ハーを楽しんどけ!死ぬほど兵器を送り込んでやる!」
ドローンもフッと消えた。よろめく輝夜を、グランパが抱き留めた。
(そうだ!王様が撃たれたんだ!)
慌てて後ろを見ると、医者風の人たちが手当をしていた。胸の辺りから血が出ている。アスラン殿下は跪き、父親の胸に手を当てた。髭がぴくりと動く。
「何かが心臓に当たっている」
輝夜は弾の正体を知っている。それを言えば、御門の一味だと思われても仕方ない。だが黙っていることはできなかった。
「鉛です」
「そうか」
殿下は父親の体から弾を取り出した。そして修復魔法をかけた。その後、グランパと手分けして怪我人を治して回った。王妃様は夫に付き添っていったが、その他王族は残った。雷撃を浴びて倒れた兵たちも回復した頃、イシドールに問われた。
「あの魔王とどんな関係なんだ?」
「…」
何と言えば良いのだろう。輝夜が帰還を拒んだせいで、多くの人が傷ついた。責められるのが怖い。言葉に詰まる孫娘に代わり、グランパが答えた。
「アイツは輝夜を花嫁にしたがっている。ミカド…皇帝だな。求婚を断られ、輝夜をこちらに流罪にしたものの、諦めきれずに迎えに来たのだ。そうだな?」
大まかには合っている。輝夜はコクリと頷いた。
「ごめんなさい。誰もいない所に行きます。次は帰りますから」
「何を言う!帰さんと言っただろう!」
グランパが再び抱き締める。
「ダメだよ。向こうの武器は、こっちの比じゃないんだよ」
以心伝心で、ニュース映像で見た兵器のイメージを伝える。マシンガンと剣では勝負にならない。恐ろしい想像は止まらず、彼女の脳裏は虐殺された人々の画で一杯になってしまった。
「輝夜!もう良い!」
その言葉を聞いた途端、目の前が真っ暗になった。
◆
輝夜嬢は熱を出して寝込んだ。父も床についたまま執務ができず、アスランが金牛宮に呼ばれた。王妃である母が執政すべきなのだが、三兄弟で分担せよというのだ。
「いい歳した王子が3人もいるのだから、働いてちょうだい」
と、王の決裁が必要な書類を押し付けてきた。イシドールはさっさと財務省と経済省の仕事を取り、クラウスは文化省と外務省を取っていった。宮内省は母がやる。その他はアスランがすることになった。
問題は、今まで一切、アスランが執務に関わってこなかった事と、側近がいない事だが、書類を読んで気づいた。獅子宮に投棄されていた紙ゴミは、公文書の下書きだったのだ。おかげでここ数年の国政は理解できていた。
「あれ? この側近は? いつの間に採用したんです?」
様子を見にきたクラウスが、執務室を動き回るゴーレムに驚いている。
「作った。俺にしか従わないから、融通はきかないが。休みが要らなくて良い」
「それは狡い。ところで、イシドール兄上が、来年度予算案に待ったをかけたそうですね」
アスランは頷いた。国庫の鍵を握ったイシドールは、早速改革に乗り出していた。リッチマン侯爵の派閥に流れていた金を止めたのだ。アスランは、『性急すぎる、もっと時間をかけて正すべきだ』と言ったのだが。
「末端の官吏や労働者を守ってくれと伝えたんだが。イシドールには、ピンと来ないようだったな」
クラウスは笑った。
「アスラン兄上は、見かけに寄らず細かいんですね!」
「悪徳商人の、店番まで悪人じゃないぞ。リッチマン侯爵と協力はできないのか?」
「私か兄上が令嬢を娶れば良いんでしょうね。ただ、高慢さが鼻について」
アスランは、夜会の時に見た姉妹を思い出した。美しいとは思う。高慢なのも、上流貴族だから仕方ない。
「まだ17、8だろ。人は変わるものだ」
「輝夜姫は15でしょう? まだ、お加減が悪いそうですね。申し訳ありませんが、午後の会議では、例の魔王に対する方針を決めますよ」
弟は気遣うように言って、長兄の執務室を出ていった。観月の夕べから10日が経つ。輝夜嬢は微熱が続いて寝たきりだ。アスランと師匠の修復魔法で被害者はいなかったが、彼女の存在を危険視する者は多い。あの男がまた来るまで、あと18日。それまでに決めなければならない。
姫を引き渡すか、魔王と戦うか。今の所、前者を望む者が多かった。




