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17 家族会議

          ♡



 こちらの月も28日周期で満ち欠けする。弟王子らを追い返した日はちょうど半月だった。それから2週間後、アスラン王子と輝夜は、“観月の夕べ”という催し物に招待された。主催者は王様だが、招待状を送ってきたのはクラウスである。


(謝りたいんだろうな)


 と輝夜は思った。今になって思えば、やり過ぎた。問題のない家庭なんか無い。共に育った訳でもない長兄だ。理解できなくても、仕方がないだろう。だから、招きに応じることにした。


「グランパも行く?」


 一応、祖父にも声をかけてみた。


「ああ。良くない卦が出ているな。本当はお前も行かせたくないが…」


 占いカードをめくりながら、グランパは渋い顔をした。


「私とアスランがいれば大丈夫か。あと、護衛として筋肉バカ(ユンカーズ)を連れて行こう。盾になる」


「いいのかな? あの人、結構身分高いよ?」


「今はアスランの弟子だ。なら魔法バカ(ミュンスター)も呼ぼう」


 結局、居候達を連れて行くことになった。日が暮れて、東の空に大きな満月が登った頃、一行は金牛宮に向かった。馬車ではなく瞬間移動だ。


「準備は良いか? 輝夜嬢」


 アスラン殿下の大きな手が差し出される。グランパと弟子達は先に消えた。


「はい。あの、トラブルになりそうだったら、即、帰りましょうね」


 輝夜は彼の手に掴まり、凛々しい顔を見上げた。クラウスに謝罪の意思があっても、他の人は分からない。殿下に嫌な思いはさせたくない。さすがに、王に茶はぶっ掛けられないし。彼女の心配に、殿下は首を振った。


「大丈夫。師匠も、君もいる。ユンカーズやミュンスターも良い奴らだ。そうだ、マノロ・ストーン卿が、君を褒めていたよ。“バスソルト”というのが、王都で大流行してるそうだ」


「会ったんですか?」


「嵐で壊れた塩田を直しに行った時にね。今日も貴婦人達に売り込みに来るらしい。彼も良い奴だ。君のおかげで、沢山の良い縁ができた。ありがとう」


 胸がいっぱいになり、彼女は殿下に抱きついた。近づけるのはここまで。鬣の向こうには厚い壁があるけれど、無理に乗り越える必要ない。あれからドローンは来ないし、このまま平穏な時が続けば、いつか。


「そんなにくっついたら、変に思われるよ?」


 茶化されても、輝夜はめげずにしがみついた。


「良いんです。悪い女を追っ払う為ですから」


「あはははは!」


 本気なのに。大笑いされた。それから、金牛宮に瞬間移動した。観月の夕べというだけあって、広大な庭園に灯りを抑えた宴会場ができている。アスラン殿下と輝夜はまず、主催者に挨拶をしに行った。



          ◆



「本日はご招待いただき、誠にありがとうございます」


 アスランは一礼した。王家の面々が同じテーブルに揃っている。母は相変わらず戸惑った顔で、イシドールは無表情。クラウスだけが微笑んでいた。祖母はやや緊張した表情で、


「あなたも座りなさい。輝夜姫は、あちらにエルフ王がいらっしゃるから」


 と言って、輝夜嬢を外させた。彼女が祖父と合流するのを見届けてから、アスランは席に着いた。父はもう酔っているのか、機嫌良く酒を勧めた。


「こうして家族が集うのは久しぶりだな。乾杯しよう。母上、グラスが空ですぞ。アスラン、そこの特級ワインを注いで差し上げなさい」


「はい」


 下僕扱いも相変わらずだ。アスランは嫌がりもせずに、従った。ふと、ワインに毒が仕込んであるのに気付いたので、こっそり解毒しておいた。


「ルナニアに栄光を!」


 皆が杯を掲げ、ワインを飲む。父はじっと祖母とアスランを見比べている。そういう所が王族らしくなくて、可笑しかった。


「アスラン兄上。今更ですが、これまでの無礼を謝罪いたします。許していただけますか」


 クラウスが改まって頭を下げた。


「私も謝罪す…します。アスラン兄上」


 イシドールは嫌々というのが伝わってくる。アスランは不思議な気持ちだった。初めて弟達を可愛らしいと思った。ろくに話した事が無かったから、情が湧かなかったのだ。


「許すも何も。世界樹の若木を奪ってしまったな。あれ、夜になると綺麗な音がするぞ。聞きに来いよ」


 夜の音楽会に誘うと、末弟は目を輝かせた。クラウスは音楽家や画家を支援している。獅子宮に投げ捨てられた書類から、弟達の得意分野は知っていた。


「ぜひ!芸術家達を呼んでも?」


「もちろん。イシドール、ドワーフ族と直に取引する気はないか? ミスリル鉱山を持つ氏族が、売り込み先を探しているんだ」


「ミスリルだって? 幻の鉱物じゃないか!明日にでも紹介してください!」


 財務大臣の座を狙うだけあって、イシドールは商売に聡い。頭の回転が速過ぎて、少し言葉が足りないだけなのだ。


「仲介料はいかほどで?」


「そんなもの要らない。輝夜嬢にミスリルの宝飾品でも贈ってやれ。金貨よりは喜ぶぞ」


 渋面の弟が愉快だ。アスランは忍び笑いを漏らした。


「それで。お前はどうするのです? アスラン」


 祖母が尋ねた。これは、アスランの身の振り方を話し合う場でもあったらしい。酔いの醒めた父は顔を強張らせ、母も心配そうにこちらを見ている。


「どうもしません。今後もルナニアの為に尽力いたします。次代がイシドールなら、民の飢えぬ豊かな国になりましょう。クラウスなら世界一の文化大国になりそうですね。私はそれを支えます」


