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16 合同デート

          ♡



 暑くも寒くもない、良い気候なので、庭園にある東屋にお茶を用意した。


「お元気でしたか? イシドール殿下」


「ああ」


「紅茶が良いですか? コーヒーにしますか?」


「どちらでも良い」


「お菓子はいかがですか?」


「いや」


 第二王子は今日も不機嫌そうな顔で、輝夜が何を訊いても、『ああ』『いや』『どっちでも良い』しか言わない。とんだコミュ障だ。残る話題は天気と一方的な質問しかない。向こうでも散々、婚活をしてきたが、こんなに失礼な男はいなかった。


「…」


 媚びるのも嫌で、彼女は黙って茶を飲んだ。イシドール王子の従者が、菓子折りみたいな箱をテーブルに置いた。


「お土産ですか? ありがとうございます」


 やっと話ができる。輝夜は笑顔で受け取り、蓋を開けた。すると、中には黄金色の光る物が詰まっていた。時代劇? 金貨の形のチョコレート? 頭がぐるぐるする。イシドール王子は真面目な顔で言った。


「アスランに伝えてほしい。手を組みたいと」


「え?」


「君達の勝ちだ。私は降下する。財務大臣の椅子をくれ」


 何の話か、さっぱり分からない。輝夜が戸惑っていると、


「その言い方じゃ分かりませんよ。兄上」


 クラウス王子が薔薇の垣根の間から出てきた。まだ約束の時間になっていないのに。彼は勝手にテーブルに着いた。


「ご機嫌よう、輝夜姫。ごめんね。兄が心配で早めに来たんだ。合同デートにしておいて」


「はあ…」


 戸惑いながらも、輝夜はクラウス王子に茶を出した。


「美味しい!さすが茶寮の出身だ。さて、解説しようか。輝夜ちゃん、全然分かってないでしょ? 僕たち三兄弟の関係」


「え? アスラン殿下が一番目のお兄さん、イシドール殿下が二番目でしょう? 他に何か…お母さんが違うとか?」


「母は一緒だよ。でも、アスランはあの見た目だから、父はイシドール兄上と僕を競わせて、優秀な方に後を継がせようとしていたんだ。リッチマン侯爵やその他日和見貴族は、どう転んでも良いように様子を見てる。お婆様だけが第一王子を支持していたけど、無いも同然の派閥でね」


「ところが、ここに来て、アスラン派が急浮上した」


 第二王子は険しい顔で、話を引き取った。


「アスランに靡く者が増えた。特に地方領主が支持している。父も無視できないだろう。私やクラウスの派閥の者たちが、先走って挙兵するかもしれない。あるいは、我々の首を土産にアスランに降るか。だから、こうして頼んでいる」


 兄の言葉を、クラウス王子は、笑いを堪えるような顔で補足した。


「つまりね。獅子宮を支持するから、私達の地位を保証をしてほしいんだ」


「そういうのは、ご家族で話し合えば良いのでは? 私、関係無いですよね?」


 輝夜は顔を顰めた。夜会の日から、何となく違和感を感じていた。弟に敬語を使い、弟達は“兄上”とも呼ばない。殿下は家族に見下されていたのだ。だから荒れた獅子宮で一人で暮らして、ケガレ退治みたいな危険な仕事をしている。


(立場が逆転しそうだから、急に頭を下げてくるなんて)


 怒りのオーラに気づいたのか、クラウスは慌てて言った。


「もちろん、今までの無礼は謝るよ」


「私に謝ってどうするんです。とにかく、アスラン殿下と直接お話しください」


 冷ややかに拒否する。すると、イシドールが急にキレた。


「そのアスランの地位を押し上げたのは、君達だ!エルフ王が急に出てきて、全てが狂った。何が目的だ? 我が国を足掛かりに、人族を征服するつもりか? どうやって王太后を言いくるめた。金か? 君だって人族じゃないか。好きでアスランに近づいた訳でもあるまい。あんなケダモーー」


 無意識に手が動き、冷めた紅茶を第二王子の顔にぶっ掛けていた。


「なっ…!」


「ユンカーズ卿!」


 大きな声で呼ぶと、筋肉バカが秒で現れた。


「お呼びで?」


「イシドール殿下とクラウス殿下がお帰りよ。門までお送りして」


「はっ」


 輝夜は席を立ち、呆然とする二人の王子に背を向けた。これ以上話してると、手が出てしまいそうだった。



          ▪️



 輝夜姫は怒って行ってしまった。兄の従者が懸命にタオルで主人を拭いている。


「…何なんだ」


 イシドール兄上は呆気に取られていた。クラウスはユンカーズに訊いた。


「聞いてたろ? 僕らは何を間違えた?」


「全てです。アスラン殿下は玉座に関心がありません。エルフ王にも思惑はなく、姫はアスラン殿下を慕っておられる」


「慕う? 本気で?」


「はい」


 クラウスは両目を瞑った。完全に見誤った。第一王子を利用する気なら、手が組めると思ったのだが。亜人育ちの思考は難しいな。彼は深いため息を付いて、ぼやいた。


「はぁ。兄上のせいで、完全に嫌われちゃった」


「私はお前の言う通り、彼女を懐柔しようとしたんだ!」


「ケダモノって言おうとしたでしょ?」


「あれは…」


「恐れながら」


 言い争いが始まりそうになるのを、ユンカーズが止めた。


「姫の仰る通り、直接お話しになるべきかと。アスラン殿下は、実に寛大な人物です。弟君の事情も分かってくださいますぞ」


「…我々にアスラン派になれと?」


 イシドール兄上は苦々しい顔で言った。


「普通の兄弟になればよろしい。さ、今日はお引き取りください」


 屈強の大男は2人を促した。門まで歩きながら、クラウスはユンカーズに尋ねた。


「本当に姫は平気なの? 獅子頭だよ?」


「さあ。自分には分かりません。ただ、男子たるもの、容姿や身分より、中身が好きだと言われる方が嬉しいでしょうな」


「…」


 嫌味か。だが、羨ましいとも思った。イシドール兄上も、多分、同じ事を考えている。


『あれほど好いてくれる女が、自分にはいるだろうか?』と。


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