16 合同デート
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暑くも寒くもない、良い気候なので、庭園にある東屋にお茶を用意した。
「お元気でしたか? イシドール殿下」
「ああ」
「紅茶が良いですか? コーヒーにしますか?」
「どちらでも良い」
「お菓子はいかがですか?」
「いや」
第二王子は今日も不機嫌そうな顔で、輝夜が何を訊いても、『ああ』『いや』『どっちでも良い』しか言わない。とんだコミュ障だ。残る話題は天気と一方的な質問しかない。向こうでも散々、婚活をしてきたが、こんなに失礼な男はいなかった。
「…」
媚びるのも嫌で、彼女は黙って茶を飲んだ。イシドール王子の従者が、菓子折りみたいな箱をテーブルに置いた。
「お土産ですか? ありがとうございます」
やっと話ができる。輝夜は笑顔で受け取り、蓋を開けた。すると、中には黄金色の光る物が詰まっていた。時代劇? 金貨の形のチョコレート? 頭がぐるぐるする。イシドール王子は真面目な顔で言った。
「アスランに伝えてほしい。手を組みたいと」
「え?」
「君達の勝ちだ。私は降下する。財務大臣の椅子をくれ」
何の話か、さっぱり分からない。輝夜が戸惑っていると、
「その言い方じゃ分かりませんよ。兄上」
クラウス王子が薔薇の垣根の間から出てきた。まだ約束の時間になっていないのに。彼は勝手にテーブルに着いた。
「ご機嫌よう、輝夜姫。ごめんね。兄が心配で早めに来たんだ。合同デートにしておいて」
「はあ…」
戸惑いながらも、輝夜はクラウス王子に茶を出した。
「美味しい!さすが茶寮の出身だ。さて、解説しようか。輝夜ちゃん、全然分かってないでしょ? 僕たち三兄弟の関係」
「え? アスラン殿下が一番目のお兄さん、イシドール殿下が二番目でしょう? 他に何か…お母さんが違うとか?」
「母は一緒だよ。でも、アスランはあの見た目だから、父はイシドール兄上と僕を競わせて、優秀な方に後を継がせようとしていたんだ。リッチマン侯爵やその他日和見貴族は、どう転んでも良いように様子を見てる。お婆様だけが第一王子を支持していたけど、無いも同然の派閥でね」
「ところが、ここに来て、アスラン派が急浮上した」
第二王子は険しい顔で、話を引き取った。
「アスランに靡く者が増えた。特に地方領主が支持している。父も無視できないだろう。私やクラウスの派閥の者たちが、先走って挙兵するかもしれない。あるいは、我々の首を土産にアスランに降るか。だから、こうして頼んでいる」
兄の言葉を、クラウス王子は、笑いを堪えるような顔で補足した。
「つまりね。獅子宮を支持するから、私達の地位を保証をしてほしいんだ」
「そういうのは、ご家族で話し合えば良いのでは? 私、関係無いですよね?」
輝夜は顔を顰めた。夜会の日から、何となく違和感を感じていた。弟に敬語を使い、弟達は“兄上”とも呼ばない。殿下は家族に見下されていたのだ。だから荒れた獅子宮で一人で暮らして、ケガレ退治みたいな危険な仕事をしている。
(立場が逆転しそうだから、急に頭を下げてくるなんて)
怒りのオーラに気づいたのか、クラウスは慌てて言った。
「もちろん、今までの無礼は謝るよ」
「私に謝ってどうするんです。とにかく、アスラン殿下と直接お話しください」
冷ややかに拒否する。すると、イシドールが急にキレた。
「そのアスランの地位を押し上げたのは、君達だ!エルフ王が急に出てきて、全てが狂った。何が目的だ? 我が国を足掛かりに、人族を征服するつもりか? どうやって王太后を言いくるめた。金か? 君だって人族じゃないか。好きでアスランに近づいた訳でもあるまい。あんなケダモーー」
無意識に手が動き、冷めた紅茶を第二王子の顔にぶっ掛けていた。
「なっ…!」
「ユンカーズ卿!」
大きな声で呼ぶと、筋肉バカが秒で現れた。
「お呼びで?」
「イシドール殿下とクラウス殿下がお帰りよ。門までお送りして」
「はっ」
輝夜は席を立ち、呆然とする二人の王子に背を向けた。これ以上話してると、手が出てしまいそうだった。
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輝夜姫は怒って行ってしまった。兄の従者が懸命にタオルで主人を拭いている。
「…何なんだ」
イシドール兄上は呆気に取られていた。クラウスはユンカーズに訊いた。
「聞いてたろ? 僕らは何を間違えた?」
「全てです。アスラン殿下は玉座に関心がありません。エルフ王にも思惑はなく、姫はアスラン殿下を慕っておられる」
「慕う? 本気で?」
「はい」
クラウスは両目を瞑った。完全に見誤った。第一王子を利用する気なら、手が組めると思ったのだが。亜人育ちの思考は難しいな。彼は深いため息を付いて、ぼやいた。
「はぁ。兄上のせいで、完全に嫌われちゃった」
「私はお前の言う通り、彼女を懐柔しようとしたんだ!」
「ケダモノって言おうとしたでしょ?」
「あれは…」
「恐れながら」
言い争いが始まりそうになるのを、ユンカーズが止めた。
「姫の仰る通り、直接お話しになるべきかと。アスラン殿下は、実に寛大な人物です。弟君の事情も分かってくださいますぞ」
「…我々にアスラン派になれと?」
イシドール兄上は苦々しい顔で言った。
「普通の兄弟になればよろしい。さ、今日はお引き取りください」
屈強の大男は2人を促した。門まで歩きながら、クラウスはユンカーズに尋ねた。
「本当に姫は平気なの? 獅子頭だよ?」
「さあ。自分には分かりません。ただ、男子たるもの、容姿や身分より、中身が好きだと言われる方が嬉しいでしょうな」
「…」
嫌味か。だが、羨ましいとも思った。イシドール兄上も、多分、同じ事を考えている。
『あれほど好いてくれる女が、自分にはいるだろうか?』と。