 弟たちは優秀だ。良い王になる。それが正直な思いだった。


「では、失礼いたします。良い観月を」


 アスランは席を立った。父母とは相容れないが、弟達とは上手くやれそうだ。彼は晴れやかな気持ちで照る月を見上げた。



          ♡



 一方。輝夜は祖父と王家の密談を遠くから見ていた。


「アスランが毒を消したから良いものの、飲んでいたら王太后は死んでたぞ」


 会話を盗み聞きするだけでなく、グランパは毒ワインまで見抜いた。


「ええっ?! 何の為に?!」


「アスランに毒殺の罪を着せるためだろ。ついでに邪魔な母親も消せる」


 酷い。同じテーブルにいなくて良かった。王様にワインをぶっ掛ける所だった。輝夜は憤っているが、グランパは顔色一つ変えない。もしかして、エルフ王家もそうやって、血みどろの戦いを? と思ったら、


「まさか。毒なんかすぐバレる。玉座が欲しかったら挑戦すれば良い。いつでも受けて立つぞ!」


 実に亜人らしい答えが返ってきた。以心伝心で思考が筒抜けなのが困る。


「でも殺しはしない。同胞を殺すのは人族だけだ」


「至言だね…」


 何とかならないのか。あのダメ父王。輝夜がため息をついた時、月が陰った。急に暗くなった庭園に、悲鳴が響いた。


「ケガレだっ!ケガレが出た!」

 

「!?」


 グランパは立ち上がり、剣を抜いて上を見た。空一面に黒い球が浮いている。


「魔法士!防壁だ!騎士達!雷撃来るぞ!」


 咄嗟の指示に、反応できたのは数名だった。輝夜の横で、骨付き肉を食べていたミュンスターが見えない壁を張った。王族のテーブルも誰かが護った。警護の兵達はバタバタと倒れる。そこに黒西瓜が襲いかかった。


「アスラン!ユンカーズ!斬れ!」


 グランパと殿下、その他騎士数名が斬りまくるが、数が多すぎる。剣を突破した黒西瓜は紳士淑女に取り付き、宴は修羅場と化した。輝夜はテーブルの上に、先ほどマノロがくれたバスソルトがあるのに気づいた。


「塩!塩をぶつけて!ミュンスター!」


「了!」


 小綺麗な包みを破り、中身をどんどん出す。それをミュンスターが風の魔法でばら撒いた。


「みんな!素手で触らないで!マノロの塩を撒いて!」


 呼びかけると、逃げ回っていた婦人達が真似してくれた。小さめのはそれで十分消せる。輝夜はマノロを呼んだ。


「マノロ!もっとないの?!」


「クロークに予備があります!取ってきます!」


 見た目と違って、敏捷にケガレを避け、彼は走り去った。その間もグランパ達が中型・大型を始末する。しかし減らない。無限に湧き出るようだ。朝まで持たないのは明白で、先にミュンスターが弱音を吐いた。


「お嬢!あっちの結界に行こう。2つは維持できない!」


「え? あなたが両方張ってたの?」


「まあね!」


「凄い!じゃあ、行こう」


 輝夜達はロイヤルファミリーの方に走った。そこにマノロも来た。バスソルトが大量に入った箱を抱えて、結界に入り、テーブルにどんっと置いた。王様一家は呆然と突っ立っている。初めてアレを見たのだろう。輝夜とマノロがひたすら中身を出し、ミュンスターが撒く。やがて、陰に隙間が見えてきた。


「あと少しよ!頑張って!」


 月が顔を出した。やった!凌いだ!と思った次の瞬間、


「ギャッ!」


 ミュンスターの体が弾かれたように飛んだ。芝生に倒れ伏したまま起きない。それはつまり、結界が消えた事を意味する。すぐにアスラン殿下、ユンカーズ、グランパがサッと輝夜の前に現れた。背後では、ようやくクラウスとイシドールが父母らを守るように剣を抜いた。


「大将のお出ましか」


 グランパが空を見上げて言った。大きな月の前に何かがいる。それは真っ直ぐ、こちらに降りてくる。近づくにつれ、影になっていた姿が見えた。おかしな宇宙服を着た人物だった。


「大した逆ハーじゃないか。ツッキー」


 日本語だ。それを聞いた輝夜は、一気に小学生にまで遡った。悪魔のような転校生、御門(みかど)皇一(こういち)につけられた渾名だったのだ。


 

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